暗殺一家によろしく
- ナノ -
Dear my mother





家族の中で誰が一番好き?ともし問われたなら、オレは間違いなく母さんだと(心の中で)即答する。てゆか、兄弟は全員そうだと思う。またちっせェカルトはともかく、ブタ君なんてマジマザコンの域だし。きめェ。え?オレ別にマザコンじゃねェよ。フツーだよ、フツー。んだよ、文句あんのかよ。

母さんがどんな人かっていえば、一言で表すなら…そうだな、普通?って感じかな。オレはオレにとっての"普通"しか知らないんだけどさ、でももし暗殺一家で育ってなかったら、母さんみたいな人を普通って思うんじゃねェかなって、考える。母さんは、一人だけ違う。うちは当然親父とか、兄貴とか、みんな暗殺者なわけだけど、母さんはそうじゃない。うちに嫁に来たけど、それは別に暗殺者になるってことではなかったらしい。

―――人を殺したことなんてない、綺麗な手をしてる。

だからかな、母さんのことを普通だって感じて、憧れるんだ。感覚が一人だけ違うんだ。殺しとか、訓練とか、裏社会とか、そういうのに全然染まってなくて、見た目が若いっていうのもあるんだけど……凄い、少女みたい。宝物みたいにキレーで、汚しちゃいけない存在なんだって、ある日唐突に気が付いた。羨まなかったわけじゃない。オレだって好きで暗殺してるわけじゃないのに、何でって、何で母さんだけって、そう思った。けど。

俺は、母さんが泣いてるとこを、一度だけ見たことがある。


―――オレが初めて、人を殺した日。


オレは勿論褒めてもらえるって思ってた。親父もじいちゃんも兄貴も凄いって、偉いって言ってくれたけど、一番褒めてほしかったのは母さんで。オレは綺麗に心臓を抜き取れなくて血で汚れた手で、母さんの元に駆けた。あの頃のオレは、人殺しについて何の感慨も抱いてなかったんだ。ただそう教えられたから。褒めて褒めてと言わんばかりの顔をして抱き着いたオレを、母さんは拒まなかった。血に濡れた手を白くて柔らかい手で包んで、…何も言わずに、オレのことを抱き締めた。そのまま疲れて寝入ってしまって夜中に目を覚ますと、オレの頭を優しく撫でながら、母さんが泣いていた。

綺麗だと思った。

―――母さんが泣いているのを見たのは、後にも先にも、あの時が最後。

きっと、母さんはオレが自分の知っている普通とは違ってしまったことに気付いたんだろう。そして、一人だけこの家で違う感覚を持っていることに苦しんでいるのは、他ならぬ母さん自身だったのだ。殺しなんて知らない世界で生きて来て、けれど染まることも出来ず、少女のような純真さを持ったまま、裏世界の中心で生きている。その中でオレ達に変わらぬ愛情を向けて、正気を失わない強さを持っている母さん。

何で母さん、自由にしてあげないの?

オレは親父に、そう尋ねた。母さんがとても可哀想に思えたのだ。綺麗な黒髪と瞳をしているけれど、母さんには何より白が似合う。黒くしちゃだめだと、そう思って親父を責めた。

「―――あいつがそう誓ったからだ」

どういう意味?

「お前は知らなくていい、キル。ただ、覚えておけ。これから先、何があろうとも……あいつがこのゾルディックの外に出ることはない。一生涯、変わらずだ」

なにそれ。それじゃあ母さん、檻の中にいるようなもんじゃん。

「……言い得て妙だな。その通りだ。ここがあいつを囲う牢獄。そしてそれは―――お前達のためでもある」

親父はそれ以上、何も教えてくれなかった。ガキだったオレは、ただ親父の言い分に怒るだけで、母さんを助けてやりたいと思うだけで、母さんの気持ちとか、そういうの全然気にしてなかった。…馬鹿だよなぁ。今は母さんがいなくなっちゃうくらいなら、母さんにとってここが牢獄だったとしても構わないとか、思ってるんだ。自分はここから出て行きたいとか考えてるくせにさ。…勝手だよな。

