『はあっ!』

バシュッ!

どれくらいの時間が経っただろうか。周りがすっかり暗くなってしまい、誰も居ない河川敷にただ一人、悠那の声が強く響いていた。一人で居るところを見ると天馬は先に帰らせたのか、その場にはいなかった。悠那が思うのはただ一つ。

強くなりたい
皆より強く
置いてかれるのは嫌だ

『はぁっ!』

力強く蹴ったボールからは少し風が纏い、ボールは少しだけ水色のエネルギーを纏った。だがそれは、ゴールに入る前に消えてしまったが、バシュッという音を上げて勢いよく入った。
ゴールネットを突き抜けるように入ったボールは、暫く回転した後に力無く零れ落ちてきた。トントンッと跳ねた後、ボールはコロコロと転がり、やがてポストに当たって止まる。

『…この感じ…』

確かに力は感じた。
だけど、何かが足りない。自分が求めていた力は自分の予想していた物より遥かに上にある。

――悠那はキック力がある

“真空カマイタチ”の時は、空中にいたからこそキック力が上がっていた気がする。なら、次も…と、悠那はいつぞや円堂に言われた事を思い出しながら、やってみようとゴールの中に入ったままのボールを持ちに行く。だが、それは悠那以外に来た人に遮られた。

「おーい!ユナー!!」
『っあ、天馬』

拾おうとしゃがみ込んでボールへと手を伸ばせば、いつの間にか天馬が土手の上で自分を呼んでいた。まだジャージ姿の天馬はいつまで経っても帰って来ない悠那を向かえに来たのだろう。
ムスッと拗ねるような表情をして、腰に両手を当てながらこちらを見下げてくる天馬は少しだけご立腹らしい。だが、周りが暗い所為か天馬の表情はあまり怖く感じられない。

「早く帰って来なさいって、秋姉がー!」
『…あ、分かったー!!』

天馬の言葉に、悠那は近くにあった時計を見上げる。時計の針はもう直ぐで9時を指そうとしている。もうこんな時間なのか。激しい動きをした所為か、額やら首もとやらに汗も出てきて、そろそろお風呂に入りたい。そんな事を考えながら、思い出したように天馬へ返事をして鞄を持ち、天馬と共に帰った。

…………
………

翌日の練習。その日の天馬と悠那はいつもより、気合いが入っており、グラウンドに耳を澄ませれば、殆ど二人の気合いの入ったかけ声しか聞こえないように聞こえてしまう。

「いっくよー!悠那ー!!」
『よし、来ーい!!』
「それっ!」

悠那は信助と共に、高く上がったボールをジャンプをして十分な高さと十分なキック力を悠那は探していた。それっ!と信助がボールを高く上げて、自分もまた高く跳び上がって行く。それを見た悠那もまた、付いて行くように跳び上がってみるが、ジャンプ力が元々高い信助に勝てる筈もなく、あっさりと取られてしまった。
うわっ!?と取れなかった悠那はそのまま地面まで落ちてしまい、着地の準備をしないまま尻餅をつく。

「だ、大丈夫?!」
『大丈夫大丈夫、もう一回!』
「少し休まない?」

さっきから何回もやってるよ?と信助は心配そうに聞くが、悠那は笑顔を向けて笑い、首を横に振った。

『ううん、天馬も頑張ってんだもん。負けてられないよっ!』

そう言って、自分より向こう側で車田、天城と一緒に練習をしている天馬の方を見る。
天城がドリブルしていき、天馬がそれを止めようと体に風を纏いながら突っ込んで行く。だが、こちらも悠那と同様、転んでしまい失敗に終わっていた。

「大丈夫か!?」
「ちょっと休憩した方が良いド」

車田と天城は転んだ天馬に駆け寄り、怪我が無いかを聞く。見た目的にも体力的にもボロボロな天馬。そんな天馬に先程から休憩を挟もうと天城や車田が言っていたが、天馬は首を縦に振らない。
そして、今もまた首を横に振るだけで「大丈夫です」と言い張った。今の状態でどこが大丈夫なのだろうか、と思うが本人はまだ続けようと言い張る。

「まだやれます。力が湧き上がるのを感じるんです。なんか、何か俺の中から早く出たがってる力があるんです」

天馬は興奮気味に自分の両手を見つめる。ボロボロなのに、自分の力を感じる事で何故か嬉しさが芽生えてくる。そんな天馬を見て天城と車田が疑問符を浮かばせて首を傾げる。

「力が出たがってる?」
「きっと必殺技って事だド」
「だからもっともっと練習すれば力が出て来ると思うんです!!」

今、革命という名の風が吹いている。最初は手こずって、仲間同士でぶつかり合っていた。
だけど、今になっては仲間と力を合わせて勝つ事だけを信じて今こうして皆と強くなろうとしている。自分自身に出来る事や自分の強さを信じて。そして、自分はまだ強くなれると。
それが何よりも嬉しくて、天馬も悠那も必殺技を完成させたいとこうして特訓している。
早く、早く完成させて、皆の役に立てるように。

