暗殺一家によろしく
- ナノ -
微笑みの爆弾




冗談を言います。聞いて下さい。私だけでしょうか。

最近古書店で留守番をしていると、ラピュタに出てくるドーラ一家のママの若かりし頃…って感じの女の人が店にやってきて、贈り物を置いて行きます。ネックレスだったり、時計だったり、高価なものばかりです。私だけ…。告白されて断ったつもりだったんだけど、銀髪の美青年が事あるごとに家にやってきてご飯をたかってきます。食費が物凄いことになります。私だけ…。

たまたま買い物に出て来た先でぶつかった男性が、正直言うと私の好みだなって思うようなカッコいいおじ様でした。はうっ!素敵!とくらっとしたのも束の間「すまなかったな、お嬢さん」と囁いて手を貸してくれました。その瞬間、びびびと来ました。もちろん恋ではない。嫌な予感です。

―――…この人ゼノさんじゃね?

冗談でした。私だけでしょうか……って!冗談なわけあるか!冗談で済むわけあるか!!突っ込み切れないわ!!何なの?!ゾルディック家はどうなってるの?!シルバさん私の話聞いてた?!私あなたとは結婚出来ないって言ったよね?!……言ってないか。それは自意識過剰過ぎて確か言えなかったんだな。まあそこはいいとして、想いには応えられないって伝えたつもりだったんだけど、通じてなかったのかな?!

絶対あれツボネさんだよね?!確実に贈り物大作戦に来てるよね?シルバさんに聞いても何のことだ?ってしらばっくれられるし、ツボネさんに聞いても黙って受け取れやって感じに押し付けられるばっかだし!そんな高価なもので靡くと思われてることが心外です。…でもいつかお金に困ったら換金するつもりで取っときます。せこいって言うな。しょうがないじゃん、懐事情は辛いんじゃ。

……こほん。取り乱しました。いつも落ち着いていて冷静沈着がモットーの私としたことが。おほほほほ。私は今日、マリさんの頼みで編み物に使う毛糸を買いに来ただけなのです。ついでに切れそうになったシャンプーを買い置きしておこうと思い、町の角を曲がったところで人にぶつかって、どてっと後ろに倒れてしまったのです。うきゃあ。パンツ見えてないよね!と慌てたところで、先程のダンディさんの説明に戻る。

「どうした?ほら、手を貸そう」
『………』

わ、私の勘違いかなぁ。でも割と細身だけと鍛えられているのが分かる体躯と、綺麗なシルバーブロンド。年の頃は四十くらい。…た、他人の空似……じゃねェわ。うん、これは間違いわ。ゼノさんだわ。だってめっちゃ似てるもん。アニメのシルバさんと体格こそ違うけど、マジで似てるもん。声まで似てるもん。ぜってーゼノさんだわ。はい決定。

これを偶然だと思うようなおめでたい頭はしてないぞ!シルバさん!!あなたはどこまで情報を拡散させるつもりなんですか!バイオハザードか!!●ンブレラ社もびっくりだわ!!

『……ありがとう、ございます』

とりあえず、差し出された手は握っておく。するとゼノさんはひょいと軽く私を立たせて、薄く微笑んでみせた。うっ。フェロモンがっ!割と好みのタイプなのが悔しい。ついつい見惚れてしまうからつらたん。イケメンの遺伝子恐るべし。

「怪我はないか?若く美しいお嬢さんに傷を付けたとあっては、私の沽券に関わる」
『いえ…大丈夫です。お気遣い感謝します』
「よければ、何かお詫びをさせてほしいのだが?」
『いいえ、本当に…』

な、なんかぐいぐいくるぞゼノさん。てかなんだ、若く美しいお嬢さんって?お嬢さんだなんて呼び方生まれてこの方一度だってされたことないし!ぽってなるどころか逆に寒気がするわ!私は急いでいるのです。

「そうか、そこまで言われては無理強いはすまい。ところで、一つ尋ねても構わないか?」
『ええ、私で答えられることなら…』
「それは助かる。実は私はとある店を探していてね。恥ずかしながらこの辺りに来たのは初めてで、勝手が分からない。不躾で申し訳ないが、案内をお願いしたいのだが」
『…何と言うお店でしょうか?』

…、まさか、まさかとは思うんだけど。

「―――Mistletoeという、小さな古書店だ」

はい、アウト―!!来ると思ったよ!!そうだと思った!割とあっさり引いてくれたからこれで一安心とか思ったけど、やっぱりゼノさんの目的地ってウチじゃん!!…い、いや待て。落ち着け。落ち着いて素数を数えるんだ…素数は1と自分の数でしか割れない孤独な数字……ぼっちな私と同じように……やべ、なんか悲しくなってきた。自分をディスってどうすんだ。誰がぼっちだよ。ぼっちだけどさ。2、3、5、7、11、13、15、17…あれ、間違えた気がする。ま、まあいいや…ふう、落ち着いた。

