暗殺一家によろしく
- ナノ -
鮮やかな赤に染まる




初めましての人は、初めまして。お久しぶりの方は、お久しぶりです。ユキノです!

なんて、ゲーム実況者だか某大手動画サイトの投稿者みたいな挨拶をしてみたりする今日この頃。この世界にはゲームはあるけど、元の世界みたいなものじゃないし、ネット環境も充実してるわけじゃないんだけどね〜。でもジョイステはやりたいなァ。お金溜まったら買おうかな。

え?何か現実逃避してるみたいだって?数日前のシルバさんとのデートについて話せ?な、何のことだかな〜!デートなんてしたかなァ?最近とんと物忘れが激しいんだ。それなんて若年性アルツ?

あ、あの日のことを思い出すとリアルにうっ…!頭が……!状態になるので、ほんとマジで聞かないで欲しい。武士の情けじゃ。いや、自分でも家に帰った途端悶え転がりましたよ。帰り道シルバさんの顔が見れませんでしたよ。雰囲気って怖いね…むしろ怖いのはシルバさんかな。駄目だ思い出したらまた顔が赤く、どころか頭痛い吐きそう具合悪いくぁwせdrftgyふじこlp……これ以上語らせるなら…いっそ……殺せ……!!

……こほん、失礼、取り乱しました。私としたことが。

冗談はさておくとしても(冗談ってことにしたいんだ察してくれ)、あれ以来、シルバさんは私の元に顔を出さなくなった。商売繁盛しているのだろうか?でも、シルバさんのお仕事がない方が世の中が平和でいいのかもしれないけどさ。私としては、気まずいのでこのままで結構だ。相変わらずツボネさんだけは仏頂面でプレゼントを持ってくるので、多分飽きられたわけじゃないんだろうし。後半年くらいしたら私の気持ちも落ち着くと思うよ、うん。

今日も今日とて私は店番の仕事に立つ。私の美貌がゆえにいつも店の中には長蛇の列が……すいません調子乗りました。長蛇どころか閑古鳥が卵の段階で蛇に食われたくらいの閑散具合。つまるところ暇だ。ひらすらに暇だ。一応不自由ないレベルにはこの世界の文字も読めるようになったので、暇潰しに本を読んでいるだけだ。給料泥棒って呼んでくれてもいいよ。

仕入れと売り上げの管理はマリさんの担当で、私は基本的に週一でお休みを貰う以外は、こうして店番についている。年寄りの道楽だから好きな時に閉めて良い言われているので、閉店時間は私の一存で決められている。今日はもう閉店しようかなァと思い、外を眺めた時だった。ゴロゴロと空が鳴り、雷が光る。そして、あっという間に土砂降りになってしまった。うわァ、ヤバイ。洗濯物干してなくて良かった。通り雨だと良いけれど。

ぼんやりと外を眺めながら、そういえば、あの時も雨だったな、とふと思った。この世界に初めて来た時も、シルバさんと再会した時も。私の人生の岐路は、必ず雨を伴う。

―――たとえばそう、今日みたいに。

『…え?』

店を閉めて、鍵を返す為にマリさんの自宅を訪れた私は、目に映る光景に固まった。散乱した者、腕を押さえて蹲るマリさん、彼女の前には黒服の男が三人立っている。マリさんが押さえている指の間からは赤いものが滲んでいて、ああ、この臭いは血の臭いだったのか、と頭の片隅で思った。なんだか竈門少年の言葉を思い出す。そうだね。彼の言う通りかもしれない。

―――幸せが壊れる時は、いつも血の臭いがする。私の平穏だった日常を、シルバさんが血の雨で彩ったみたいに。私と、雨と、血は、切っても切れない因縁で結ばれている気さえする。

「…ああ、そういえば……今は一人、………がいるんでしたね」

黒服集団の真ん中に立っていた人物が口を開く。その声は僅かに高くて、持ち主がまだ年若いことを窺わせる。もしかしたら、私とそう変わらないかも。彼は眼鏡を持ち上げながら、意外そうに目を細める。

「意外と冷静ですね。この状況で騒がないなんて」
『騒いで犯人を刺激したくないだけです。…不法侵入です。警察を呼びますよ』
「どうぞ?呼んだところで、意味があるとは思えませんが」

なんてふてぶてしい強盗なんだ。勝手に人の家に入って、家人を傷付けて、そのうえ図々しくも居直るなんて。私の中で、彼等は強盗決定だった。やたらフォーマルなのはあれだ、きっと詐欺の集団がセールスマンを装って、怪しまれないためにスーツを着ているのと一緒だ。確かに見た目からは強盗だなんて分からない。何て小賢しいのか許せん。

頭の中はパニック寸前で、ポリスメーン、ポリスメエーーーーン、と叫んでいたが、こんな時ですら私の鉄面皮は通常運転だ。表情筋仕事しろ。

「私達はむしろ、貴方に感謝される立場だと思いますがね」
『感謝?』
「そうです。なにせ貴方は、この女に…………だったんですから」

え?なんて?よく聞こえなかった。ぱーどぅん?タイミングよく雷が落ちたせいで、彼の言葉は肝心なところが途切れて聞き取れなかった。

「何も知らないみたいですから、教えてあげましょう。………は、……………です。…………で、…………よ」

ピカ!と稲妻が走り、一瞬部屋の中を照らす。えええええええ〜〜〜〜〜???な、なんて〜〜〜〜〜???やっべ、マジで聞こえなかった。もっかい言って?てか声ちっせェよ!!もっと腹から声出せ!ンなウィスパーボイスで囁かれて聞こえるか!!やたら外でゴロゴロバシャバシャぴしゃーん!と大きな音がして、見事に会話に被るから一ミリも話を理解出来なかった。