「“そよかぜステップ”を更に強い風にするのか、」
「手応えはあるしいけどな、悠那も…」
「あぁ…」

ベンチ付近でグラウンドで練習を見ていた神童と霧野はそう口々に言っていく。
確かに今、天馬が目指しているのは“そよかぜステップ”より更に強い風。そよ風みたいな優しい風ではなく、旋風のように渦巻くような風。

「(“そよかぜステップ”の風…)

もっと速く、もっと強く…俺が風になるっ!!」
「良し来い!!」
「だぁぁああっ!!」

自分の中で必殺技のイメージして天馬が車田に突っ込んで行く。すると、天馬の背中から一瞬黒い靄のようなモノが見えた。それが影響しているのか、天馬を纏う風が強くなった途端に力が分散して、天馬は風の勢いに流されてしまい転倒してしまった。

―ズキンッ

『…え?』

天馬のあの靄を見た瞬間、悠那の中のモノが跳ねた。それは一瞬の間だったものの一度脈打っただけで長く感じられた。
自分の中に居る化身、“大空聖チエロ”。
…いや、違う。
確かに、チエロを出そうとした時や感じた時は脈が弾けるように高鳴った。だが、今のは苦しくて重い。まるで、鉛みたいな物が落ちてきたみたいに。痛くて上手く息が出来ない。
もう一つ、違う何かがいる。

「円堂監督今の…!入学式の日にも…」
「あぁ…久遠さんから聞いてはいたが、アイツ…」

ベンチで座って天馬の様子を見ていた春奈が、興奮気味に隣で自分と一緒に見ていた円堂へと顔を向けて、天馬を指差しながら言ってくる。
円堂もまた、話しは久遠から聞いていたものの、実際自分の目で見れば驚くものがあった。当の本人は気付いてさえいないが、確かに力は感じていた。必殺技を出そうとした瞬間の藍色の靄。天馬の方を向けば、何かを感じ取ったであろう剣城が近寄ってきた。

「おい」
「え?」
「力が眠ってるのは本当らしいな」

転んで未だに訳が分からないと言わんばかりの顔で座り込んでいる天馬に、剣城が声をかける。そして、剣城の意味深な言葉に天馬はどう返せば良いか分からずに、「どうしたの、急に…」と剣城を見上げながら聞く。だが、剣城はそれには答えず黙ってベンチに座っている円堂の方へと振り返った。

「監督、今度は俺が相手しても良いですか」
「どうするつもりだ?」

円堂に振り返ったと思いきや、まさかの練習相手の交代。天馬は思わぬ事を言ってきた剣城を見上げた後、円堂へと交互に見比べる。一方、剣城がそう聞けば、円堂は若干疑い気味の声色になりながら剣城へ聞き返してきた。
それを聞いた剣城は迷いなく、円堂から天馬へと視線を移した。未だに状況が分かっていない天馬はキョトンとしているだけで、剣城を見上げている。

「俺の力で、コイツの中に眠る力を引き出してみせます」
「…チームの役に立つなら俺、やります!」

天馬は今まで見た事の無い真剣な剣城の目を見て、何かを決めたのか、そう言って直ぐに立ち上がった。

「…よし、やってみろ!!」

円堂の許可も得て、こうして始まった剣城と天馬の特訓。
剣城はドリブルをしていき、天馬はそのボールを奪いに行く。先程の車田と天城と特訓のやり方が似ている気もするが、剣城なりに何か策があるに違いない。悠那と信助もまた、天馬の必殺技の結果が気になったのか、一時練習をするのを止めて、様子を見る。
そして、もう一人。

「剣城…もしかして…」

悠那の時と同じようにして、アイツの中に居るモノを…?
万能坂との試合の時に、悠那の化身を目覚めさせた剣城。あの時はぶっつけ本番だったが為、仕方ないがやり方はやはり違った。なんとなく確信出来た神童は、そのまま黙ってフィールドに立つ二人の姿を見た。
剣城からボールを奪おうと天馬が左足を力強く踏み込むと纏い出した風が強くなる。それを見た剣城は一歩身を引いて天馬を交わし、肩で弾き飛ばす。天馬は咄嗟の事で受け身を取れず、その反動でそのまま大の字になり、倒れた。

「なんか来てる、俺の中でなんか来てるんだよ…!」
「もう一度行くぞ!!」
「うん!!」

激しい剣城と天馬のぶつかり合い。そんな彼等を皆が呆気に取られた表情で二人を見ていた。

「(この技、必ず完成させてみせる。ディフェンス技どころか、とんでもない物が出て来るかもしれないぞ…)」
「うぉぉおおっ!!」

天馬は直ぐに立ち上がり、再び始まった二人の練習。
天馬が強い風を纏いながら走り、剣城へと突っ込んで行こうとする。天馬が必殺技を完成させたいと心中で思っている中、剣城は自分の中で見つけた一つの確信に賭けていた。

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