暗殺一家によろしく
- ナノ -
100年経っても好きでいるよ




ボナ・セーラ!と、イタリア語でこんばんはと言いたいんだけど、今回ばかりはそれどころじゃないので割愛させてください。ユキノです。前口上が大事なのは重々承知だけどもね。

再会したシルバさんは、私をぎゅうぎゅうに抱き締めてくる。最初は状況に頭が追いついていなかったし、感動やら驚きやらでそのまま受け入れていたけど、一応公衆の面前です。体格差があるせいで、ほとんど覆い被さられてる感じなんだけど、周りとイルの視線が痛い。あと、苦しい。背骨折れそう。しかもシルバさん、びしょ濡れじゃないですか?苦しいよ〜、離してよ〜アピールでぽふぽふ背中を叩くと、ようやく解放された。ぷはぁ…圧死するかと思った。

改めて見ると、シルバさん、体格良くなったねェ…ビルドアップしている。原作のシルバさんに近付いたって感じ?今…二十代後半だっけ?彫りが深くなって、ダンディさが増している。髪が…えーと、キルアくらい?短いのもあって野性味も加わっているというか…正直、めちゃくちゃ恰好良いです、はい。色香…色香がヤバイです。色気じゃない。色香。今からこんなんでどうするの…フェロモン駄々洩れてませんか?しまって、それ。

『髪…切ったんですね』
「あぁ。……お前が長い方が好きなら、また伸ばす」

い、いえ…どっちでも良いです、はい。短髪はワイルドで、長髪はダンディ。どっちが好きなの?と言われても私には選べません。……ま、待て!!メロリンしてる場合じゃないよ、私!はっと我に返って、傍らの愛しい息子に目をやる。完全に蚊帳の外にしていた。ごめんねイル!!

「おかーしゃん、この人、だあれ?」
『…この人は…』

イルは、不思議そうにこちらを見つめている。そりゃそうだ。母親がいきなり現れた男性と抱き合ってたらそうなる。えーと、でも、なんて言おうかな。

「ユキノ。…この子は、俺の子、だよな?」
『……はい』

当たり前だ。シルバさん以外の子どもを作る余裕がゾルディックにいた時も出た後も私にあるわけない。自慢ではないが、一途な女なのだ、私は。

「名前は?」
「…イルミ」
「そうか。俺はシルバという。……お前の……、父親だ」
「……おとうしゃん?」
「三年も放っておいて、何を今更と思うかもしれん。俺にそんな資格があるかも分からん。…だが、もしお前が許してくれるなら…お前の父親として、一緒にいさせてくれないか?」

私の答えを聞いたシルバさんは、幼いイルミの目線に合わせるように屈み込み、優しく語り掛けた。あまり難しい言葉を使うと分からないと思うけど、イルミを子どもと侮ることなく接している様子が、シルバさんの真っ直ぐな性格を表している。そんなところも、好きだなぁと思ってしまう。…い、いや!惚けている場合ではない。やっぱり私は母親なので、イルミの気持ちが一番大事!一度頷いておいて申し訳ないけど、イルがもし嫌だと言えば、シルバさんを受け入れるわけにはいかない。

イルは、父親だと言われたことに驚いたのか、猫のような大きい目をぱちぱちさせた。え、かっわ…。天使かな?天使だったわ。うーんと少し考えるような素振りを見せて、私の様子も窺ってくる。あ〜ん、可愛いVv ぎゅってしたい!ちゅっちゅってしたい!!だが自重。真面目な話の最中だ。

「………イルの、おとーしゃんになるの?」
「なりたいと思っている」
「……おかーしゃんのこと、すき?」
「愛している」

ちょっ、シルバさん?!何言ってるのかな?!ド直球な言葉に、勝手に頬が熱を持つ。やめて、照れちゃうから!!

