暗殺一家によろしく
- ナノ -
花より旦那




むにゃむにゃ…と浅い眠りから覚めた私は、寝ぼけ眼を擦りながらも身体を起こした。あんまり寝た気がしないうえに、身体も怠い。でも、イルのお弁当作らなきゃ。シルバさんの腕枕で寝てたけど、これ腕痺れたりしないんだろうか。しないんだろうな。そんなことを思いながらも身支度を整えていると、背後でもぞもぞ動く気配がした。

「…起きるのか?」
『はい。お弁当作るので…シルバさん、寝てていいですよ』
「ん。お前も、朝の支度が終わったら休んでいればいい。…無理をさせたか?」
『…大丈夫です』

顔が赤くなるのを感じながらも、そう答える。大丈夫だ。シルバさんも承知だろうけど、今日、私お休みだし。うん。私は、ちゅっとシルバさんと寝ているイルにキスをして、台所へと向かった。


チャオチャオ!ご挨拶が遅れました、ユキノですっ!…え?昨夜はお楽しみでしたね?………にゃ、にゃんのことだか、ユキノちゃん分かんないなァーとすっとぼけ。おっほんえっほん!何だね、何か文句があるのかね。別に文句言われるようなことはしてないよ。してないよ。もういいじゃん。顔あっちー。

今日お話したいのはですね、お祝いのことなんですよ。誰のお祝いって、シルバさんのね、誕生日がもうすぐなんだよ。そのお祝い。こないだ私達の愛しの息子大天使イルタンが誕生日を迎えて、毎年恒例になってるレストランでの誕生日パーティが開催された。主催者はジルダさん。あの人は本当にイルにメロメロで、ケーキなんてまだ食べられない赤ちゃんの頃も離乳食風赤ちゃん用ケーキを作ってくれたりしている。

その時、シルバさんが「こんな風に祝われるのは良いものだな」って言ってたの。んで、よくよく聞いたら、シルバさん誕生日パーティの経験、ないんだって。確かにその日の食事は豪勢になるし、ゼノさんもお祝いはくれるんだけど、なんていうかな…庶民のお祝い?って言ったら変かな。ケーキにローソク立ててふーっと消してみたりとか、そういうの?家族や友人との距離が近いお祝いを目にするのも初めてで、新鮮だって言われてしまったのだ。

…そーんなこと言われたらさァ、庶民を代表して私がシルバさんを盛大に祝ってあげなきゃーってなるじゃん?カワイソーになっちゃって。ってことで、今着々とお祝いの準備を計画中なのです。あ、ちなみにシルバさんの誕生日は4月8日です。シ(4)ルバ(8)だね。分かりやすいでしょ?

取りあえずだけど、ケーキを作ってあげたいんだよね。シルバさんは仕事に行っちゃったので、イルと一緒にケーキ作りです。お父さんには内緒でケーキを作ると言ったら、イルもーって聞かないんだ。まあ、いっか。一緒に作ったって言ったらきっとシルバさん喜ぶだろうし。

早速台所に材料を並べる。すると、イルがもぞもぞと椅子に立って机の上を眺めた。

「おかーしゃん、なんでちょこがあるのぉ?」
『今日はチョコケーキにするからよ』

シルバさん、あんまり甘いもの得意じゃないんだよね。食べるには食べるけど。だから、今日作るケーキは甘さ控え目ビターチョコレートを使ったケーキ。そう言うと、イルはぷうっと頬を膨らませた。やん、可愛いっ。どしたの、つんつんしたくなっちゃう。

「イル、クリームのケーキがいい」
『だーめ。今日はシルバさんのお誕生日なんだから』

そっか、イルは甘いもの好きだもんね。ケーキの中ではショートケーキがお気に入り。だから、チョコケーキは不満なわけだ。私はくすりと笑って、拗ねる息子の頬をちょんと突いた。すると、ぷすうーと抜ける空気。風船みたい。

『イイ子にしてたら、またショートケーキ作ってあげるから。ね?』
「むう〜」
『お父さんを喜ばせてあげたくないの?』
「……あげたいの」
『じゃあ頑張る?』
「………がんばるの」

シルバさあーーーーん!!シルバさん!!あなたの息子が天使ですよーーーーーーっ!私は心の中で絶叫した。なんて健気!なんていじらしいの!きゅんきゅんし過ぎて呼吸困難になりつつも、ケーキ作りを始める。