「あ」

ずっと昔、誕生日に母さんにねだったスケボーを持って庭を歩いていると、ミケに背を預けて静かに読書をしている母さんの姿を見つけた。…やっぱ、母さんとイル兄は似てねェよ。兄弟の中ではオレが親父似で、イル兄が一番母さんに似てるって言われてるけど、ぶっちゃけ全然似てねェと思う。つーかあんな能面顔と似てたら怖ェし。誰がなんと言おうと似てねェ。絶対。母さんの方が、ずっと綺麗だ。仕事の時に美人だと持て囃されている女を何人も見たことがあるが、オレにとっては母さんが一番だと思う。

「…キル?」
「っ、」
「どうしたの?そんなことにいないで、こっちにいらっしゃい」

ふいっと闇色の目がこちらを射抜く。オレがおずおずと近付くと、母さんは小さく表情を緩めた。母さんは普段はあんまり表情が変わらないけど、オレやカルトを撫でたりしてくれる時は柔らかくほほ笑んでくれる。そして優しく髪を撫でつけられて「…ガキじゃねェんだからさ」と照れ隠しにそっぽを向いた。いつまでも赤ちゃんみたいな扱いをされては堪らない。

「撫でられるの、嫌い?」
「…そうは言ってないけど」

ほんとは嫌いじゃないよ。イル兄も、ブタ君も、オレも、カルトも。母さんに撫でられるの、すっげェ好きだよ。言わないけどさ。

そのまま母さんの隣に腰掛けて、同じようにミケに寄りかかる。ミケは心なしか穏やかそうな顔で寛いでいるように見えた。聞いた話だけど、ミケは生まれたばかりの頃に親父が拾って来て、母さんが面倒を見ていたらしい。そのせいか、ミケは母さんに一番懐いている。母さんが庭に出たら勝手に後をついていくし、オレ達の中の誰よりも母さんの言うことを優先している。撫でられたら嬉しそうに鳴いている。

犬は人間相手に優先順位をつけるって、ほんとなんだな。うちで一番強いのって、実は母さんだから。勿論親父が一番偉いんだけどさ、親父はあの通り、なんていうんだっけ?愛妻家?ってやつだし。兄弟は逆らわないし、じいちゃんも何だかんだ言って母さんに甘い。有名な暗殺一家の全員が、自分達よりずっと弱い母さんに弱いっていうのも、何だか変な感じだ。

「キル、おいで」
「………」

暖かい日差しに少しうとうとしてくる。そして母さんに誘われるまま、その膝の上に頭を乗せた。オレが面倒臭い修行も黙ってやるのは、こういう時の為なのかもしれない。こうやって、思いっきり甘やかしてもらえるって、知ってるから。母さんを独り占め出来るのは、この時くらいだから。

「……母さん、」
「なあに?」


―――オレさ、多分もうすぐ、このうちを出てくよ。見たいものが、いっぱいあるんだ。母さんが見て来た、"普通"をいっぱい知りたい。……"友達"が欲しい。

でさ。

―――オレがこのうちを出て行っても、母さんはオレの母さんでいてくれる?

母さんをここに置いていくのに。うちに縛り付けておくのに、オレだけ。オレだけ外の世界に行っても、許してくれる?母さんが親父のことがちゃんと好きで、オレ達のことを好きでいてくれるの知ってるけど、それでも不安になるんだ。この家を出て行ったら、オレはもう、母さんの息子でいちゃいけない?

聞きたかった問いは結局音にならなくて。



けど、眠りに落ちる瞬間、母さんが笑ってくれたような気がした。



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兄弟全員マザコンなんですけど。
綺麗だとかなんだとかは確実に身内の贔屓目。
お母さんが一番好きなのは実はキルアだったりして。
やっぱり鉄面皮なので、一番似てるのはイルミで合ってます。


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