「あいしてるってなーに?」
「好きよりも、もっともっと好きってことだ」
「…おかーしゃんのこと、うーんと、だいじにしてくれる?」
「ああ、もちろんだ。お前のことも大事にしたい。…させてくれるか?」
「うん、いいよ!じゃあ、おとーしゃんもかぞくね!」

にこっとイルが笑うと、シルバさんも嬉しそうに微笑んで、ありがとうと言いながらイルを抱き締めた。なにこれ………尊い……仰げば尊死……。これぞまさしくえんだーーーーーいあーーーーーーーだよね。ここに教会を建てよう。むしろ教会が来い。駄目だ頭が混乱してきた……私の推し二人が尊過ぎて生きるのが楽しい…。私は気を抜くと叫んでしまいそうだったので、ぐっと手で口元を押さえた。美形と美幼児が抱き合っているなんてこの世の楽園じゃん。

ずっとこの光景を見ていたい衝動に駆られるけれど、そういうわけにもいかない。シルバさん、濡れてるし。抱き締められたせいで私もイルも濡れちゃった。風邪を引いてはいけないので、シルバさんと、抱っこされたイルを一緒に家へと招く。

私とイルの家は、この界隈でいえば割と新しいアパートの一室だ。ダイニングと、洋室がそれぞれ二つ。2DKって感じ?一つの洋室がリビングで、もう一つが寝室。二人で住むには十分過ぎる大きさだ。中に入ると、シルバさんは物珍しそうに内装を見回した。狭いよね、多分。シルバさんお坊ちゃんだもん。この部屋はシルバさんの自室と同じくらいかもしれない。

「おとーしゃん、イルのおもちゃ、みせてあげる」
「そうか。ありがとう」
『イル、駄目よ。遊ぶのは後で。…シルバさん、イルのこと、お風呂に入れてあげてくれます?』
「…俺がか?」

シルバさんは、ちょっとだけ緊張したような様子だった。大丈夫だよ、赤ちゃんじゃないんだから。イルはもう自分で自分の髪も洗えます。でも溺れちゃいけないから一緒に入るの。そう言って、お風呂場へと押し込むと、分かった、と重々しく頷かれた。…だから、そんなに緊張しなくてもいいのに。

心配になって暫く中の音に聞き耳を立てていると、あひるしゃーん、そうか、あひるさんか、という会話が聞こえて来た。…うっ。可愛い…。イルもシルバさんも可愛過ぎる。私は心臓を押さえて座り込んだが、自分を叱咤して立ち上がった。…どうしよ、シルバさんの着替えないよ…。

うーん、と悩んだ末、私は貰い物で全く使い道のなかったバスローブを取りあえず着て貰うことにした。んで、シルバさんの服は乾かしておこう。乾いたら、服買いに行かなきゃ。着の身着のままって感じなので、絶対荷物はないんだろうから。イルはもう寝間着でいいかな。

私は頃合いを見計らって、こんこんとノックをして浴室のドアを開く。すると、二人は仲良く湯船に浸かっていた。う、心の準備をしていても、すっごいイイ筋肉のついたシルバさんの上半身を見るのはこう…心臓に悪い。

『イル、先に上がろうか』
「ん〜」
『シルバさんは、ゆっくり浸かっていて下さい。長旅で疲れたでしょう?』
「ん、あァ…」

イルミを受け取って、浴室から出る。身体を拭いてやって、寝間着を着せてから、ドライヤーで髪を乾かしてやる。イルは私の膝の間に座って、大人しくしている。そのうちうとうとと船を漕ぎ始めた。ありゃりゃ。今日は遊びに行ったし、いきなりお父さんも出来たしで、疲れちゃったのかな?

「…ユキノ。俺はこれを着ればよかったのか?」
『はい。…ああ、ごめんなさい。やっぱり小さかったですね』

髪の毛をガシガシと乱暴に拭きながら出て来たシルバさんに、やっぱりあのバスローブでは小さかったらしい。寸足らずで、袖は七分丈程度しかない。シルバさんは黙ったまま、私の横に腰を下ろす。そして、私に凭れ掛かって眠ってしまったイルミの頬をちょんと突いた。分かるぅ。つんつんしたくなるよね。もちもちで可愛いの。

「……三つになったのか」
『…はい』
「そうか…。…一人で育てるのは、大変だっただろう」
『はい。…いいえ?』
「何だそれは」
『周りの人が色々と手助けしてくれましたし…イルミは、手の掛からない良い子でしたから』

シルバさんが目を細めてイルを見る。うーん、私は恵まれてたと思うよ。人の運は良い方だ。そのお蔭でここまで育てられたし。

「…すまん」
『シルバさんが謝ることじゃないですよ。…私こそ、黙って出て行って、ごめんなさい』
「いや、いい。お前とイルミには悪いが…俺には、時間が必要だった。決心がつくまで、こんなにも掛かってしまったが…」
『……本当に、暗殺者をやめたんですか?』

