暗殺一家によろしく
- ナノ -
問 愛の多様性について述べよ




やっふやっふー!今日も元気だご飯が上手い!24歳ぴっちっぴちの若妻ユキノです!目の前には積み木なんてものを飛び越えてルービックキューブ的なおもちゃに夢中な愛息子イルミがいます!小さな手を動かしていとも簡単に色を揃えてしまうのが凄い。うちの子マジ天才…ああ、だめだめ!やったってお母さんに出来るわけないじゃん!

「頼むシルバ!お前しかいないんだ!」
「しつこいなお前も」

んー、こう?こうかなぁ。かちゃかちゃと動かしてみる。やばい、出来るビジョンが湧かない。やっぱり無理だよおイルタン。

「頷くまでおりゃあ何日でも通い詰めるぞ!」
「だから脅すな!性質悪ィぞお前!」

あー、まぁたやってるぅ。懲りないなぁこの二人も。テーブルを挟んでやいのやいのと言い争いをしているのは、みんな大好きムキムキダンディのシルバさんと、その友人(と私は思っている)のモラウさんだ。海の月と呼ばれる魚の狩りに出てから大分経ったけど、モラウさんは時たまお土産を持ってうちにやってくるようになった。渋るシルバさんを引き摺って飲みに出たり、うちで料理を振る舞ったりと、交流は続いている。イルもお魚のおじちゃんと言って懐いているし、シルバさんもぶつぶつ言いながらも満更じゃなさそうだし。

なんかこういうのもいいよねェと思っていた矢先のことだ。モラウさんはいつもの如く唐突な訪問をした後、シルバさんに頭を下げた。

「頼む!俺を助けると思って!」
「知るか!勝手に賭けたお前が悪いんだろ!―――俺は、ハンター試験なんぞ受けん!」

そう、そうなのだ。モラウさんは、シルバさんに今度行われるハンター試験を受験してほしいと連日頼み込みに来ているのだ。

皆さんもご存じの通り、ハンター試験は一年に一回行われる。ハンターハンター言わずと知れた最初のステージだね。ハンタ―試験会場に辿り着くのも一万人に一人、ルーキーが合格する確率も三年に一人と言われる超難関試験。その代わり、プロハンターとして受けられる恩恵も段違いで、入国制限のある国に入れたり、公共施設を無料で使えたりする。

いいよねェ、売れば七代は遊んで暮らせるらしいよ。私だって取れるものなら取りたい。死にたくないから行かないけど。

「お前なら絶対合格するって!」
「だからそもそも行きたくないと言ってるのが分かんねェのか!」

シルバさんもモラウさんも行けば受かるのが大前提だ。そりゃそうだろうね。原作のイルミだって無傷(ゴンからの攻撃以外)で受かってるし、念能力者にはお遊びみたいなものだろう。

何でも、モラウさんは同じハンター仲間を賭けをして、三年に一人と言われるルーキーが今年合格するかを賭けたらしい。それで、絶対合格間違いなしのシルバさんに白羽の矢を立てた、と。…そういうの、八百長って言うんじゃないかな?ずるーい、でも賢い。

「モラウ。―――…俺は、ゾルディックの人間だ」
「ゾルディックって……あの、暗殺者のゾルディックか?!」
「あぁ」

あ、それ言っちゃうんだ。今まで誰にも言ったことなかったのに。私は別にいいけど…シルバさん、モラウさんのこと信頼してるんだなぁ。確かに、モラウさんはちゃんとした人だもんね。

「元、だがな。だが、ブラックリストに載るような犯罪者であることは間違いない。そんな俺が、ハンターに相応しいと思うか?」
「………」

なるほど、暗殺者であったことを明かしてモラウさんを諦めさせる作戦かぁ。上手いなあと思うけど、残念、モラウさんには通用しなかったみたい。元なんだから問題ねェ!とぐ逆にヒートアップしている。逆効果だったみたいだね。

『いいんじゃないですか、ハンター試験』
「ユキノ?」
「さっすがユキノ!話が分かる良い女だな!」

あっちょっ…シルバさんにそんなこと言ったら…!案の定、シルバさんの瞳がギラリと光って、モラウさんを睨み付ける。

「そうか。モラウ、お前は気の良いヤツだったが仕方ない。さよならだな」
「待て待て待て!何フツーに殺そうとしてんだ!盗らねーよダチの嫁!」
「俺は悪い芽は先に摘んでおく性質だ」
「目がマジなんだよ!」

仲良いなあ、シルバさんとモラウさん。何か羨ましい。シルバさんはモラウさんと話している時は口調が砕けていて、〜〜ねェとか、荒い言葉遣いになるのだ。私にはしてくれないのに〜。ちょっとジェラシー。まぁ、このままじゃ話が進まないので、仲裁に入る。

