暗殺一家によろしく
- ナノ -
パドキアで朝食を





お城のような大きなお家に、広い庭、優しい旦那様に可愛い子ども達と愛らしいペットに囲まれた暮らし。女の子が夢見る、理想的な結婚生活だろう。実際、私の生活はそれを体現していると思う。ベッドは天蓋付きで、キングサイズよりももっと巨大だし、事あるごとにプレゼントをくれる旦那様のお蔭で部屋三つは埋まるくらい衣装持ちだし、拳大の宝石だって山ほど持っている。これだけ聞けば、何処の石油王と結婚したの?と言われること請け合いだ。

結婚したさ、したともさ。王は王でも―――暗殺王だけどねっ!!

うわあぁあぁ、どうしてこんなことになっちゃったんだろーなー。執事に「奥様、紅茶のお替りはいかがですか?」と言われて「ありがとう。頂くわ」と澄まして答えながら必死に考えるが、答えは見つからない。ううっ、美味しいよおダージリン。高級ホテルの朝食並に豪勢な朝ご飯を食べて、一息吐く。え?執事?と思うかもしれないが、そうなのである。私の嫁入り先には執事がいます。めーめー鳴く方じゃないよ。悪魔で黒い彼がしてたやつ。

別に不満があるわけではない。感覚が何年経っても庶民の私は今でも慣れないのだが、相当贅沢な暮らしをしていると思う。誰もが憧れるだろう。けど、前述した通り、私の旦那様は石油王ではなく暗殺王なのだ。とてもデンジャラスでバイオレンスでワイルドなのだ。最後のはちょっと惚気だ。お城のような、というか家はガチで城だし、広い庭ってか標高云千メートル山とその麓一帯が庭だし、愛らしいというか…見上げる程のでっかいワンコ(もう犬ってレベルじゃない)がペットだし!とにかく普通じゃないのだ。心臓に悪い。

ここまでで私が誰なのか分かった人は、マニアだろう。いや、案外分かりやすかったかな?さて、最大のヒントをあげようか。私の嫁ぎ先のファミリーネームは、ゾルディック。息子は五人で、ペットの名前はミケ。もう分かっただろう。そう、休載が多くとも爆発的人気を誇るジャンプの漫画、一人の少年が父を探す為三千里…じゃなかった、ハンターを志す物語の主人公の親友、キルア=ゾルディック。

人気投票の堂々一位に輝くあの銀髪猫目のショタボーイの母親が、私ことユキノ=ゾルディックなのである。…うーん、やっぱり何年経ってもこのフルネームに慣れない。多分一生慣れないと思う。

ある日突然見知らぬ場所に放り出されてしまった私は、それからまぁ波乱に満ちた中で生きて来た。平凡な人生を送って来た筈なのに、どうしてこんなことにと思った。まさかネットで見ていたトリップを自分がしてしまうなんて考えもしなかった。それからシルバさんと結婚するまでは、紆余曲折というか、色々あったのだけれど。まあ、そっちは追々語るとしよう。今は、私の家族のことだ。

原作でキルアのお母さんといえば、みんなご存じスコープをつけた声の高い、フランス革命みたいな服を着た女性を想像するだろう。そして、その溺愛っぷりからキルアに蛇蝎の如く嫌われているという。…泣くわ。私だったら泣くわ。キル君に嫌われたりしたらもう生きてけないよ。五人息子を産んだけれど、私は等しくどの子も大好きである。

「母さんっ!!」
「あっ、キル兄様ずるいっ!」

家を出て庭を歩いていると、とんっ、と腰の辺りに軽い衝撃。振り返ってみれば、きらきらと光りを反射して輝く銀髪が見えた。ゾルディックの粋を集めたように才能に溢れていると噂の三男、キルアである。後ろをぱたぱたと走って追いかけて来たのは五男のカルト。女の子みたいな着物を着ているが、男である。

「キル、カル。…修行は終わったの?」
「ん。今日の分は終わった。マジダリィ」
「そう。じゃあ、一緒におやつにしましょう?」
「!…ほんとに!?」
「ええ」
「やったぁ、母様と一緒!」
「やっ……ふ、ふん。しょーがねェなぁ〜」

ぐうかわ。一緒におやつを食べようと誘って素直に喜ぶカルトちゃん天使。一瞬喜ぼうとしてからの思春期特有のツンデレを発動させるキル君控えめに言って大天使。何なの、この子たち!私を萌え殺す気なの?!あ〜、うちの子可愛すぎでしょっ!!元の世界で鉄面皮と言われていた私も、この愛らしさにはついつい頬が緩む。すると、木々の向こうからサラサラの髪を揺らして歩いてくる青年の姿。おおっ、今日も美人だなぁ、イルミンは。誰に似たのか。…少なくとも私じゃないな。