疑っているわけではないが、やはりまだ実感がない。私だって本当は同じだ。暗殺者じゃないシルバさんが想像出来なかった。でも、今のシルバさんは憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしている。

「ああ。もうゾルディックには戻らない」
『…私の為に?』
「俺の為でもある。…お前の傍に、居たいと思った。その為に、暗殺者という仕事は枷になる。…だから、捨てた」

いいのかな、と思う。自分がお願いしたことなのに、いざ実現すると戸惑うなんて我儘だ。でも、シルバさんが危険な仕事や、過酷な訓練をしなくなることが嬉しい。私のことを、選んでくれて嬉しいと、そう思ってしまう。浅ましい女だ、私は。自嘲しながら、シルバさんに微笑む。

『…明日は、シルバさんの服を買いに行きましょう』
「ん?」
『着替えも必要ですし…あ、そうだ。歯ブラシとか…食器も二人分しかないんです』

そもそも布団も大人用は私のしかないし。うちに誰かが泊まりに来ることなんてないから、お客様用のものもない。歯ブラシは予備があるからいいけど。これからのことを考えると、何でも三人分になるのだ。そう思うと、入用のものが増えてくるなぁ。うーんと、指折り考える私を前に、シルバさんは何だかきょとんとしていた。何その顔?

『?どうかしましたか?』
「いや…俺は、ここに住んでもいいのか?」

何言ってんの?当たり前じゃん。逆にどこに住むつもりだったの。

『他に行くところが?』
「いや、ないが…」
『では、ここに住むでしょう?家族なんですから』
「…家族」
『はい、家族です』
「―――俺とお前が夫婦で、イルミが子どもってことで、いいのか?」

うっ。やめてその言い方!わざわざ確かめることないじゃん!!恥ずかしいから!そーだよ、父親に母親に息子!!ってことは夫婦ってこと!それが家族!シルバニア・ファミリーと名付けた。あれっ、ちょっと上手くね?照れを誤魔化すように、脳内でそんなことを考える。別にプロポーズのつもりじゃないんだからね!勘違いしないでよね!

照れつつも、はい、と頷くと、シルバさんは感極まったように、また私を抱き締めて来た。ちょおっ!イルが、イルが潰れちゃうから!私はイルが挟まれないように体勢を変えつつ、シルバさんの腕に手を回した。もう、しょうがないなぁ。しょうがないけど…うん。幸せ、かも。

次の日。私達三人は、街に繰り出してシルバさんに必要なものを買って歩いた。お金の心配をされたけど、それは大丈夫。稼いでるし、あれがあるよあれ。手切れ金(笑)って言ったらゼノさんが怒られそうだったので、黙っておく。

そしてその足で、レストランへと向かった。二日連続になるけど、一番お世話になった二人には早く紹介しておきたいと思った。それが礼儀ってものだ。いらっしゃいませ、と声を掛けてくれたジルダさんは、シルバさんのことを見て首を傾げた。私はかくかくしかじかまるまるうしうしで事情を説明する。簡潔にね。イルミの父親がやってきたこと、これからは一緒に住むこと。まァ、そんな感じ。

話を黙って聞いてくれていたジルダさんは、すっと顔を上げると、シルバさんの前へと歩み寄った。そして。ぱぁん!!と高い音が店に響いた。

ぎゃーーーーーーーーーーっ?!!?!楳図かずおの漫画みたいな顔になって、私は(心の中で)叫んだ。叩いたぁ!!ジルダさんがシルバさんを叩いた!!何してるんですかぁ〜〜〜?!?!そ、そ、その人、も、元とはいえ泣く子も黙る暗殺王なんですけど?!?!シルバさんは頬を張られたままの恰好で、静かにジルダさんを見た。殺っちゃだめだよ?!

「あなた、ユキノちゃんがどれだけ苦労してたか分かる?!こんな若いのに、一人で子どもを育てるのがどれだけ大変か!!」
「……返す言葉もない」

やめて下さい!私のために争わないで!!

