「んぐぅっ…“絶対障壁”が、破られるとは…!!」
流れが雷門に来ている事を否が応じても感じざる得ないこの状況。その状況に熊崎は焦りを感じていた。熊崎もこう見えても監督だ。チームの流れや状態は嫌でも分かってしまう。
必殺タクティクスも破られてしまい、シュートも決められてしまった。そして、今もまた破られてしまっている。
「剣城くん!」
「…はぁぁああっ!!
“剣聖ランスロット”!!」
“絶対障壁”を破った剣城達。今度は剣城の方にボールがいき、彼は自身の化身を出す。そして、シュート体制をとった。
「“ロストエンジェル”!!」
氷上に現れたランスロット。フィールドがフィールドであり、いつもより甲冑が輝いて見えていた。放たれた必殺シュート。はたまた白咲は反応に遅れてしまい、ボールをゴールネットを揺らした。
再び雷門が追加点を取ったのだ。熊崎はそれを見るなり再び顔を青白くしていき、焦りを見せる。
「同、点…!」
「どうするのですか、熊崎監督」
今の状況に唖然とする熊崎にいきなり後ろから冷たい声が響く。その声に熊崎はハッとした表情で後ろをバッと振り向く。振り向いてみれば、そこには黒いスーツを着た黒木がこちらを蔑むように見下げて立っていた。
思わぬ上の登場に、熊崎は休む暇もなく目を見開いた。
「く、黒木さん!?」
「このままでは負けてしまうのでは?」
黒木も一目で状況が分かっていたらしく機嫌もどことなく悪い。
「くそお、分かっとります!絶対に負けません!もう手は打ってあります!」
「ほう…如何なる物だ」
「あの娘は既に限界が来ています」
「……」
熊崎の言葉に黒木はその娘とやらを見やる。娘、つまり悠那。彼女は確か剣城をも変えてしまい、松風天馬と共に神童達に革命という下らない事をやらせている邪魔な子猫。いや、猫は猫でもフィフスに不快な想いをさせる黒猫だ。その娘を見た瞬間、黒木は眉間に皺を寄せる。だが、気付いた。
悠那は表情こそ笑っているが、どこか辛そうに左足を庇っていた。それも分かるか分からないかぐらい。
「石ぃ!」
「うス」
熊崎の言葉に低く唸るような声で返事をすると、ぬぅっとベンチから立ち上がった。熊崎が石に何かを指示するように耳打ちすれば、石は楽しみだと言わんばかりにフィールドに立って喜んでいる雷門を見るなり不気味に笑った。
「分かったな」
「うス」
「…因みにあの娘はコイツの細工されたスパイクで左足を踏まれ、既に血を流しております。
サッカーが出来るのは時間の問題かと」
「時間?そんな物待ってはいられません。その娘の左足を使えない物にしろ」
その言葉に熊崎は一瞬目を見開いたが直ぐにニヤリといつもの笑み浮かばせて、石を目で指示する。石もまた今の会話が聞こえていたらしく、まるで獲物を見つけた熊のように不適に笑って見せた。
ピ―――ッ!!
『?』
審判の笛が鳴った。試合開始の笛ではない。そちらを見ればどうやら選手交代らしく、白恋の11番から16番に代わった。
「アイツを入れるのか?」
「あんな乱暴な奴を…」
「試合が荒れるぞ…」
石を知っている白恋中の選手達には不穏な空気が流れ始める。そして、それを知っている白咲はゴールで不適に笑っていた。
「皆!監督の指示に従うんだ!分かってるなー!」
白咲、石、熊崎はフィフスセクターの人間。そして、白恋はフィフスセクターに従わなければならない。氷里達は顔を見合わせて返事をする事なく仕方なしに頷くだけだった。
「仕方無いな…」
白恋は射月に変えて石という人物を入れて来る。実況者曰わく灰色熊を意味する“グリズリー”を意味を持つ圧倒的なパワーが自慢のFWらしい。確かに歩く時がどことなく熊を思い出されるような歩き方だった。
フィールドに入った瞬間、ゆっくりと歩いてきて雪村達と何やら話し始める。様子からして少しだけ荒れているが、石が雪村達の意見をねじ曲げた。
『…あれ?』
おかしいな、
分かんない…分かんないけど…何か
…怖い?
