『嫌だあ!!』

悠那がそう叫んだ途端だった。総介の足元から勢いよく水飛沫が上がりだした。落ち着いてから水飛沫の上がった場所をよくよく除くように見てみれば、そこにはDFラインと残りのフィールドが分離していた。総介の足元にあったボールはそのまま転がり落ちてしまい、水に浮かんでみせる。
自分達にとってそれは一瞬の事のように思えて、うまく思考がまとまらなかった。

《出たあー!!ウォーターワールドスタジアムのピッチダウン!!》

「えっ…ええ〜?!」
『ピッチ、ダウン…?』

王将の言っている事が全く分からない。だけど、今自分の目の前で起こった事。それは間違いなく、このフィールドの仕掛けである事は嫌でも脳裏に叩き付けられてしまった。
悠那は思わず目を擦りだした。ここまできて自分の目を疑うなんて可笑しいと思われるが、信じたくなかった。だが、現実は彼女の視界どころか聴力を疑わせるくらいに叩き付けており、悠那もまた息を呑む。
そう、自分の中に蘇える“トラウマ”を叩き付けてきていた。

《ここは雷門、ピッチダウンに救われた!
ウォーターワールドスタジアムには一定時間、縦と横にフィールドが落ちるピッチダウンのシステムが組み込まれている!落ちる場所、落ちる時間はランダムで予測は不可能!!》

んな事があっていいのか、と悠那は心底思った。
確かにサイクロンの時はランダムに竜巻を起こしてきて自分達の邪魔やら仲間になってくれた。スノーランドスタジアムでは常に仕掛けがあり、足場は滑りやすくてサッカーがやりにくかった。
どのフィールドも不条理すぎる。そして、このフィールドも。フィフスセクターは一体自分達に何をさせたいのだろうか。今までのサッカーじゃ物足りなくなってきたからと言って、これはやり過ぎではないのだろうか。

「これは仕掛けがあるなんてな…」
「ああ…」

数秒前の事でも、鮮明に思い出せる。ドリブルをしていく総介。だが、いきなり雷門のベンチに居たあの少女が声を上げだした。その声に思わず総介は反応してしまい、走る速度が落ちていった。その後だ、このピッチダウンというのが発生したのが。彼女が何に対して「嫌だ」と言ったのかは分からないが、彼女の声に総介は救われたのだろう。
確か彼女は、怪我を負ったのにも関わらず試合を続けたという鏡の子。
この鏡というのはあの松風天馬と谷宮悠那の性格も似ている事からフィフスの間では“鏡”と呼ぶようになっている。
だが、どうしてそんな子がベンチに居るだろうか…

貴志部はピッチダウンされた場所を見た後に悠那の方をそっと見た。

「!(木戸川は何も知らされてなかったのか…?)」

雷門はもちろん、このフィールドの事を知らされていない。だが、雷門と戦う相手は、まるでそのフィールドを最初から知っているように攻略をしてきた。恐らくはフィフスの方から教えているのだろうが、木戸川の選手達を見る限りこのフィールドの事は知らない様子。鬼道はそこでアフロディの方に目を向けた。

「(ピッチダウン…あれをどう攻略するかだ…)」

アフロディは顎に手を当てるなり、この仕掛けをどう攻略するかを考えている。その様子を見た鬼道は確信ついた。彼は、彼等はこのフィールドの攻略を知らない。フィフスが言うのを止めたか、彼が拒んだか。恐らくは後者なのだろう。
どちらにせよ、状況は最初から木戸川と雷門は同じ立場になっていたのだ。

『(場所と時間が…ランダムなんて…)』
「…悠那、何故今叫んだんだ」
『…え?』
「もしかして、来るのが分かっていたのか」
『……』

自分自身でも本人にとってあまり触れてほしくない事を言ったとは感じていた。だが、自分にはこのチームを勝たせなきゃいけない理由がある。自分に策がない訳じゃないが、彼女の意見も聞きたい。もし、彼女が来るのを分かっていたのなら…
そこで鬼道は自分の思考を遮った。横目に悠那を見れば、悠那は拍子抜けたような表情を見せたが、直ぐに考え込むようにうーん…と唸ってみせる。

『分かっていたのか分かんないけど…でも小さい音が聞こえた、気がする…』
「音…?」

こう、ポコって…と、ジェスチャーで自分に伝えようとする悠那。
自分の憶測で考えると、彼女は水の振動を聞いたのだろう。ピッチダウンする時にその水が振動してしまい、少しだが空気も揺れる。勢いよく板を下げる事によってその振動とやらは直ぐに消え、水飛沫も舞う。そしてここは会場。観客達やら選手達の走る音やら声やらでその振動はかき消されている。
だが、その水の音を彼女は拾ってみせた。それがトラウマの所為かは分からないが、彼女は水の音に敏感になっているのだ。

「……」

カタンッ…

目を再びフィールドに戻せば、水の中に落ちたピッチを水を浴び音を立てながら上がってきていた。先程は勢いよく下がっていったが、戻る時はやはりゆっくりであり、何事も無かったかのように離れたフィールドを繋げた。
だが木で造られたピッチ。海の中に潜った所為でそのピッチは少し濡れてぬかるんでいる。だが、ちゃんとしたフィールドにハマった。

ドンッ!