イルには、クリームを混ぜる作業をやってもらった。これはずーっと混ぜ続けなきゃいけないからイルに完成させられるはずもないんだけど、流石に四歳の子に包丁や火を使わせるわけにはいかないからね。一生懸命小さい手を使ってかしゃかしゃクリームを混ぜる姿が可愛い。顔や手にクリームが飛び散ってしまっているのも可愛い。撮影技術が既に熟練の域に達している私に死角はない。かしゃかしゃかしゃと連写する。…うん、これ現像してシルバさんにもあげよう。

『イル、顔にクリームいっぱい』
「んんー。とってェ」
『はい』
「…あまァい」

ちょい、とほっぺについているクリームを取って、イルの口に入れてあげると、ほにゃあと顔が緩んだ。かしゃっ。シャッターが閃いた。自分のシャッターチャンス察知能力がヤバイ。

何やかんやありつつもスポンジケーキを作り終えたので、オーブンに入れて焼き、チョコを塗ったら完成だ。その間に私は料理を作り始めるけども、イルはオーブンの前にずーっとへばりついている。見てなくてもいいのよ?と言ってもイルがおとーしゃんのケーキみててあげるの、の一点張り。どうしてこの子こんなに可愛いのかなァ…神様ってどういう気持ちでこの子作ったの?可愛いを限界突破まで詰め込んだとしか思えない。

そうしてケーキと料理が完成して、後はシルバさんの帰宅を待つばかり!クラッカーを手に、わくわくしながらイルと玄関でスタンバる。玄関ががちゃりと開く音がした瞬間、紐を引いたクラッカーがぱああーん!と大きな音をさせた。テープを物の見事に被ったシルバさんが、ドアを開けたままの恰好でぽかんとしている。

『シルバさん』
「おとーしゃん」
『せーのっ』
『「おたんじょうび、おめでとーーーー!!!」』

やった、上手に言えたね、イル!!事前に練習した通り、綺麗にハモったままお祝いの言葉を口に出来た息子を撫でて褒める。改めてシルバさんを見ると、彼は未だに固まっていた。…あれ?なんか外した?

『シルバさん?』
「……敵襲かと思った」

何それ?なんだ、それでびっくりしてるの。クラッカー知らないのかな?きょとんとした顔も可愛くて、くすくす笑ってしまう。シルバさんは頭に乗っかったテープを取りつつ、首を傾げている。

「…誕生日?」
『そうですよ。今日は4月8日です。忘れちゃいました?』
「……ああ、いや。そういえばそうだな」
「おとーしゃん、はやくおうち入ってェ。こっち来てェ」
「ん?どうした?」
「いーからはやくぅ」

イルはシルバさんにケーキが見せたくて堪らないらしい。戸惑うシルバさんの手をぐいぐい引っ張り、リビングの方へと連れて行く。そして、テーブルの上に並べられたケーキと料理の数々を、じゃーんと大袈裟な身振りで披露してみせた。あ、安心してください。撮影済みです。シルバさんはその様子を見て、ようやく誕生日を祝われているという実感が湧いて来たようだ。笑みを見せて、ケーキはイルが作ったの!と得意げなイルの頭を撫でる。すごいな、美味しそうだ、と嬉しそうにしながら笑ってる。…あー、また今日も推しが可愛過ぎて世界が平和…。合掌。

『さァ、座って下さい。シルバさん』
「ああ」

まだ若干戸惑っているシルバさんを席に着かせて、その隣にイルを座らせる。私はライターでローソクに火をつけた。そのまま電気をぱちりと消すと、暗闇の中に薄ぼんやりとした橙色の光が浮かび上がった。シルバさんは27歳になったわけだけど、流石に27本もローソクは立てられないので、7本で勘弁してもらった。一の位だね。

『イル、歌える?』

私が手拍子をして、イルが拙いながらも懸命にハッピーバースデーの歌を歌う。可愛いよぉ…動画を撮っておけば良かった。私も一緒に歌えよって感じかもしれないけど、イルの子の天使のような歌声を穢すのも忍びないし、てか出来るだけ聞いていたいしということで、独唱にしてもらった。

ああ、心が浄化されていくようだ…。はっぴーばーすでーでぃあおとうしゃーん♪というところで私の心のダムは決壊した。号泣ものです(心の中で)主役のシルバさんと完奏したイルに拍手を送って、わくわくとシルバさんを見る。