『シルバさん、落ち着いて下さい。ハンター試験の受験、私は賛成ですよ』
「何故だ?」
『考えてもみて下さい。私とシルバさんは正式な夫婦ではありませんし、社会的な信頼はほとんどありません。だから、ハンターライセンスを手に入れることは、私達家族にとっても良いはずです』

そう言うと、シルバさんは驚いた顔をしてモラウさんを見た。そーなんだよね。私とシルバさんは所謂事実婚というやつで、籍を入れたわけではない。イルだって住民登録はしたけど、捨て子にも生体認証は付くので、扱いとしては孤児になってしまう。この世界は、ちゃんと国の認定を受けていない者に驚く程冷たい。誰しもが宙ぶらりんの、公認を受けていない家族の危うさは、言わなくても分かるだろう。この家だって、身分証ないことを黙って借りてるしね。

長い長い沈黙の後、シルバさんは一言、考えさせてくれ、と零した。

それからシルバさんはずっと思案してたみたいだけど、夜になり、イルが寝てしまったところで話があると切り出して来た。二人ちょこんと座って向き直る。そんなに重く考えなくてもいいのにー。どうしても嫌なら無理強いはしないけど。シルバさんにとっても良い機会だと思うんだけどなぁ。

「…お前も、俺がハンター試験を受ければいいと思ってるんだな?」
『はい』
「………ハンター試験は、長ければ二ヶ月も掛かる試験だ。分かっているのか?」
『??はい』
「……お前は、それほど長い間俺と離れていても平気ということだな」

よく分かった、と拗ねたような呟きが落とされた。…へっ?離れても平気?重要なとこ、そこ?流石にそこまで言われれば、シルバさんの意図するところは分かる。ええ〜……つまり、私が長く掛かるような試験の受験を勧めて、全く寂しがる素振りがないから、拗ねちゃってるわけ?…カワ(・∀・)イイ!!…図体はデカいのに、なんて可愛いんだろうこの人は。いやだなぁ、もう。

私はそっと、シルバさんの手を握る。

『平気じゃありませんよ。でも、我慢出来ます。シルバさんの為だと思ってますから』
「俺の為?」
『はい。シルバさんはこの一年、働きながらずっと私達の傍にいてくれました。本当は、航海に付き合ってくれって、船乗りさんに誘われているんですよね?断っていたのは、どうしてですか?』
「……航海に出たら、簡単には帰って来れないだろう」
『でも、モラウさんの船には乗りましたよね?』
「あれはあいつがしつこいからだ」

モラウさんのことを思い出すと、シルバさんは苦虫を噛んだような顔になる。実は、私はすごく驚いたのだ。シルバさんはモラウさんといると口調も砕けるし、年相応の顔をして、軽口の応酬をしたりもする。そこには、私の知らないシルバさんがいた。口では色々言うけれど、きっとモラウさんのことを気に入っているはずだ。でなければ、ゾルディックの名前まで出す筈がない。

そりゃ、モラウさんのことを羨ましいとちょっとだけ思うけど。一番にあったのは、嬉しいという気持ちだった。あの、私以外には決して懐こうとも馴染もうともしない孤高の獣のようなシルバさんでも、あんな顔をするのだと、感動すらした。

『私、シルバさんに友人が出来て、嬉しかったんですよ』
「友人じゃない」
『どうして?あんなに仲が良いじゃないですか』
「あ……、……友人なんて、必要ないからだ」

少し言い淀んで、呑み込まれた言葉が何か、私には分かる気がした。きっと、"暗殺者に友人は必要ない"、そう言おうとしたんだろう。原作のイルミが言っていたように、ゾルディック家は家人から執事に至るまで、友人という存在を否定している。私は、どうして友人が必要ないのか、理解出来ないけれど。でも、少なくとも、もうシルバさんはその家訓に引き摺られる必要はないはずだ。

『友人ですよ。きっと、モラウさんはそう思っています。シルバさんはモラウさんのこと、嫌いですか?』
「…分からん。気の良いヤツだとは思ってる。それだけで友人か?」
『今からこれで友人だ、なんて線引きして交際している人なんて、中々いませんよ』

お互いがお互いを友人だと思っているなら、それでいい。傍から見ても、男同士の友情って感じがして、楽しそうだと感じていた。

「友人が出来ることと、ハンター試験、何か関係があるのか?」
『ありますよ。―――シルバさんの世界が、広がります』

目を瞬くシルバさんに、にっこりと微笑む。彼はもう、ククル―マウンテンの中で完結してしまう箱庭の世界の住人ではない。その外側に、自らの意思で飛び出て来た。だけど、だけど。私にはずっと、後悔していることがある。