「げっ。イル兄」
「げ、じゃないよキル。カルも、汚れた恰好で何母さんにくっついてんの?」
「大丈夫、私は気にしないわ」
「オレが気にするし。…ほら、離れなよ」

確かに修行した後で二人はちょっと薄汚れている。きっと今日はイルミンが指導していたんだろう。でも、やめてくれ!汚れなんて気にしない!天使と戯れるという私の楽しみを奪わないでくれ!引き剥がそうとするイルミンの手を器用に避ける二人の頭をなでなでしてあげる。すると、何故かむっとした顔をした。…いや、分かんないって兄弟達は言うんだけどね。流石にお母さんですから。ほとんど表情筋の動かない息子の感情くらい読めるよ。

「イル」
「何、母さ…」

なでなで。手を伸ばして、イルミンの頭を撫でてやる。すると、沈黙が返って来た。あれっ、撫でてほしいんだと思ったんだけど、違った?咄嗟に止めようとすると、

「…何でやめるの」
「嫌なのかと思って」
「別に。……ん」

……見ました?見ました、奥さん?!(誰やねん)なんって可愛いんだろう、うちのイルミンってば!!24にもなった男がん、なんて言って頭撫でやすいように屈んだら普通は気色悪いと思うだろうけど、ぜんっぜんそんなことなくて寧ろ可愛いし愛しいしああもうっ!!つまり大天使イルエル!!

思う存分なでなでしつつ、四人でテラスに向かう。執事さんに頼んで待っていると、美味しそうなブリオッシュが出て来た。そして何処からか嗅ぎつけたのか次男坊のミルキーがやってきた。あ、このネーミング馬鹿にしてないからね。可愛くない?ミルキーって。

「お、美味そうじゃん」
「ブタ君の分はねーよ」
「何だと?クソガキ!」
「やるか?」
「喧嘩しないの。ミル、私の分をあげるわ」
「いいの?ママ」
「勿論よ」
「…ちェっ」

原作程太ってはいないけど、やっぱりぽっちゃり系のミルキーはキル君にブタ君と呼ばれからかわれている。えー可愛いのにー。ほっぺたぷにぷにしてて可愛いよ。夏限定だけど、ミルキーは痩せているとイルミン似で、でもちょっと鋭い感じのイケメンになる。健康に悪いからスナック菓子を控え、あんまり太らないように調整してるんだけど…そういう体質なのかなー。夏以外はどーしてもぽっちゃりしてる。いや、可愛いんだよ?兄弟の中じゃ一番ミルキーが私のこと好いてくれてると思うし!!私も大好きだ!他の子達にも嫌われてはいない……よね??

後もう一人、ここにはいない息子のことも、勿論大好きである。諸事情があってあんまり人前には出てこないんだけど、後でおやつを持って行ってあげよう。ぽかぽかの日差しの下そんなことを考えていると、またテラスに来訪者が現れる。

「今帰った」
「おお、揃っとるの。ふう、年寄りに強行軍は疲れるわい」
「お帰りなさい。ごめんなさい、お出迎えもせずに」

ぱっと席を立ち、舅と夫を迎える。わあ、いつの間に帰って来たんだろう?予定では仕事が終わるのは明日だったと思うけど。お義父さんは「気にすることはない」って言ってくれるけど、やっぱり仕事帰りはちゃんとお出迎えしたい。シルバさん、怪我ないよねー。大丈夫だよね?噂の暗殺王に怪我させる猛者がいるとは思えないけど、やっぱり心配である。そっと怪我の有無を確かめてほっと一息。そこで、シルバさんが後ろに何か隠し持っていることに気が付いた。何だろ。

「…まぁ」

シルバさんが差し出して来たのは、綺麗な薔薇の花束だった。うわぁ、綺麗。でも何で?今日記念日か何かだったっけ?首を傾げると、シルバさんは極上の微笑みを見せた。

「特別なことがなければ、妻に花を贈ってはいけないのか?」

………そんなことは、ない、です。はい。でもあれだ。…子ども達の前で、恥ずかしいってばー。シルバさんってば、タラシだよ。私はかあ〜っと赤くなる頬を押さえきれなかった。これ、花言葉とか知って贈ってくれてるのかなぁ。だとしたら相当だ。でも。

「嬉しいです……シルバさん」

喜びのあまり、ついつい微笑んでしまう。こんな風に愛されてるって実感させてくれることが、堪らなく嬉しい。そうされるのが当然と思えるくらい私は美人じゃないし、平凡だし、何の取柄もないし。でも、シルバさんが愛情をくれるから、世界一幸せな女になれると思ってしまう。

―――ゾルディックの嫁は、私なんかじゃ責任重大でもったいなくて、けれど同時に譲りがたい。

振って来る口づけに目を閉じながら、愛の花言葉を持つ大輪の赤い薔薇を抱き締めた。


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シカクさんは特別な時に花束を渡す。
シルバさんは特別じゃなくても花束を渡す。
どっちがいいとか別にないけど、性格の違いが出てるかも。


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