『シルバさん、ローソクの火、消して下さい』
「ふーってするんだよ、おとうしゃん」
「…こうか?」

戸惑いながらもシルバさんが息を吹くと、その肺活量のせいで火は消えたけど、ローソクも一緒にぽてりと倒れた。ありゃりゃ…凄いな。苦笑しつつ、電気を付ける。イルはおとーしゃんおめでとぉと微笑んだ。

「ケーキ食べるー」
『あら駄目よ。先にご飯食べなくきゃ』
「やだァーケーキがいいのー」
『お腹いっぱいになっちゃうでしょ』
「やーだー」
『…イル?』
「……うー」

ちょっと低い声を出すと、ぶううと頬を膨らませつつもイルは大人しくなった。なんか最近我儘っていうか、駄々っ子みたいになってきたんだよね。いやいや期かなァ。私もイルには甘いけど、躾はちゃんとしてるつもりだけど、シルバさんはほんっとーにでろでろに甘いからなァ。二人で散歩に行ったらいつもお菓子買ってあげてるし。それで何でも我儘を聞いてもらえると思っている節がある。

ううむ…一度シルバさんとじっくり話し合うべきかな。この子の美貌を以てすれば、一流のヒモ(何だ一流のヒモって)になるのなんて容易いだろうし、きっと売れっ子ホストにだってなれてしまう。今のうちに倫理観というものをきちんと教え込まないと…。

「ユキノ?食べないのか?」
『あ、食べます』

い、いけないいけない…今日はシルバさんの誕生日!文句を言うのも相談するのも後回しだ。二人に料理をよそってあげると、舌鼓を打って絶賛してくれた。これは腕によりをかけた甲斐があるというものだ。ご飯を食べ終わると私は既にお腹いっぱいだったけど、シルバさんとイルは全然平気そうだ。健啖家だよね。でも、私もケーキは別腹だから、一欠片くらいなら食べられるよ。

切り分けたケーキをぱくりと一口。ううーん、程良い甘さが丁度いい!私ってば天才!あと、イルの可愛いパワーも注入されてて美味しさ倍増!やっぱり料理は愛情だね!

「おとーしゃん、おいしい?」
「ああ、今まで食べたケーキの中で一番美味い」
「えへへ〜」

そして目の前に広がる天国。猫科猛獣系美形と黒猫風美幼児が微笑み合う姿は永久保存版である。でも食事中の写真を撮るのはお行儀が悪いので、血の涙を流しつつも我慢する。代わりに心のシャッターを切っておいた。かしゃかしゃ。ああ、イルの頬にまたクリームが…ええっ?!シルバさん、それ手で取って舐めちゃうの?!赤い舌が色っぽい!ぎゃーす!!溢れ出るフェロモン!!!!

はあはあ…ふう、堪能しました。色んな意味で。ご飯とケーキ以外に萌えを補給出来て大満足の私は、後片付けを手早く済ませる。そして、シルバさんとお風呂に入った後、すぐにうとうとし始めたイルを寝かしつけるため、布団に並んで寝てお腹を優しく叩いてやった。すると、すぐにすーすーと可愛らしい寝息が聞こえて来た。あーん、寝顔も天使!ちゅっとほっぺにキスをしたところで、お風呂から上がったシルバさんも寝室に入って来た。

「イルミは寝たのか」
『はい。今日はケーキ作り頑張ってくれましたから、疲れちゃったみたいですね』

シルバさんも布団の上に座って、二人揃ってイルを眺める。結構これ、毎夜の恒例行事みたいになってきてるんだよねェ。我が子の成長を喜びつつ、その寝顔を見守る。たまに今まで撮った写真を見せて、この時のイルはこうだった、と語ったりもする。シルバさんは今まで見られなかった赤ちゃんの頃のイルの話を楽しそうに聞いてくれるので、私もついつい話し過ぎてしまう。

「ユキノ」
『はい?』
「ありがとう。…俺が以前言ったこと、覚えていてくれたんだろう?」
『…はい』

うん、まあ、はい。その通りです。だってシルバさんがさー、あんなこと言うんだもんね。誕生日パーティって子どもっぽいかもとは思ったけど、やってあげたかったんだ。そう言うと、シルバさんはぎゅっと腕を広げて私を抱き締めて来た。うっひゃあー、相変わらず愛情表現がストレートだァ。

「礼…と言っては何だが、受け取ってほしいものがある」
『はい?』
「手を出してくれ」

言われた通りに右手を差し出すと、そっちじゃない、と左手を取られる。そして、するりと何かが薬指に通された。

―――部屋の明かりを反射して煌めく、美しい銀の輪。

え、と私は固まった。もしかしなくてもこれ、指輪…だよね?しかも、左手の薬指って。混乱と困惑でがちがちになりながらもシルバさんを見ると、照れ臭そうに安物で悪いが、と微笑まれた。ちょ、ちょっと待って?今日シルバさんの誕生日だよね?何で私がプレゼント貰ってるの?おかしくない?