『「「「(ビクッ)」」」』
「(俺なら止めてたド!!)」

ベンチに大人しく彼等の様子を伺っていれば、いきなり速水の隣に座っていた天城がいきなり音を立ててベンチに座り直す。傍に居た速水ももちろん、輝と悠那もまたいきなりの事だったので肩を震わせた。彼が一度勢いよく座り直した所為か、ベンチは揺れ自分達もそのまま跳ね上がりそうになったのはまた裏の話し。

《さーあ、雷門ボールで試合再開です!ウォーターワールドスタジアムではボールを落とした場合、相手にフリーキックが与えられます!!》

ボールは王将と審判の指示により雷門に渡される。
何はともあれピンチだった雷門、ピッチダウンにチャンスを与えられた。そして、ボールは霧野が持っている。

「天馬!こんな仕掛けにビビッてんじゃねえぞ!」
「ぴょーんって飛び越えちゃえ!!」

ベンチで水鳥と葵は立ち上がるなり、まるで彼の緊張を解すかのように応援をする。それを見た天馬はうんと、頷いてみせた。

『……』
「…?」

不意に天馬は視線を少しズラした。彼女も応援してくれているだろうか、そんな期待。だが、そんな天馬の期待の中悠那は何故かフィールドをなるべく見ないように、ただ黙って下を俯いていた。どこか顔色も悪いようにも見える。そんな彼女に疑問を抱いたが、今は目の前の試合に専念しなければならない。天馬は腑に落ちなさそうにもボールを持つ霧野を見た。

《ホーリーロード全国大会三回戦。雷門対木戸川清修は前半0-0!先制するのは雷門か!?木戸川清修か!?》

ピ―――ッ!!

「神童!」

長い笛と共に止まっていた試合は動き出す。霧野は直ぐに神童へとボールを回した。

「勝負だ!」

パスを回され上がってくる神童を見て貴志部もまた止めようと神童のマークに付こうとする。

「“プレストターン”!」
「!……腕を上げたな…っ」

だが、付かれる前に神童は自身の必殺技で貴志部を交わし、一気に彼との距離を開けて上がり始めた。暫くドリブルをし、清水のスライディングも避けた後神童は天馬にパスを回した。

ポコッ…

『…!』
「……」

ガタンッ!!

再び悠那が何かに怯えるかのように反応した。そして、それと同時にフィールドをバッと見てみれば、時間差があったが再びピッチダウンされた。
ダウンされ、水飛沫が上がった所で皆もようやく気付いたのか、驚いたように目を見開かせる。

「また、ピッチダウンした!」

「うぅわあ〜〜?!…うっ…っ、ふう〜…」

突然の事で天馬もまた気付いたが、ボールは受け取れなかった。ボールはそのまま誰にも取られずに水の上を浮かんでいく。天馬は後一歩で水の中で落ちそうになったが、手やら体を激しく動かして何とか海の中に突っ込まずに済んだ。

「(…ピッチダウンする時、悠那は誰よりも早く気付きフィールドを見た)」

トラウマという物は酷い時にはこんな反応をさせるのだろう。今の悠那の表情はそれはもう酷く怯えている。よく今度は叫ばなかったと内心関心するものの、やはりこのフィールドは彼女にとっては厳しい物になるだろう。ここは誰も交代させない方がいいのだろうか。目は予想以上に見開かれ、手もかなり震えている。
いや、これは逆に試合では役に立つかもしれない。鬼道は自分の思った事を直ぐに遮った。

…………
………

「ッ!」

「…!」

「うわあっ!?」

《両チーム、ピッチダウンに阻まれ攻めきれないぞ!》

ピッチダウンはやはりランダムに縦や横に落ちていく。時に早く、時に遅く。時間の差が激し過ぎて中々相手の方に攻めきれない。今のところ誰も落ちていない。むしろ皆は反射神経で避けているようなものだ。

「(ダメだ…これじゃ戦略が立てられない…)」
「(攻めと守りの二つに分けて距離を取るか…だが、それでは一気に攻められた時、人数が足りず守りきれない…)」

天才ゲームメイカーと呼ばれる鬼道さえも手こずるフィールド。アフロディもまた選手達にまだ何も指示を出さない所を見る限りどうやらまだ完璧に攻略出来ていないようだ。
選手達の方も、監督の方も五分五分となっていた。

『……』
「悠那ちゃん…?」

今の状況でも何も喋らない悠那を見て心配になってきたのか、輝は悠那の方を遠慮がちになりながらも見やる。すると、顔色の悪そうな悠那と目が合った。

『ぁ…何でもないよっ、ちょっとボーっとしただけだから』
「…そう?」

「跳沢!」

そんなやり取りをしていれば、試合は再開していた。清水がボールを持っていたらしく、彼は跳沢にパスを回す。清水からボールを貰った跳沢は直ぐにドリブルをしながら上がっていく。

「行かせるかあ!!」
「!」

剣城がスライディングでボールを跳沢から奪い取る。ボールを何とか跳沢から離す事は出来たが、完全に取れなく剣城の足から跳ねるようにボールは離れていき、そのまま誰にも取られなかったボールはフィールドの外へと出てしまった。

ピ―――ッ

「っ、!」
「…貴志部!」
「…!」

ボールが外に出た事をいい事に、アフロディは貴志部の名を呼んだ。自分の名前が呼ばれたと分かった貴志部は一旦フィールドから出てアフロディへと小走りに駆けよって行く。
彼等からの様子を見る限り、アフロディは何やら彼に指示を出しているように見える。

「(攻略法を見つけたというのか…?)」

鬼道は顔を険しくさせながらアフロディと貴志部の様子を見る。話しの内容はもちろん聞こえない。話し終えたアフロディを見て、貴志部は頷き再びフィールドへと戻っていく。

「(彼等の力があれば、対応出来る…)」



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