「いつだって女は振り回されてばかりだわ!飽きたら捨てられる、おもちゃじゃないのよ!」
「……言う通りだ」
「…落ち着け、ジルダ。…彼にも、彼の事情がある。お前も分かっているだろう」

シャベッタアアアアアアアアアアア!!!!また旦那さんが喋った!今度は長文だ!!三年ぶりくらいに聞いたぞ、声!でもエラルドさんに宥められて、ジルダさんは落ち着きを取り戻してくれたようだ。私の為に怒ってくれてありがとうございます!でもいいんです!心臓に悪いのでやめて!

「……ユキノちゃん達と、一緒に暮らすのね?」
「ああ」
「お家ことは、いいの?」
「いいんだ。もう、いい」
「そう。…叩いてしまって、ごめんなさい。でも私は、あの子達のことが心配なのよ。…護ってくれるのよね?二人を」
「―――必ず。命に代えてでも」

あ、無理……尊死する。シルバさん恰好良い…。ジルダさんの優しさも尊い…。あ、そっか。シルバさん、名家の若様だと思われてたんだもんね。解釈的には、私達と一緒に暮らすってことは、家と身分を捨てるってことだから、その心意気をジルダさんが認めたって感じなのかな。…い、いや、間違ってはないけど。奇跡的に二人の会話が噛み合っているというか、なんというか。

ぽけーっと様子を見ていたイルミが、とことことジルダさんの元に歩み寄って、ぐいぐいとエプロンを掴むと、おとーしゃんを苛めちゃだめ!と叫んだ。天使やんけ。ごめんね、とイルに謝りつつ、ジルダさんがこちらに寄ってくる。そして、私にもごめんなさいね、と謝ってくれた。いえ、謝られることはないです。私の為なんだから。

「良かったわね、ユキノちゃん」
『…はい。ご心配お掛けしました』

微笑まれて、私も笑顔を返す。エラルドさんに差し出されたタオルを頬に当てているシルバさんが、ジルダさんに敵意を見せず、真摯に応えてくれたのも嬉しかった。じっとその横顔を見つめていると、ジルダさんがこそっと耳打ちしてきた。

「さっきは咄嗟のことで驚いちゃったけれど…よくよく見ると、物凄い美形ね、彼」
『え…ああ、まァ…』
「イル君のお父さんだから、恰好良いんだろうと思ってたけど、想像以上だったわ。ユキノちゃん、ちゃんと捕まえておかなきゃ駄目よ?」

まあ、その心配はなさそうだけどね、と笑われて、かあと頬が染まった。店を出て、私はシルバさんの顔をじっと見つめる。何だ?と首を傾げられるけど、じいーーーっと凝視する。そりゃさぁ…分かってなかったわけじゃないよ?シルバさんがめちゃくちゃ美形だってことは分かってたつもりなんだけど…改めてジルダさんに言われると、他の人から見ても恰好良いんだなって思ってしまった。

今は暗殺者をやめたからか、以前のような険が取れて、優し気になった気がする。それでいてワイルド系イケメンなんて、世の女の人が放っておくわけがない。現に道行く途中で、女の人が足を止めてシルバさんを見ている。あー、服を買う時も店員さん目がハートだったよなぁ。お似合いですぅ!って何着ても言ってたし…。

こんな人が私の旦那さんになるのか…、月とすっぽんどころの話じゃないな。よく私なんかを好きでいてくれたものだ。

「おかーしゃん、手はぁ?」
『あ、ごめんねイル。繋ごうか』

はっと我に返る。そうです、お外を歩く時は手を繋ぐのが我が家ルール。私と左手を繋いでから、イルはシルバさんにも右手を差し出した。きょとんとするシルバさん。

「おとーしゃん?」
『繋いであげて下さい』
「…こう、か?」

戸惑いながら、イルと手を繋いだシルバさんに、イルは満足そうに笑った。そのまま、高ーい、と言いながら私達の手に寄り掛かってぷらぷらする。その様子を眺めていた私達は、ふと視線を合わせて、同時に噴き出した。もう、イルってば可愛いんだから。

『帰りましょう、シルバさん』
「…あぁ。帰ろう」

まだまだ夫婦としても、家族としても若葉マークの私達だけど。シルバさんはこれから、既婚者だって分かってもモテるんだろうけど。うん、私、負けないぞお!頑張ってマウント取るからね!泥棒猫に盗られちゃわないように、精一杯戦う!

―――だから、これからもよろしくね。お父さん?



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