―――暗殺者をやめる末に得るものが、私だけだとシルバさんに強く思い込ませてしまったことだ。

あの時は私だっていっぱいいっぱいだったし、まさかシルバさんがゾルディックを捨てるなんて微塵も思わなかったから、あんなことを言ってしまったけど。暗殺者であることしか知らなかったシルバさんは、家を出た後、きっとどうすれば分からなかったから、迷っていた。そして、私の元にやってきたシルバさんにとっての拠り所は、たった一つに定まってしまった。誘導、いや、刷り込みのようなものだ。

暗殺者であることをやめたら何も残らなかったシルバさんは、今度は―――私がいなくなれば、何も残らない人になってしまっただけ。

それのどこが、自由なのだろう。それでいいなんて、私には思えなかった。結局最後は、からっぽの器へと成り果ててしまう。シルバさんの世界には、未だに私とイルミしかいない。そんなの勿体ないし、とても口惜しいことだ。私は、シルバさんの頬に手を当てた。

『行き過ぎた愛情は……愛ではなく、依存と呼ぶんですよ』
「…い、ぞん」

嫉妬という言葉を初めて知ったと言った時のように、シルバさんは鸚鵡返しをした。分からないかな。そうかもね。でも、分かってほしい。依存心なんて、持ってても良いことなんてない。

少なくとも、私はそう思った。だから、シルバさんに縋りたくなくて、貴方がいないと生きられなくなりたくなくて、自立した人間でいたくて、黙って傍を離れた。あの選択が正しかったなんて、言えるわけじゃないけど。シルバさんにも、もっと広く世界を見てほしいと願ってやまない。

『もし…もしですよ、私が死んでしまったとしたら、』
「―――やめろ!!」
『!』
「やめてくれ…例えだとしても、聞きたくない。お前を喪うなんて考えたくない」
『だから駄目だって言ってるんです。そんなんじゃ私、死んでも死に切れません。きっと、化けて出ちゃう』
「それでもいい。触れられなくても…傍にいてくれれば。…置いて逝くくらいなら、一緒に連れて逝ってくれ」
『…嫌ですよ。そんなことしたら、イルはどうなるんです?』
「…お前は、残酷な女だ。どうしてそんなことばかり言う?」

ああ、なんて、憐れで愛しい人だろうか。私は胸が潰れそうに痛んで、縋り付いてくるシルバさんを抱き締めた。シルバさんは、迷子になった子どものような顔をして私を見ていた。そんな目で見るのはずるいよ。私が、極悪人みたいじゃない。とても悪いことをしている気分になる。

『シルバさん、私はね。シルバさんと離れるつもりなんて、これっぽっちもないですよ』
「…」
『一緒にいたいし、一緒にいてほしい。だから…これは、お願いです』

私は、ゴンみたいにはなれない。眩し過ぎる光として、時に強引なくらいに勢いよく、シルバさんを明るい未来へ引っ張って行くなんて出来っこない。だから、シルバさんは自分の足でこっちに来て。狭い世界だけを見ようとしないで、私がいなくても大丈夫なシルバさんになってほしい。自立していても、お互いを求める。一緒にいたいから、一緒にいる。理由なんて、それだけでいいんだ。

『もっと広い、世界を見て来て下さい。…その上で、シルバさんが私とイル以外いらないと言うなら、もう何も言いませんから』

もし、本当にシルバさんが変わらなかったら、私も腹を括ろう。この人が壊れてしまわないように、何が何でもシルバさんより長生きしてみせる。私がいなくなった後に絶望するシルバさんなんて、見たくないもんね。

シルバさんは弱弱しい視線を向けてくる。ついつい絆されそうになるけど、ぐっと我慢する。そして、安心させるように微笑むと、長い沈黙の後に、シルバさんは頷いた。本当に、本当に不本意そうではあったけど。

「…分かった。行ってくる。だが、俺がお前達の傍を離れたくない気持ちは本物だ。だから速攻で終わらせて帰って来る。…それでも、いいんだな?」
『はい』
「なら、いい。……ユキノ、…愛してる』
『私も、愛してしますよ』
「俺がお前を愛してることを、疑ってるわけじゃないよな?」
『はい。ちゃんと分かってます』

もう私は、あなたの言葉を疑ったりしない。愛しているという言葉に、愛していると返すことに何の躊躇いもない。私はシルバさんの温度を確かめるように、ぎゅっと抱き締めた。とくん、とくん、という心臓のリズムが心地良い。

『シルバさん。―――行ってらっしゃい』

ゾルディックの家で、義務的に仕事へ向かうシルバさんに投げた言葉とは違う。万感の思いを込めて、私は囁いた。

行ってらっしゃい。待ってるから…帰って来てね。


前/42/

戻る