×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

「じゃあさ、名前ちゃん、今度俺とデートしてよ」


 頭の中で童磨さんの言葉を何度も再生しては、緩む口元を両手で押さえる。…信じられない。まさかあの童磨さんから誘われるなんて夢にも思ってなかったし、何なら今でも嘘だったんじゃないかって思う。でも、その後交換したLINEのトーク画面を見るとやっぱり現実だったんだなぁと再び嬉しさがこみ上げてくる。

『名前ちゃん、いきなりだけど来週の金曜日って暇?』

 その日の夜、早速童磨さんから連絡があり、光の速さで『仕事ですが17時以降なら多分大丈夫です!』と返すと、

『じゃあ金曜日、そのぐらいの時間になったら会社まで迎えに行くね!』

 この返信内容を見て心穏やかでいられるほど私の精神は強靭では無かった。ねえなに会社まで迎えに行くって!彼氏?彼氏ですか?もう〜!!両手でスマホをがっしり握ったまま私はベッドに倒れ込む。今日はまだ水曜日だし決戦の日は少し先だけど、LINEだけでこんなにHPが削られて果たして私は来週の金曜日まで無事に生きていけるのだろうか。
……。
………よし、決めた!


「おはようございまーす!」

 煩悩に打ち勝つには仕事が一番。そう考えた私は翌日から出勤時間を早め、来週までに溜まっていた仕事をどんどん消化していくことにしたのだ。

「あれ、随分早いじゃん苗字」
「はい!諸事情により来週まで仕事に生きるって決めたんで!」
「そ、そうなんだ…?」
「そういえば先輩、この前教えてくれた抹茶スイーツの専門店ってどこにあるんでしたっけ?」
「日本橋だけど…この後取材行くの?」
「はい、この前アポ取れたんで午後に行く予定なんです。あ、カメラ借りてもいいですか?」

 するとカメラと共に「ついでに一番人気の抹茶プリンもよろしく〜」と千円札も手元にやって来る。抹茶プリン……!一番人気なら私も帰りに買ってみようかな。そんなことを考えながらパソコンを起動させ、頭を抹茶プリンから仕事モードに切り替える。
 私が働くこの会社は忙しい人でも通勤中や休憩の合間にサクッと読めるような情報系アプリの運営をしており、中でも美容やグルメといった女性向けのページが私の担当だった。自分の足で良さそうなお店を見つけたり、口コミを元に話題のお店に取材に行くのは出忠実な自分には全く苦じゃなくて、この日もひと通り原稿を仕上げた私は軽い足取りで取材へと向かうのだった。





「──今日はありがとうございました。それにお土産までこんなにたくさん頂いちゃって……」
「いえいえ、いいんですよ。うちみたいな個人経営の店を取り上げてくれて私も主人もとっても感謝してるんですから。苗字さん、もしよければまたいらして下さいね」
「……はい!」

 心が洗われた気分だった。……なんか、すごく良いお店だった。スイーツもこだわりが感じられて素敵だったし、夫婦で仲睦まじく経営してるのも私にはとても眩しく見えたし。ほんわかした気持ちのまま電車を乗り継ぎ、いつもの喫茶店に向かって歩いていると、偶然ドラッグストアに入っていくマスターを見かけて私もつい後を追った。


「いやー名前ちゃんが来てくれて助かったよ。ありがとう」

 ドラッグストアでは、トイレットペーパー一人一点まで!という張り紙を見て立ち尽くしているマスターの姿があった。店用と自宅用として購入できたトイレットペーパーを片手に、二人で喫茶店までの道をのんびり歩いていく。

「そういえば義勇から聞いたよ。名前ちゃん、童磨から誘われたんだって?」
「ブッッ!!!」
「失礼な真似をしてごめんね。あの子には私からもよく言っておくから」
「…いえ。全然失礼だなんて思っていませんし、大丈夫ですよ」
「失礼といえば義勇もそうだね。名前ちゃんが優しいからっていつもそれに甘えて……本当に、困ったものだよ」
「……」
「でもね、義勇は不器用なだけで根はすごく良い子なんだ。親戚だからって贔屓目で見てるんじゃなくてね、私は義勇のことを一人の人間としても、一人前のバリスタとしても心から尊敬しているんだよ」

 冨岡さんって、マスターからそんな風に思われてたんだ。まあ人間としてはどうあれ、確かに冨岡さんのコーヒーは美味しいし、私もそれに関してはマスターと同意見だけど。

「だから、名前ちゃんさえよければこれからもあの子に付き合ってくれたら嬉しいな」
「……もう、マスターにそんなこと言われたら断れないに決まってるじゃないですか」
「ふふふ。やっぱり優しいね名前ちゃんは」

 喫茶店が見えてきたところで、更にマスターはちょっと嬉しそうな顔をして口を開いた。

「それに、名前ちゃんの前だけなんだよ。義勇があんなにたくさん話すのは」

 ……それって喜んでいいことなの?戸惑いながら店に入ると、お客さんで賑わう中、忙しそうにコーヒーを振る舞う冨岡さんの姿が見えた。奥のキッチンでは童磨さんもガスコンロをフルで使って手際良くパスタやらオムレツやらを作っている。けど、ふと顔を上げた瞬間私と目が合うとニッコリ手を振ってくれるので私のHPはまた大幅に削られてしまうのだった。

「ただいま義勇。遅くなってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「……こんにちは冨岡さん」
「ああ」

 今日も変わらずぶっきらぼうな様子の冨岡さんだけど、マスターにああ言われた直後だし、私もちょっとは大人になってみようじゃないか。
冨岡さんが一段落するまで待ち、「コーヒーだけでいいのか」と声を掛けられたタイミングで私も会話を切り出す。

「はい、コーヒーだけでいいです。あ、あと……」
「?」
「これ、人気の抹茶プリンなんですけど…よかったら食べませんか?」

すると、間髪入れずに返ってきた冨岡さんの言葉は、

「いらない。それより今忙しいから話し掛けないでくれるか」
「……」

すいませんマスター、私やっぱりこの人苦手です。

(2020/05/20)

<<    >>