《――…さて、次のニュースです。》

ぶわっと窓が開いている所から優しい風が入って来てカーテンを大きく揺らすのを拍子に、寒くも無いその風が少女の部屋の中で踊るように吹いた。
外からは今日から入学する子達が居るのだろう、賑やかな声が響いてきた。
それと比べ、部屋にはテレビで次のニュースをどこかかったるそうに話す男性アナウンサーの声。視線を止めていたボタンからそのテレビへと移す。映像に写されたのは満開の桜と、数人の子ども達。
小学生の入学式だ。小学校を背景に嬉しそうにカメラへ輝かしいランドセルを見せる子も居れば、緊張して言葉を噛みながら一年生になって何がしたいか、自分の目標を言う子も居た。
ああ、その姿が何とも可愛らしくてこちらまでつい口元が緩んでしまう。

そう入学式。自分も今日からまだ皺の入っていない輝かしい制服に身を包んで中学生になるのだ。
外は晴天。気分もあの小学生達みたいに上々だ。
その証拠に柄にも無く鼻歌なんか歌いながら制服を着ているのだから。

「おはよう悠那ちゃん。準備出来た?」
「あ、秋姉さん。おはよー、うん。もうばっちり!」

鼻歌を歌っていた少女の名は、谷宮悠那。
悠那と呼ばれた少女はくるりと一回転して自分の部屋に訪れた女性に自分の晴れ姿を見せてみた。くるりと回って、その為か少しだけスカートがふわりと膨らみ、少女の髪もふわりと揺れた。と、ここで回った影響か少女の首から垂れていたネクタイが元の位置から少し変わる。
余談だがネクタイは自分の通う中学ではリボンでもネクタイでもどちらでも良いという事。服装にあまり煩い事を言わないらしく、少女はあえて手間のかかるであろうネクタイを選んでいた。
女性もとい、このアパートの管理人である秋はクスリと微笑ましげに笑い、手を伸ばしてはそっと曲がったネクタイを直した。

「ありがとう秋姉さん」
「いーえ。ご飯出来てるわよ」

それだけを伝え自分の部屋から出て行こうとする秋に「はーい」と呑気に返事をして次のニュースに移ったテレビに向かってリモコンを向けスイッチを切った。ブツン、と消えたテレビの画面は真っ黒になると同時に部屋の風景を反射させた。それと同時にまた窓から風が吹いて悠那の髪を揺らす。

呑気さ故に小学生の時は同じクラスメイトにマイペースユナと言われた覚えがある。なんだか正義のヒーローみたいで低学年の頃は結構気に入っていた。否、こういう時はヒロインというべきか。
と、一人でコントが始まろうとしていた時、廊下の奥の方から誰かがドタバタと何やら慌てて走って来る音が聞こえて来た。
騒がしいなぁ、とドアを開けて音のした方へと顔を向けてみれば、中途半端に学ランを身に纏った少年がこちらへと走って来ているのが見える。音の正体は悠那と同じくこのアパートに住む少年。
彼の名前は松風天馬。
不格好にも中途半端に着た学ランを整えているその姿に起きたの遅かったな、と察する事ができる。
慌ててボタンを締める少年はふと扉を開けて廊下へと顔を覗かせ此方を見ている少女に気付いたのか、少年は悪戯をするように笑った。

「ユナ〜!早く食べないと俺が全部食べちゃうよー?」
「なっ…!それだけはダメ!」

少女の目の前を走り抜けて行った少年に慌てる表情を一転。少女も慌てて部屋から出た。
ドタバタと走る足音が二つに増えた時、二人が走り抜けた廊下にはその二人に共鳴するように優しい風ともう一つ、爽やかな風が混ざり合うように吹き抜けて行った。吹き抜けた風はまだちゃんと閉まっていなかった悠那の部屋へと入って行き、机の上に乗っていた随分と古びて皺の寄る紙飛行機を揺らした。

…………
………

「おはよーサスケ!どう?似合ってる?」
「ワフっ」

先程まで明るくもアパートの中に居たものだから外に出た瞬間雲一つ被っていない太陽の眩しさに外の世界が眩しく感じた。
思わず手を傘にしながら外に出てみれば、隣に並んでいた天馬はアパートの外で飼っている、彼曰わく小さい頃拾ってきたと言う犬のサスケに近付いて真新しい制服を見せつけていた。サスケはその言葉に年寄りの鳴き声で犬らしく短く返事をした。
似合っているよ、そんな返事をされたように感じ天馬は擽ったそうに笑いながらサスケと同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。

「今日からめいいっぱいサッカーが出来るんだ!すごいだろ!」

サッカー。天馬はサッカーが大好きでわざわざサッカーに力が入っている雷門に入ったのだ。彼が言うにはそこに自分の命を救ってくれた恩人が通っていた学校らしい。所謂世間で言う憧れた恩人の通った憧れの学校である。そして悠那もその一人。小さい頃サッカーを教えてくれた人達を目指して入学するようなものだ。サスケは天馬の嬉しそうな顔に舌を出して天馬の頬を舐める。それを天馬はまた擽ったそうにしながらも笑った。

「天馬―先行っちゃうよー」
「あ、待ってよユナ!じゃあ行って来るね!」

このままここで時間を潰されても困ると悠那は鞄を背負い直し、いつまでもサスケにじゃれている天馬にそう一言言い残せば、走って行ってしまった。
サスケに舐められていた天馬は走って行ってしまった悠那を見て焦ったのか、バッ!という効果音が付きそうな勢いで立ち上がり鞄を掛け直してはサスケと外で木の葉を集めていた秋に声を掛けてから悠那を追いかけるように踏み出した。

「行ってらっしゃーいっ」

今日は晴天。気分も上々。
河川敷まで走って来た悠那。正直ここまで自分の体力が続くなんて自分もさすがに驚いた。行き交う人達を上手く避けながら自分の頬を撫でる風を感じ早まる足を交互に出していく悠那。すると後ろから自分に止まってくれと懇願する少年の声が聞こえて来た。

「ユナ!待ってってばー!」

聞こえてくる声からに疲れてそうな声を上げるもんだから。さすがに登校初日から置いて行くのも、と罪悪感を感じてしまい、徐々に走る足を止めていき振り返る。若干息が上がっているが、あまり苦しくは無かった。仕方ないな、待っててやろうと、渋々思いながら天馬が自分の所に来るまで息を整えていようと深く深呼吸をした。
深呼吸をした瞬間、桜の香りが自分の鼻を擽った。桜並木の道、風に吹かれて散る花びらが目の前に舞い掌を開いて見せれば一瞬花弁が触れ再度風に扇がれ舞っていく。
そこで春の匂いという物と、春の感触を改めて知った悠那。こういうのを日本人は風流だと言うのだろう。少し大人びた感覚だ、と笑みを浮かべていた。…がそう感じているのも束の間だった。

「へへっ、お先ー!」
「…っあ、」

悠那が珍しく風流という物を感じている中気付けば彼女の近くまで距離が縮まっていたらしく、天馬は一度膝に手をついて息を整えていたが不意に悪戯な笑みを浮かべた。と同時に悠那の横を今朝と同じように風の如く通り過ぎて行ってしまった。どうやらどちらも負けず嫌いと言う事か、颯爽と駆けて行く彼の背中を見て呆然としながら、こんな事なら最初から待っていれば良かったと、後々後悔をしながら今度は自分が追うように再び走り出した。

…………
………


prevnext


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -