「さあ!後半戦開始です!リードされている雷門!ここで、浜野に代わり、新入生である谷宮に…ってよく見たら女の子です!!久遠監督、ここで勝負を諦めたかあ?!」

『失礼だな、まるで私が入ると負けるような言いぐさ…』

まあ実際私が入っても負けると思うけど…いや、絶対に負けるな。と乾いた笑いを出しながら、フィールドを遠目に見ていれば近くに居た天馬に頑張ろうと言われ、悠那はうんと頷いた。
確か、浜野先輩とか言う人はMFに居たって言ってたような、悠那は周りをキョロキョロしながら浜野の居たポジションを探す。周りを見ていれば、不意に視界へあの不良君、剣城が写った。
そちらを横目で見てみたがこれといって彼の表情は上手く読み取れない。だが悠那の登場に、何故か驚いているのは分かった。やはり、自分の知る京介に似ている…

「…確か、ユナだったよな」

暫くボーっとそれを見ていれば、後ろからの声。
声的に誰だか分かったので、誰ですか?という事にはならなかった。
ユナ、というのは元々自分の言う京介独自の悠那の呼び方。最初は自分の名前じゃないみたいで嫌だったが、段々と慣れていき、京介の兄にも呼ばれるようになり従姉の由良、師匠のフィディオ、天馬、葵と呼ばれるようになっていったのだ。
他の人には呼ばれない。愛着が沸いたから。だから幼馴染や、信頼する人や自分が好きな人以外には絶対呼ばせない。

彼、神童に今そう呼ばれ、パチパチと数回瞬きをした。
一瞬だけ、答えを考え込み、否定をした。

『いえ』

愛称です、と悠那は言った。
それを聞いた神童は一瞬だけ目を丸にして、その後にあ、ああ…と納得をするように声を漏らした。別に今更そんな事を聞かなくとも、先程久遠が自分の名前を叫んだから分かると思うのだが、とは言うが自慢では無いが自分も人の名前を覚えるのが苦手なので、この人もそうなのだろうと勝手ながらも決め付けた。
納得した所で再び神童が口を開いた。

「えっと、谷宮…本当に良いのか…?」

女の子なのに、と神童は聞いて来た。確かに自分は女だ。体力も恐らくこの中じゃ一番低いし、力も弱いかもしれない。だけど、自分だってフィディオに鍛えて貰った身だ。負ける気なんてこれっぽちも無い。
悠那は小さく微笑みながら、口を開いた。

『I'm OK.大丈夫っス!』

冗談半分になりながら、手を頭の上に持っていき、敬礼をしながら言った。そして、明らかにあそこに浜野が居たであろうポジションを見つけ、そこまで走って行った。神童もまた、腑に落ちなさそうにしながら自分のポジションへと戻って行った。

そして、皆がポジションへと付いた数秒後に試合が開始された。
ピーッという長い笛が鳴り、神童がいきなり剣城に向かってチャージをしだした。だが、やはり前半みたく彼は剣城に簡単に吹き飛ばされてしまった。

『「キャプテン!」』
「諦めたらどうだ?お前達はお払い箱なんだよ」

その言葉から放たれたノーマルシュート。余程キック力があるのか、蹴られたボールは目に見えそうなくらいの風を身に纏い、雷門側の選手を吹き飛ばしていく。観客席に居ても迫力があったのに、このフィールド…実際見れば物凄い迫力が伝わってくる。
こんな風だけで吹き飛ばされて痛いのに、これを無理矢理当てられているのだからかなり体力が削られるだろう。勢いがあるボールは三国を巻き込み、ゴールの中へと入っていた。

「どうした?そんなモンか!!」
『はあ!!』

ダンッ!!と剣城へのボールのパスを悠那がスライディングを掛けて、剣城が足の裏で押さえ込んでいたボールを奪った。
その行動は突然過ぎて、剣城は油断をしていたのかボールを抑えていた足の力を緩めてしまい、呆気なくボールを奪われた。剣城が驚くのも無理は無いだろう。彼女がまさか、サッカーが出来た事と自分のボールをこんな素人っぽいスライディング如きに奪われた事。悠那はスライディングをしていた体制から素早く立ち上がり、転がっていくボールを自分の足で先程剣城がボールを守っていたように踏んだ。その一部始終を神童達も勿論見ていた訳で、神童達もまた剣城達と同じく目を見開かせながら口をだらしなくも広げていた。

「早い…!」
「口だけでは無いってとこか…」

霧野の脳裏で再生されるのは先程サッカー部の選手として入りたい発言をした少女の姿。冗談かと思って、軽く流していたが、あの強い瞳を見て、神童と入れるかどうかを話し合った。結果的にこの子は残念ながら女の子。試合には出れないし、体力的にも付いて来れるかが疑問だ。マネージャーで我慢をしてもらう事になった、が。
彼女の今の素早さとアクロバティックな体制の直し方。マネージャーにするのには勿体無いくらいだった。
皆の目が見開かれている中、天馬と久遠だけは違う目をしていた。天馬は寧ろ、楽しそうに悠那を見ていたのだ。

「パスカットは、ユナの得意分野だもんね!」
『Of course!』

とか、笑って見せていれば、背後からの人工芝を踏んで近付く音が聞こえて来た。「ユナ!後ろ!」という声と共に、自分の足元に一瞬の浮遊感。体重を殆ど足に掛けていた所為か、体は前に傾きだした。いきなりの事で何が起こったかは理解出来なかったが、スローモーションで見える光景の中、徐々に理解し始めた。

ボールを取られたのだ。
じゃあ誰が?目をなるべく広い範囲で見ようとすれば、背中からの衝撃。いきなりの事で悠那は声を上げる事が出来ずに、その強い衝撃に目を固く閉じて、地面へと転んだ。

『いったー…』

頭を打たないように気を付けて転がり、改めてボールを奪った人物を天馬に支えて貰いながら見上げる。
ボールを片足の太股の上で軽く跳ねさせる素振りはまるで自分達を嘲笑うかのように見る人物。後ろで結んであるポニーテールが小さく揺れるのが見えた。剣城京介。目つきは相変わらず鋭く、相手を固まらせるような目。彼の目に自分は違う意味で吸い込まれそうになった。
彼は…いつの間に自分の後ろに…

「惜しかったな、お前」
『……』

絶対惜しくなんかない。彼は私からボールを奪うなんて絶対余裕だったんだ…っ
悠那は悔しさで背中の痛みさえも感じない程に唇を噛み締めると自分の拳を握り締めた。相手にボールを渡してしまったら、再び相手がまたボールで皆を傷付けるに決まっている。

悠那のその心配が当たり前だと言わんばかりに剣城に蹴られたボールは自分が持っていた時より恐ろしいくらいの風を纏って皆に一方的な攻撃を仕掛けて来た。隣に居た天馬がいつの間にか自分より離れた所におり、天馬を当てたであろうボールは数回だけ跳ね、再び剣城の方に戻って行った。どうやらあのボールは不良君が相当好きらしいな、なんてどうしょうも無い事も思えて来た。
立ち上がろと、膝に手を置けば、剣城では無い他の人の蹴りを食らったボールが当たった。おいおい、女子相手に容赦ないな…

「後半も黒の騎士団、圧倒的だ―――!!」

本当、圧倒的なリンチだ。悠那はボールが当たったであろう体を抑えようとするが、どこも痛くてどこを抑えれば良いかが分からなかった。そして次々と立ち上がろうとする人が居れば、剣城が勢いのあるボールを当てていく。悠那もその一人である。が、そこで疑問が生まれた。

『(何で…私の時には他の人に当てさせるんだ…?)』

蹴りは圧倒的に強そうなのがどう見てもあの不良君に間違いなく、他の人とはきっと比べ物にならない筈だ。なのに、自分の時は不良君自らあまり蹴って来ない。女だから舐められてる?いや、そんな風にも見えない。彼はそんなのも気にしなく攻撃するに違いないのだ。そんな事考えても仕方ない、とは思いつつもやはり視線の先には必ずあの不良君に向いていた。
すると、不良君はそんなものも気にする事も無く、黙ってボロボロにされて息も上がっている神童に近付いていた。

「俺達に勝つなどありえない。お前達のサッカー部は終わりなんだよ!!」
「はあ、はあ…終わり…?」

体力も続かない、反撃するチャンスがあっても直ぐに攻められる、自分達の力が通じない…雷門をどれだけ誇っても、雷門のサッカー部を誇っても、自分達の力をどれだけフルにしていても、あれだけ大きな口を叩けても…相手に通用しなければ、それは無意味。
手も足も出なくなった自分達は結果的には終わりに近くなっているのだ。

結果的で終わりは見えている、筈なのにそれでも諦めていない人物がこのフィールドに居た。

「――サッカー部は、終わらない!!」

間髪を入れずに天馬がまるで自分にも言い聞かせるように大きな声を上げた。その言葉に神童はハッとした顔で天馬を見る。こんなにやられているのに、それでも何故コイツはそんな事を言えるのか…そんな事を言いたそうに神童は信じられないと言わんばかりに見た。
剣城もまた神童とは違うが、その言葉に反応をしていた。

「雷門サッカー部は誰にも渡さない!…絶対に、」

真っ直ぐに剣城を見るその瞳には、ただ純粋にサッカーを愛している、天真爛漫な彼だからこそ出来る瞳だった。
それが、サッカーを同じく愛している部員達にとって、サッカーを否定する彼等達にもとってただ驚くような事だった。強いて違う所と言えば、サッカー部の部員達にはその瞳に少しの希望を感じ、サッカーを否定する彼等には非常に腹立たしい物を感じさせる事だ。

「じゃあ、奪ってやるよ!!」

その言葉と共に再びサッカーボールがサッカーを愛する者達へ攻撃を繰り返していく。
ボールは人一人当てていき、他の人へと軌道を変えていき、人から人ふ、勢いを緩めず当たっていく。まるでサッカーボール自らが彼等を攻撃しているみたいで気持ちの良いものではない。
吹き飛ばされる自分達の体。この痛みにも慣れてはいけない痛みとなっていた。

「理解したか?お前の憧れていた雷門サッカー部はこの程度の物だ」

この少年が言いたい事はつまり、いくら自分達はあの10年前の雷門イレブンのサッカー部を受け継いだとしても、新入生一人にボロボロにされるサッカー部は強くない。弱小なのだ。結局は強いと呼ばれた彼等の部活をただ受け継いだだけのサッカー部だったのだ。自分達と比べれば、の話しだが。
体の節々が痛くなるにつれ、目を固く閉じてしまいがちになり、強く瞳を閉じた所為か視界にボヤけが掛かる。
それでも相手を見ようと目を細くしながら必死に見上げる。明瞭する視界、そんな視界の隅らへんに、誰かが立ち上がったのが見えた。こんなにもボロボロにされているのにも尚、彼等は戦うのか、と思ったが、違った言葉が耳を通った。

「もうダメだ…コイツ等、俺達に怪我させてでもサッカー部を奪う気だ…降りるよ、俺」

思わず耳を疑った、と同時に自分の中にある気持ちが彼の言葉に同意し始めた。確かにこれだけやられてそれでもサッカーを続けるというのは無理がある話し。実力は確かにある筈なのに、精神的に来たのだろう。肩に手を当てながらそう言った彼は、覚束ない足取りでこのフィールドから出て行こうとしていた。そんな彼を神童が呼び止めるが、彼はその制止を自ら断ち切った。まるで、サッカー部を辞めるような様子で…

「くそっ、このままじゃ…皆潰される…」
「皆が…」

潰される…彼等のあの言葉。潰すというのは本当の事だった。
その言葉が今、この瞬間本当になってしまう。先程までは客席とか、ベンチとかの声が煩い程耳に流れていたのに、今では煩い程、彼等の笑い声が聞こえるんだ。

勇ましかった神童達も今では困惑の表情。一方、変わらない表情をするのは彼等の自分達へ嘲笑うかのような笑み。
これが世間でいう逆ギレなのか、自分の腹の中が渦々していくような感じがした。それと同時に再び自分の唇を噛み締めた。
そして、一気に自分の足に力を入れた。

「!!」

目の前の状況にDFの力が緩んでいたのか、すぐさま不良君の背後を取る事に成功し、そのまま自分の自慢ではないが、昔から自分の知っているお兄さんから鍛えて貰った脚力の速さのまま、スライディングを再びその不良君から奪った。これで二回目のスライディングに成功出来た。
今度はボールをしっかりと踏みつけ、呆然と立ち尽くす天馬を見上げた。天馬を見る際にふと視界に不良君の驚くような顔が見えたが、そんな事は今の悠那にとってはどうでも良かった。