『シルバさん……これ…、』
「遅くなったが…、結婚指輪だ」

けっこん…ゆびわ。ぼうっとしながら目の前に左手を掲げて眺める。シルバさんは安物とか言うけど、これ相当高いぞ。ええええ…。い、いや、嬉しくないわけじゃ、ないけどさ。気まずい…私プレゼントは用意してないのだ。ケーキがプレゼントのつもりだったから。しくったなァ…ちゃんと用意しておけば良かった。でもシルバさん物欲薄すぎて、欲しいものとか聞いても「お前とイルミがいればいい」って真顔で言うからさ…。

困ったような顔をすると、シルバさんも困ったような顔になった。

「……嫌だったか?」
『い、いえ…でも、シルバさんの誕生日なのに』
「元々渡したいと思って用意していたものだ。…これを付けてくれるのが俺への誕生日プレゼントだと思ってくれればいい」

うー、それってプレゼントって言っていいのかなァ。戸惑うけど、嬉しいのは確かだ。きゃーと叫び出したいくらいには嬉しい。だってだってさァ!左手の薬指に指輪だよ、指輪!女の子の憧れって感じがするじゃん?じゃん?薄い青色の宝石は…何だろ、アクアマリンとかかな?宝石に詳しくない私にはよく分からないけれど、結婚指輪らしくシンプルで、小さな宝石が付いているのが可愛らしい。

『ありがとうございます…嬉しいです』

えへへ〜、と微笑むと、シルバさんは真面目な顔をして、私の左手を取り、手の甲へ優しく口付けた。ふぁっ?!

「…これでお前が…俺のものだと、誰が見ても分かるようになった」
『シルバさん』
「俺は、それだけで嬉しい」

こ、この人は…。し、知ってたけど!知ってたけど、クールな顔して独占欲丸出しだなァ。私のこと好き過ぎるやろ。でも、それだけでは問題があるのだ。

『…シルバさんの分は、ないんですか?』
「一応、あるが」
『貸して下さい』

シルバさんから指輪を受け取って、私もシルバさんの左手を取る。そして、薬指へと指輪を差し入れた。うん、満足。

「ユキノ?」
『…シルバさんだって、私のものでしょう?』

この究極のモテ男さんを捕まえておくには、指輪一つでは足りない気がするけど。私だって嫉妬するし、独占欲もある。シルバさんのこと、誰にもあげたくない。

しーんと反応がないことに、あれ、引かれてる?と慌ててシルバさんを見る。そして、見たことを後悔した。綺麗な灰青色の瞳が肉食獣みたいな獰猛な光を宿して光っている。ちょ、これは……、なんかのスイッチ、押しちゃったっぽい?考える間もなく体が反転して、私はぎゃああーーとシルバさんの身体を押し返した。すとっぷ、すとっぷぅううううーーーー!!!

『シルバさん、駄目です!イ、イルが、起きちゃいますから!』
「…お前が声を出さなかったら問題ないと思うが」
『シルバさん!』

無茶言うな!!夫婦仲が悪いよりはいいと思うけど、私はイルと同じ寝室でこ、こーいうことをするつもりはない。だからいっつも配慮して、終われば寝室に戻って来るけど…って何言わせるんだ!!どーして夫婦の夜の事情まで説明しなきゃならんのだ。恥ずか死ぬ。必死の抗議が伝わったのか、シルバさんがはぁあああああぁ、と煮え滾る欲望を濃縮したような溜め息を吐いた。そして。

『ん、』
「…キスするのに、もう許可はいらないと言ったのはお前だな?」

自分の言葉に責任を持て、と言われて、私は乱暴に重ねられた唇を受け入れる。絶対キスだけで終わらないと思うんですけど…!

そう思いながらも、次第に翻弄されて、ただただシルバさんの服の裾を握ることしか出来なくなってしまうのだった。


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