ホーリーライナーに乗り約数分で辿り着いた場所は、まるでエジプトの砂漠をイメージしたように造られたフィールド。砂漠のど真ん中に造られたフィールドは既に暑さを放っており、太陽も先程よりも近くに感じてしまう。
デザートスタジアム。その名の通りのフィールドであった。

「ここがデザートスタジアム」
「ちゅーか、名前通り砂のフィールドだねえ」
『浜野先輩…デザートの意味分かってたんですね…』
「悠那ちゃーん、それどういう意味かな」
『あ、言葉通りです』

地面に広がる砂を見て浜野が手に砂を持つなりさらさらと落としていく。普通の砂と違いさらさらとしているのだろう。因みにデザートと言っても女子達が嬉しい楽しいあの食べ物ではなく砂漠の方である。その事について浜野が知っていたので悠那が素直に驚いていれば、浜野は苦笑しながらも聞いてきた。
悠那の返しに浜野は思わず肩を落とし傍に居た信助が彼を慰められる形となった。

「でも、感触は、土と、変わりませんよっ」

その傍らでは、速水が飛び跳ねて感触を確かめている。その様子が可愛らしく見えてしまうが、何よりここは暑い。スノーランドスタジアムとは逆のフィールドと来た。氷のフィールドといい、カジノといい、次はデザートと来るとは。もはや普通にサッカーをさせてはくれないだろう。このフィールドは一体どんな仕掛けがしてあるのか、それだけが不安だった。
それを感じていたのは霧野も同じだったらしい。

「だが、どんな仕掛けがあるか分からない。気を引き締めていこう」

最初から仕掛けてあるのならスノーランドスタジアムと同じ。走りにくさはきっとスノーランドと同じだろうが、どうもそれだけじゃなさそうにも見える。霧野と神童の様子を見て悠那は視線を落として地面を軽く蹴る。若干柔らかい足場だが、普通の地面とそう変わらない。自分でも確かめた後、ふと視線を新雲学園のベンチの方を見た。
逢坂が選手達に色々と何か言っている所を見ると、逢坂が監督なのだろう。そして、あの女性はコーチと言った所か。
あの人達はここのフィールドの事を知っているのだろうか。そう疑問が過った時、自分達が出てきた入口から誰かが来たのか分かり、その人物が誰か分かった瞬間、悠那の目が見開かれた。

「っお、来たのか。試合出られるんだな」
「うん、大丈夫」

新雲の方から言葉が交わされるのが分かる。それには地面を調べていた天馬が気付いたのか、そちらを向く。11という背番号のユニフォームを着た少年が一人、仲間から声をかけられている。

「そうか。お前が居れば勝ちはより確実になってきたぜ。太陽」
「太陽…?」

様子を見ていれば、キーパーの佐田の口から自分達の真上で照らしてくる光と熱の塊の名前を呼んだ。太陽、その名前を随分最近聞いたような気もする。天馬がそう口に出して名前を言ってみれば、後から来た選手がこちらの方を振り向いてきた。

『「太陽!」』

天馬と悠那の声が揃って彼の名前を呼んだ。オレンジ色の空にある太陽を表しているような髪型に、水色の瞳。表情は相変わらず笑っており、天馬と悠那は顔を見合わせる。

「新雲の選手だったのか」
『ていうかこの展開なんかデジャヴるんだよね…』
「?」

試合前に関わって、試合当日になって自分の正体を明かす。それはまるで月山国光戦でもあり、天城の時も真帆路という選手が自分達の敵チームだった。
あははと乾いた笑いを零す悠那に、天馬が分からなさそうに首を傾げるが、悠那は気にしないでと告げて改めて太陽の方を向いた。そして、それと同時に思い出されるのは、昨日冬花が言っていた言葉。

「けど、あいつは…」
『そうだよ、確か…』

冬花から太陽の容体の事を思い出した。幼い頃から体が弱くて、激しい運動も禁じられていた太陽。それでもサッカーが好きで、一度しか出来なかったけど、彼のしているサッカーは輝いていて、太陽もまた真上の太陽みたいにキラキラと輝いていたのは覚えている。
そして、何より彼の生い立ちは何故か会った事もない自分の兄の存在。逸仁も語った。裕弥という悠那の兄の事を。彼もまた小さな頃から病気を抱えて一時的に治ったものの、やはり彼の病は体を虫食んでいった事を。

「サッカーしちゃいけないんじゃ…」
『太陽…』

キミも、そんな道を歩んでいくの…?収まったと思われた動悸は再び戻ってきて二人を追い込む。
顔も知らない自分の兄を思い浮かべながら、太陽を見る悠那。

「音無先生、あの選手は?」
「雨宮太陽君、一年。ここまでホーリーロードの出場はないわ」
「雨宮…どこかで聞いたような…」
「待って、他に情報がないか調べてみる」

霧野達もまた遅れてきた選手を見て春奈に聞いてみるが、どうやら名前と学年しか分かっていないらしい。ホーリーロードに出場していない以上、ベンチだろうと思われたが、神童はどこかで聞き覚えのあるその名字に疑問を抱いた。それを見て、春奈も持っていたパソコンを開き、情報を探り出した。

「間に合って良かったよ、雨宮君」
「あ、監督!遅れてすみません、でも俺前半から出られますよ!」
「そうみたいだね。でも、」
「“無茶はするな”でしょ?分かってますって」
「って言っても雨宮君は無茶するからなあ…」
「か、監督…」

