雷門が帝国と苦戦しながら戦っている頃、もう一つの病室でもまたその試合を見ていた二人の兄弟が居た。その内の一人は、雷門に通いテレビに映る彼等の仲間であろう剣城だった。
いや、仲間と思っているのは少なくとも彼等の中に居る少女と、その隣に居る少年だけだろう。

「…いいのか、京介。行かなくて」

ベッドの上でテレビを見ながら横に居る自分の弟である京介にそう静かに問いかけた。その兄の問いかけにも京介は、黙ったままテレビに目を向けている。テレビに映るのは再び試合が開始されるであろう光景。その中に真剣な表情をする松風天馬と自分の幼馴染みである谷宮悠那が映った。
それを京介は無表情で見ており、優一は呆れたような表情を顔に出してからまた自分もテレビに目を移した。

「今ならまだ試合に間に合うぞ」

もう一度、彼に行けと言葉をかけるがやはり彼から返事が来ない。会話が途切れてしまい、二人の間には微妙な沈黙が続いていた。聞こえるのはテレビから流れてるジリジリとした電波の音とテレビから流れる実況者さんの声。
挙げ句の果てには、外からの子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。彼があまり自分の事を話さなくなってきた事は知っていたが、まさかここまで話さなくなっていたとは。痺れを切らした優一がもう一度彼に振り返って声をかけようとした。

「京介――…」
「大丈夫だよ。

俺が出なくても、あいつ等は戦える」
「え…?」

やっと返してきた言葉が、早くも優一に疑問を与えてきた。確かに彼等は11人で挑んで戦えている。人数には困っていない。強いて言えば彼等には控えの選手が居ない。それは今までにもあった事なのであまり気にはしていない。
だが、これは今までのようにはいかないと思って優一はそう問いかけた筈なのだが、京介はそれを気にせずにそれだけで終わらせてしまった。優一からの意味の分からないと言わんばかりの目線が、どうしても居たたまれなかったのか、京介は直ぐに立ち上がった。

「なんか、この部屋ちょっと暑いな。喉乾いた。なんか買って来るよ」

その場から逃げ出すように、兄の疑問から逃げ出すように京介は何かと理由をつけてこの部屋から出て行った。
因みに、この部屋は患者さんの健康などを考えて温度調節はしてある。つまり、あまり暑くはないし寒くもないのだ。そんな理由をつけて部屋を出て行く彼の背中を、優一は困ったような、意味が分からないような表情をして「京介…」と小さく呟いた後見送った。そして、ベッドの隣に置いてある車椅子を見て辛そうに顔を歪めた。

…………
………

帝国がドリブルで攻め上がって来た頃、洞沢は逸見に高いパスを出してきた。すると彼は再び跳び、信助もまた奪おうと高くジャンプをするが上手く行かず、またトラップされてしまった。そして、トラップされたボールはキャプテンの御門に渡ってしまった。

「そこだぁ!!」
「だっド――!!」

それを見た霧野と天城がスライディングで何とかボールをカットした。弾かれて、零れたボールを車田がラインの外へ出した。気付けば皆の息は上がっていた。

「さっきから攻められっぱなしだド」
「守るので精一杯だ…」

天城と霧野が息を整え、滴り落ちる汗を拭いながら力無く言う。DFである彼等にはMFやFWとは違う疲労があり、攻めようと奪ったボールを自分の仲間達に渡すが、再び奪われてしまい、こちらにとってはボールをフィールドの外へと出すのが精一杯だった。

「僕がボールを止められれば…」
『信助…』

先輩達が息を切らしながら言う頃、近くで聞いていた信助は肩を落として顔を俯かせてポツリと言葉を零した。だが、これは信助だけの所為じゃない。ボールを奪えないのはこちらだって同じなのだ。
そう声をかけようとしたが、今の彼に言っても余計に思いつめてしまうだけだ。何しろ奪えないからこそ、頑張らなきゃいけないのだから。