雪村達の様子を黙って見ていた悠那。今まで人を見て怖いという感情を抱いたのは何回かあった。だがしかし、今回のはそれらを覆すような恐怖が自分に襲いかかったのだ。
「ユナ?戻ろ?」
『うん…』
「?」
だが、それは天馬の呼びかけにより思考は中断され、悠那は直ぐにポジションに戻った。
試合再開。
白恋中から始まり、雪村がボールを持っている。上がり始める雪村に浜野がDFに行った。
「止めろ!浜野!」
「よっしゃー!」
「止められるかよ!」
そう言って雪村が浜野を交わした時だった。
ツルッ
「こんな大事な時に滑るかー?!」
ええ、本当に。
浜野はフェイントを入れられた反動で足を滑らせてしまいお尻から転んでしまった。
「雪村!寄越せ!」
「…分かってるよ!」
石が雪村に訴えれば、雪村はうんざりとした声で石に渋々ボールを言われたようにセンタリングを上げる。上がったボールと同時に石も飛び上がった。
『私が…!』
「任せろ!」
『三国先輩?!』
悠那がボールを取ろうとしたが、三国もまたゴールを守ろうと飛び上がった。ボールは何とか三国が先に取った。だが、悲劇はこれからだった。勢い余った石は三国に背を向けてそのまま三国にぶつかり出す。不意を突かれた三国はそのまま地面に叩き付けられ、ゴールポストに激突してしまった。
「「「「!?」」」」
『三国先輩?!』
「三国先輩…!」
駆け寄る雷門。一同は三国を一旦ベンチに移動させようとした。
『今の…』
絶対にわざとだ。
そう思いながら三国の前に居る石に視線をやる。すると、石の視線が悠那とぶつかった。
『?!』
視線が合っただけなのに体中が強張る程に怖くなる。
そんな恐怖を感じる悠那を余所に石は一歩一歩と悠那に近付いて来た。
『(う、動けない…っ)』
まるで蛇に睨まれた蛙のような、金縛りのように悠那の足は上手く動かず、只こちらに来る石を怯えた目で見る事しか出来ない。
声も出ない、足も動かない、逃げたい。だけど逃げる事が出来ない。足が動かない理由もあるが、もし今自分が逃げてしまったら、コイツに背中を見せてしまったら、絶対に一生逃げられない。自分を殺そうとするまで追いかけてくるあの熊みたく。
「フッ」
『ひっ…!』
石が笑ったと同時だった…
ドンッ!!
『―――ッ!』
間抜けな声がようやく出たと思った瞬間、いきなり負傷している左足を思い切り踏まれてしまった。咄嗟の判断で口を自分の手で覆う。きっと覆っていなかったら、今頃声にならない程の叫び声を上げていたと思う。痛い。痛すぎる。誰か、誰か助けて。
だが、その場面を雷門の皆と審判には見られていない。
雷門と審判には…
「アイツ…!」
「足を…!」
「そういう事か…っ」
白恋の皆はその光景を見て、信じられないと言わんばかりの目をやる。ギャラリーに居た逸仁もまたそれを見て顔を強ばらせ、悠那が何故足を庇っていたのかを理解した。
理解したのがかなり遅れたが―…
「さっきの痛みはどうだったかな?子猫ちゃん」
『?!』
まさか…
そう思わなくとも、直ぐに分かった。つり上がった口元、確信犯だ。
間違い無く試合開始前のあの左足の痛み。
コイツだったのか…!
「監督命令だ。
お前の足潰してやるよ」
『!!』
石が、ニヤリと笑った。
いつの間にか退かされた足。足が、このフィールドの所為で冷たい筈なのに少しずつ熱を帯出してきている。それと同時に痛みまでもが伝わってきている。思わず自分の目頭が徐々に熱を帯び霞んで来た。
今までに感じた事のない恐怖。直接殺されそうになっていない。だが、選手として殺されてしまいそうだ。
「悠那?戻ろう?」
『……』
「悠那?」
『…うん』
石が戻ったと同時に信助が悠那の元に来て、悠那を呼ぶ。悠那は手を口から退かすなり小さく返事をする。そして、泣き顔を見られまいとベンチへと急いで向かって行った。
「悠那?」
…………
………
ベンチに行けば、三国は手当てを受けていた。先程のは明らかに狙ったプレイ。腕を強打した三国は冷やしているが、かなり痛そうだ。
「大丈夫ですか…?」
「平気だ、これくらい…!」
「アイツ、今のは狙ったプレイだな」
「あぁ、俺もそう思う」
『…思うんじゃなくって、本当に狙ってたんですよ…』
直接攻撃された悠那だからこそ言える。
もう、相手は正々堂々とプレイをする気は無い。悠那は三国の肩を見た後、自分の左足を見た。
「汚い真似をするぜよ」
「許せねぇな」
「これが今の白恋か…」
「っ、」
円堂の残念がる言葉に吹雪も顔を歪ませた。
自分の生まれ育った場所。自分の母校である場所。
自分が唯一、認めた少年の場所。全てが全て、フィフスセクターに奪われてしまった。
『(…もしも)』
もしも足が怪我しなかったら素早く動けただろう。
もしも自分に力があったなら三国も怪我をせずにいただろう。
もしもあの時力強く言っていたら、
もしも、もしも――想像でしか有り得ない。そんな輝かしい夢物語、ある訳が無いのだ。確実なのは、この状況をどうするかという事。非力な少女は左足を潰されかけ、仲間には怪我を負わされてしまったという事。
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