ボードを手に彼等のポジションを考える逢坂。太陽が来た事により、勝率が上がった新雲だが、太陽の体調もあるが故にそう長々と続けられないし、なるべく太陽を前に出さないと決めていた。だが、彼の瞳の先には戸惑いを隠せない天馬と悠那の姿がある。ああ、やっぱり似ているんだと思えた。
アメリカ代表としてフィールドに立ったあの少年と。真剣勝負を夢に見ているあの瞳をしている。
不安そうに見上げてくる太陽を見て、逢坂は、はあ…と息を吐くとふっと笑ってみせた。

「監督、俺達が無茶させませんよ」
「そうね、佐田君達に任せる」
「ちぇっ、監督も佐田先輩達も心配し過ぎだよ…」

拗ねてしまう太陽に、佐田と逢坂は苦笑する。確かに見た限りでは彼は体調に異常がない。動いたらどうかは分からないが、このままの調子でこの試合を最後まで参加させてあげたい。
果たして、その願いが叶うのやら。逢坂は手に持つボードに目を落としてポジションを確認した。

…………
………

《ホーリーロード準決勝。雷門中新雲学園!
全員サッカーで苦しみながらも勝ち抜いてきた鬼道監督率いる雷門。対照的に攻撃、守備共に充実。危なげなく勝ち上がってきた逢坂監督主導の新雲学園。決勝に進めるのはどちらのチームか!?》

試合開始前の数十分間。どちらのチームも体が鈍らないよう、フィールドに慣れるようににパスやドリブルをしていた。悠那は天馬と一対一になってパスのやり取り。
ボールは普通に転がるし、足取りだって普通の地面に立っている。これなら試合も普通に出来るだろう。そんな事を考えながら天馬とパスをしている時だった。

新雲の方では太陽は佐田とパスをしている。太陽はその相手である佐田に向かって小さく頷いてみせると、佐田は太陽が何をしたいのか分かったのか、天馬達の方に向かってボールを大きく蹴った。

「あ…」
『ボール?』

それに気付いた天馬がジャンプして受け止めようとしたが、天馬より速くボールに追いつき、太陽はボールをトラップして見せた。
ボールを受け止めた太陽は直ぐに佐田に回して、天馬と悠那に向き直った。

「やあ!天馬に悠那」
「太陽!キミ、サッカーしちゃいけないんじゃ…」
「聞いちゃったんだ……そうだよ。僕の身体はサッカーみたいな激しいスポーツには耐えられない」
『太陽…』

やはり冬花の言っていた事は本当だった。別に疑ってなんかいない。だけど、どこか受け入れたくなくてもしかしたらというどうしようもない可能性を信じていた。だけど、今ここで太陽の言葉を聞いて胸が痛んでいくのが分かる。
ああ、同じだ。アメリカ代表だったあの少年と、逸仁の親友であった裕弥という少年の生い立ちに。
笑顔で語る太陽に対して二人の表情は曇っていくばかり。肩を落とす悠那に、太陽はフッと笑ってみせて彼女の頭を撫でた。

「でもね、サッカーが好きなんだ。だから、隠れて練習もした。上手くなっていくのが嬉しかった。でも、病気が悪化して、医者にサッカーを止められてしまったんだ。

そんな時、見たんだ。雷門のサッカーを…キミ達のプレーを。僕の中にサッカーへの思いが溢れて、もう止める事が出来なかった」

病室の中でただ一人。自分の病室にあったテレビを点けてみれば、雷門の試合がやっていた。サッカーは好きだし、プレーの方が好きだけど見るのも別に苦じゃない。太陽はその雷門の試合を見ていた。試合中にどんどん成長していく天馬や悠那。本当に二人は鏡みたいに似ている。
この二人と勝負したい。

「…僕は雷門に勝つ。勝って、優勝するんだ。その夢を手にする為なら病気だってなんだって跳ね返してみせる」

真っ直ぐと見据える太陽の目。彼の真剣な言葉。これは彼の覚悟。
その気持ちは本気なんだと、天馬が感じ取った時、傍に居た悠那が不安そうに声を上げた。

『どうして…そこまで…もしかしたら、治るかもしれないのに、また…そんな…』
「…今しかないと思ったんだ。天馬達とサッカーが出来る機会が…だから」
『怖くないの?サッカー出来なくなるかもしれないのに、これ以上――』
「悠那、ありがとう。心配してれくれて」

ふと、太陽の手が再び悠那の頭に乗せられる。重みがくると同時に太陽の手の体温が伝わってきて、自分の中にあった不安が徐々になくなっていくのが分かる。
一之瀬の事や、自分の兄であろう裕弥や、そして自分が足を失いかけた事が思考で過って行く中、もう考えなくていいと言われるようになくなった。
ふと思い出した。円堂達が一之瀬の事で真剣勝負をしていた事を。もしかしたら自分達のプレーで一之瀬を傷つけるかもしれない。もしかしたら一之瀬の足が壊れてしまうかもしれない。
だけど、それでも一之瀬と向き合って正々堂々勝負をした事を。昔の自分じゃ、分かっていなかった事だけど、今なら分かる気がする。

「僕は絶対に負けない。雷門にも病気にも、天馬にも、悠那にも」
『太陽…うん、分かった。私も太陽に負けない』
「そんなにまで、俺達と…でも、俺も負ける訳にはいかない」

雷門には革命を成し遂げるという使命がある。だから、どんな理由があるとはいえ成し遂げなければならない。太陽にそう言うと、二人はポジションへと戻っていく。
信助は今回キーパーではなくDFからとなる。いくらキーパーになるとはいえ、やはり三国の経験の方がまだ上だ。フィールドに来た信助に悠那はグっと拳を突きだせば、信助も吊れられて拳を突き出した。
試合が、始まろうとしていた。



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