「ちゅーか監督は何で黙ったままなの?」
「何か指示は無いんですか…?」

浜野と速水がベンチの方で立って黙ってフィールドを見ている円堂を見てそう呟く。円堂なら、何か勝てそうな作戦がありそうなのに、まだ何も指示がない。そんな姿を見る限りまだ指示をしなくてもいいと考えられた。
どちらにせよ、彼はどこか久遠に似てきている気がする。久遠は確か、自分で考えさせて選手にプレーをさせると、誰かが言っていた。
それぞれが抱える疑問に、円堂は気にもせずに黙って信助の方を見ていた。

「(円堂監督…)」

春奈もまた、選手達と同じように円堂が何を考えているのかが分からず、不安げな表情で円堂を見ていた。

「中々しぶといな、雷門は」

試合が再び一時的に止まった頃、逸見はキーパーの雅野とキャプテンの御門の方へと近寄りそう呟いた。それを御門は顔を歪ませながら雷門の方を見ていた。

「生温い…こんな連中、総攻撃をかければ一撃で粉砕出来る筈。今こそその時ではないか!!監督は何を考えている…」
「総師には、総師のお考えがある。俺達は総師の命令通りやれば良い…帝国学園のサッカーをな、」

帝国のベンチへと座る鬼道を見ながら言えば、釘を刺すように雅野が静かに入ってきた。これぞ火に油なのだろうか、若干イライラしてきていた御門はその何気ない言葉に反応し雅野に突っかかってきた。

「俺に命令するな雅野、帝国のキャプテンは俺だ!!」
「鬼道総師のサッカーを一番理解しているのは俺だ…!」

『(何…?仲間割れ?)』

声を荒げて言う御門に、怯む事なく雅野は返すが彼も若干イライラしているように見えた。そんな光景は離れていた悠那でも分かり、その様子を呆れながら見ていた。

「やっぱり、11人居ると言っても厳しいな…」
「相手はあの帝国学園だ。当然だろ」

一方、観客席の方では一乃と青山は厳しい表情をしながら見ていた。点はどちらも入っていないとは言え、攻められているのは完全に雷門の方だ。そんな彼等を見て、一乃は思わず言葉を漏らした。その彼の出た言葉に青山もまた、頷きながら言った。
そこで、一乃は一度視線を自分の膝にやった。

「…なあ、辞めて良かったのかな、俺達…」

一乃のそんな言葉に青山は一瞬、驚いた表情をした。そして、青山もまた一乃と同じように顔を俯かせた。
一乃も青山も、元は雷門のサッカー部。好きでサッカーをやっていた身だ。青山もまた、一乃と同じ事を考えていたのだろう。

「…そんな事、今更言ってもな…」
「そうだけどさ…」

一乃はやり切れない声を出しながら、フィールドに立っているサッカー部員達に目を向けた。

「(強い…これが帝国学園か…)」

試合が開始される前に、天馬は帝国にボールが渡らないように選手の前を取っていた。そして、天馬は不意に帝国のベンチに座っている鬼道に目を向けた。
帝国学園総師、鬼道有人。
イナズマジャパンを世界に導いた天才ゲームメーカーで、円堂監督の親友。そんな人がフィフスセクターだなんて、でも円堂監督と一緒に戦った人なら…きっと思い出してくれる筈だ…本当のサッカーを――…

「(あ…)」

そこで天馬は思い出した。自分の脳裏には木枯れ荘に帰ってきた悠那がいきなり秋に抱き付いて泣き出した事を。あまり人に弱い所を見せない悠那の小さな姿。天馬は、そこで悠那の方へと振り返ってみた。そういえば、彼女は今日、いつもより真剣な表情をしている。
もしかして、ユナが泣いてた理由って、鬼道さんの事で泣いてたとか…?