耳の遠い老人並にはい〜〜?何だって〜〜〜〜?と聞き返したいところなんだけど、青年はもう口を開くつもりはないらしく、私の様子を見てくるだけだ。何だ。何か反応求めてんのか。言っておくけど何も言うことなんてないぞ。てか聞こえなかったから言えないぞ。

いるんだよねェ〜〜〜、自分の声がちっさいことを棚に上げて、ちょっと質問を聞き逃しただけで、聞いてなかったの?なんて鬼の首獲ったみたいにどや顔かます教師とかさァ…。ごめんね?私が天体戦士サンレッドのレッドイヤーくらい性能の良い耳だったら良かったね?でもお生憎様なんだけど普通の耳なんだこっちは。……何この沈黙。やめくんない?待ってんの?私の回答待ってんの?

……こうなったらあれだ…最終手段、日本人の常套手段「笑って誤魔化す」発動!同時に鉄面皮を墓地に入れ……リバースカード、オープン!!!

「は?」

何だか間の抜けた青年の声がする。それもそのはず、私は彼等に向かって机を蹴倒すと、マリさんの手を取って、脱兎の如く走り始めたのだ!!はあっははははっは!!!リバースカードの中身は「三十六計逃げるに如かず」だ!!油断したな、武藤遊戯ィイイィ!!!外は土砂降りだが構うもんか!あ、マリさん怪我してるんだった!でも背に腹は代えられないのでちょっとだけ我慢してほしい!!

とにかく目指すのは警察だ!ハンターハンターの世界の警察がどのくらい機能しているのかは分からないけども、頼れる相手っていったらやっぱそこくらいしかない。あの強盗強いんだろうか?私の足は遅いので、マリさんでもついてこれる速度だったと思う。しかし、暫く走ったところで、マリさんは足を止め、乱暴に私の手を振り払った。

「……離しな!!」
『っ?!』

怒気の籠った声だった。え、マリさんそんな声出せたの…と呆気に取られたのも束の間。

「あなた…聞いたでしょう?あの男の話…」
『あ、』
「全部本当だよ。私は………で、…………だ」

あーーーーーー!!!また聞こえない!!石畳を打つ雨の音がうるっさくて聞こえない!てゆか、マリさん絶対今それどころじゃないですーーー!!後ろから黒服達追って来てるーーーー!!!

『そんなことはどうでもいいんです!!』
「!」
『もし少しでも心配なら…痛いって思うなら、私と一緒に逃げてください』
「………逃げて、どうにかなるもんじゃないよ」
『どうにかなります。生きてさえいれば。私……マリさんには、生きていてほしい』

マジで切実に。私は私の命が一番大事!私が生き残り、かつ平穏に暮らすためにはマリさんの存在が必要不可欠なのだ。でも、いくら私が自己中心的だからって、敬老の精神を忘れたわけじゃない。マリさんは命の恩人だ。長生きしてほしいと思っている。だから、一緒に逃げて下さいと、シャルウィーダンス?とでも言いたげに手を差し伸べる。

マリさんは、暫く沈黙していた。……あ、黒服さん達ちぃ〜〜〜っす。空気読める強盗だなァ。変身シーンを律儀に待つ敵みたいに、彼等は静かに佇んでいた。

「……馬鹿な子だねェ、あなた」

え、何で唐突にディスられてんの私……?マリさんは意味ありげに微笑むと、じり、と私から距離を取った。ちょちょちょ、逃げようって言ってんのにどうして退がるわけ??

「―――あなたのことなんて知らないよ。あなたと一緒に逃げるのだってごめんだわ」
『マリさ、』
「どこへでも行きなさいな。あなた、男がいるんでしょう?こんな年寄りよりも…その男と逃げればいい」

ちょ!!マリさんシルバさんのこと知ってたの!?いや、バレてないと思ってたわけじゃないよ?長いこと匿ってたわけだからさァ。でも、それを男連れ込んでると思われていたとすれば羞恥で死ねる。ていうか、違いますから!!あの人のっと私の男!!

マリさん、とまた足を下げる彼女に追い縋ろうとした時、後ろからマリさんへと伸ばした手を掴まれる。そこには、つい今しがた話題に上ったシルバさんがいた。羽交い絞めにするように、私の身体を押さえてくる。

『シルバさ、』
「―――行くな」
「ほら、ヒーローの登場だね。……似合いだよ、あなた達」
『、待っ、……!』
「ユキノ。……すまん」

すまんって、何。問い返す前に、とんっと首筋に軽い衝撃が走る。僅かに振り向いたところで、手刀を翳したシルバさんが見えた。待てそれ、もし自分にそんな技能があったらやってみたいシリーズトップ10のうちの一つ、首筋とんってやって気絶させるやつ……じゃ……ん。でもシルバさんの手刀って……絶対首落ちるほど鋭いヤツ……殺す気……か……。

それ以上、沈み行く私の意識では、突っ込み切ることが出来なかった。……無念。がくっ。


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