『ダメだよ、天馬が…諦めちゃ…』
「え…?」

ボールの上に足を乗せて重さを掛けているが、地面に片足を乗せている状態。自分の体は左右に揺れ、今にでも倒れそうだ。それでもボールを自分の足の下から退かないのは、まだこの勝負に賭けているからかもしれない。
自分が、今何を言っているのかは分からない。脳が上手く働いてくれない。それでも天馬が諦めようとしているのは間違っている。悠那は、フラフラする体を必死にボールと地面に支えて貰い、天馬を再び見た。

『まだ試合は終わって無いぞ松風天馬!!』
「…!」

天馬だけでなく、他の人にも言うように大声で叫ぶ悠那。
自分の中の天馬は、直ぐに諦めるような脆い天馬じゃない。まだ諦めるとか本人は言ってないが、そんな言葉が聞こえるような気がして、悠那は怖かったのだ。確かに自分達の力じゃ相手に通じるなんて前半の試合を見て思った。だけど、試合が続く以上、彼等はきっと自分達が大好きなサッカーで潰すに決まっているのだ。

悠那はそう叫んだ後、体を支えていたボールを天馬の足まで軽く転がした。その瞬間自分の体が少しだけ傾いたが、それを直ぐに立て直した。力無く天馬の足に当たったボールは転がるのを止め、その場に止まった。皆を傷付けるようなあの激しい動きとは違い、大人しいボールに少し違和感を覚えたのは気のせいだろうか。

『何とかするんでしょ?私達で何とかしちゃおうよ!!』
「谷宮…」
「!…よーし」

天馬は悠那の言葉で、足元に転がるボールを足で蹴り、ドリブルをしていく。それと同時に天馬と共に上がり出せば天馬から「ありがとう!」という言葉が来た。それに少しだけ呆気に捕らわれた悠那だが、直ぐに「どういたしまして」と、返した。

剣城が直ぐにボールを奪いに来たが、天馬は見事なボール捌きで剣城どころかDF陣を一気に抜いて行った。
悠那にパスカットという得意分野があるのと同時に、天馬にもまた得意分野を持っていたのだ。

「あいつ…」
『ドリブルは、天馬の得意分野だもんね』

恐らくこの中では負けない程のドリブルだと思う。天馬はそんな感心の言葉を漏らす先輩達を余所に、素早いドリブルで次々と騎士団の人達を抜いて行く。悠那もまた天馬に続くように上がりだした。体力は二人にとってあまり残ってはいないが、それでも自分達のやるべき事を貫こうとしていた。すると、天馬の目の前に人が立ち塞がり、天馬の動きが止まった。
肩を揺らすその姿はきっと、息の上がり過ぎに違いない。悠那はそれを見て、「天馬!」と片手を上げて、パスをするように合図を出した。
それに気付いた天馬は、直ぐに悠那へとパスを出した。

「ユナ!」

高くパスを出したボールは伊勢屋の真上に来ていた。パスは少しズレたが、それでも悠那は諦めるず、飛び上がった伊勢屋より高く跳んだ。空中ながらも悠那は逆さまになり、両足でボールを挟み、伊勢屋へと渡ろうとしていたボールを何とか奪われずに受け取った。一瞬の焦り、天馬はボールを受け取ってくれた悠那に安堵の息を吐きながら胸を撫で下ろせば、悠那から「ナイスパス天馬!」という声が響いた。
あれは果たしてナイスだったのか、という神童達の心中で思われたが、悠那にはアレが一番取り易かったのだ。悠那はパスカットが得意と共に、空中戦も得意だった。だから今のボールも難なく受け止められた。

ボールを受け取った悠那もまた天馬と同じようにドリブルで駆け上がり、立ち塞がる騎士団の人達を飛び跳ねるように交わして行く。
天馬とはまた違うドリブルの仕方に神童達は再び目を見開かせていた。そして、春奈もまた変わっていた悠那のドリブルに口を開かざるをえなかった。


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