「…ユナ、」

天馬がそう確信ついた時だった。帝国の鎌田のスローインから始まった。ボールは車田が弾いたが、まだ気を抜けない状態。天馬は龍崎に付いていたが、龍崎は直ぐに天馬よりも前に出てボールをキープした。

「天馬!」
「絶対に止める!!」

信助の声に応えるように、天馬は龍崎に食らいついて行こうとする。だが、天馬は競り負けてしまった。

「天馬!!」
『大丈夫、天馬!?』

弾き飛ばされた天馬に信助と悠那の心配そうな声が響く中、龍崎は上がって来ていた。

「進ませるな!!」
「分かってる!!」
「んだド!!」

神童の指示に車田と天城は動き出す。そこで龍崎はノーマークである御門にパスを出した。だが、悠那はそれにいち早く反応した。何とか追い付いたのか、御門の前に滑り込んで来た。決められると思われた御門のシュートは反応していた悠那によって弾き返された。しかしまだボールは生きており、御門はそのまま前に出てくる。それを見た悠那もまた前に出た。
ボールは二人の足の間に挟まれ、ギリギリと双方の強い力を叩き込まれていた。

「むうっ!!」
『はぁぁぁっ!!』

お互い一歩も引こうとせず、ボールはついに二人の力に耐えきれず、上空へと弾き飛ばされた。
その時だけ、何故かボールの動きがゆっくりに見えた。だが、そんなのをじっくり見ている暇はない。悠那は直ぐに近くに居る信助の方を振り返った。

『信助!!』
「信助!!」
「(僕が飛ばないと点が取られる…でも、僕に止められるの…?)」

神童もまた名前を呼ぶが、信助の不安そうな顔が此方からもよく見えた。先程から何度も挑んでは、ボールを奪われていた信助。自信を無くした信助に迫り来るボール。そんな彼を見た悠那は意を決したように口を開いた。

『信助!特訓の時、キミは何を思って跳んでた!?』
「…え?」
『余計な事考えて、キミの本当の想いが見えなくなってるんじゃない?!』

暗い空間の中、悠那の声が聞こえ、我に返る信助。そして彼女の方を振り返ればニカッと笑みを浮かばせていた。すると、悠那は円堂の方を見た。それを見た円堂もまたニカッと笑いながら頷き、口を開いた。

「空だ!!相手に向かってじゃない、空に向かって飛べ!!」

そう言って、円堂は指を皆の真上に広がる大空へと差した。空は相変わらず試合開始前と同じ姿をしており、雲は風に吹かれゆっくり流れていた。そんな空を綺麗だな、と呑気ながらも思えた。そこで信助は気付いたのか、ハッとした表情になった。

「(そうか…!)はい!」

信助は吹っ切れた、というより、すっきりした様子でボールに向かって走り出していた。

「(僕、ボールを止める事ばかり考えてた…そればかり考えて、しっかり跳んでなかったんだ…!!)」

僕の得意なジャンプ。
ずっと練習してきたジャンプ!

「貰った!!」

逸見がチャンスと言わんばかりに二人が弾いたボール目掛けて跳んできた。

「(練習しただけ高く跳べる筈だ!!)
“ぶっとびジャンプ”!!」

信助は相手に向かってではなく、空に向かって地面に思いっ切り踏み込んで、高く飛び上がった。

「お、俺より高く跳んだ?!」

気付けば信助は逸見より高く跳んでいた。そして、そのまま勢いを止めずに両足をボールに付けて、勢いよく蹴った。
ボールはエネルギーを溜めながら地面へと跳ねた。

「やった!!」
「信助ナイスクリア!!」
『ナイス!』
「…!」

まさか、コイツ…この為だけに俺と張り合ったというのか…?
御門は自分の傍で喜ぶ悠那を見て、そう密かに確信をついた。成功した信助に天馬と悠那は信助におめでとうと、声をかけていた。必殺技の成功とボールを弾けた事に信助は本当に気分が良さそうに喜んでいた。もう、あんな小さな背中ではない背中を見た悠那もまた、やる気が出たかのように両手を拳にした。

『(私も頑張らなきゃ…!)』
「西園…」

喜ぶ信助を遠くから見ていた倉間もまた、唖然とするように見ていたにも関わらず、密かに内に秘めていた事を決心した。


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