落ち着いたところで冷静に考察しよう。まず、この様子だとゼノさんは私のことをシルバさんかとかから聞いてるけど、当人とは分かってないって感じだろう。そりゃそうだ。じゃないとこんな広い町中で、ピンポイントに目的の人物とぶつかるなんて偶然があるわけがない。だから、そこでぶつかった通行人Bみたいな私に店を尋ねた…ということかな。うん、ここまでは大丈夫。問題は、ゼノさんが私をどういう目的で探しているか、だ。

解答1「息子が気に入った相手?ほお、ゾルディック家に相応しい相手か品定めしてやろう。事と次第によっては…」
解答2「何?息子がどこの馬の骨とも知らん女に貢いでいる?許せん死ね」
解答3「慈悲はない」

…ど、どう転んでも絶望、だと…。

ま、待とう。もう一度落ち着いて考えよう。素数を数えるんだ。2、3、…ってもういいわ。そうだ、ゼノさんは仕事に無関係な人間を殺したりはしないはず。タダ働きもタダ死にもまっぴらって言ってたし。…息子に変なちょっかいかける女に対してはどうか知らないけどさ…。自信はないけど、実際私はシルバさんに興味ないわけだし(ただしときめきはする)、サーチ&デストロイとすぐさま殺されるわけではない……はず、うん!

ということで、正解は隠れ4番の「大したことない相手なので放置する」だ!!どうだ明智君、完璧な推理だろう。私の希望的観測が入ってるなんてそんなことないよ。ないったらない。何だかんだ言ってシルバさんの時も命を奪われることはなかったからね!……くちびるは奪われたけど…。

ゼノさんが息子さんに何を聞いてきたかしらないですけど、あの人ちょっと弱ってることで優しくされて絆された猫みたいになってるだけですから!ナデポみたいなもんですよ。一時の若気の至りに違いない!間違いない!私は息子さんを誑かしてなんかいないですからね!―――と、ここまでの思考時間、約三秒。まるで時が止まったかのような高速思考である。ザ・ワールドかよ。

『はい、存じています。宜しければ、ご案内します』
「そうか!すまんな、お嬢さん」

ぐはぁ。もうやめてくれ。そんな顔して笑い掛けないで下さい。微笑みの爆弾ってほんとにあるんだね。こちらです、と先導して歩き始めつつ、しみじみ思う。

てか、あれだなー。改めて見ると、ゼノさんってやっぱりシルバさんのお父さんだし、銀髪なんだな。アニメじゃ年齢のせいもあって、いまいち銀髪か白髪か分かんないとこあったけど、今は間違いないな。ゾルディック家の才能は髪色にも現れたりするのかね。うう、なまじっか好みのタイプの美中年だから苦しい。人生の酸いも甘いも噛み分けた、渋みのある年頃だよね、このくらいの時ってさ…かっこよすぎて心臓に悪い。正直シルバさんよりどきどきします。ああ、既婚者なのが惜しいなぁ。

「お嬢さんはこの町は長いのか?」
『そうでもないです…ここに来たのは最近です』
「ふむ…そうか。見たところ、良いところの娘さんのようだが?」
『普通だと思いますけど…何に教養もない小娘ですよ』
「んん?自分のことをよく分かっていないようだが、それでは可笑しな輩に絡まれるぞ」

―――私のような輩に…な。

と、ちらっと向けられた流し目にごばぁと吐血しそうになった。な、なななんじゃそりゃ。なんじゃそりゃ!!ホストがちょい悪部分を見せつけて女性を惹きつけるためのテクニックかなんかですかそりゃ!く、くくく、口説いてるんですか?!と言いたくなるような色っぽい視線である。ゼノさんキャラ違いすぎでしょ!仕事にストイックで孫が可愛い好々爺はどこいったんですか?!若い頃は浮名を流してた系なんですかそうですか好きです!!

…はっ。まずい。また引き込まれていた。恐ろしい…これが月詠ってやつか。そうじゃないんだよ!楽しく会話するつもりなんてないんですよ!

「そういえば、お嬢さんの名前を聞いていないな」
『……ええと』
「ふむ。もしや、警戒されているかな?先に名乗らず悪かった。私は…」
『いいえ、そういうわけではないんです』

警戒しているのは確かだが、名乗りたくないのは別の理由だ。ゼノさんがシルバさんから私の名前を聞いたりしてたら、もう言い逃れが出来なくなるじゃないか。それに、あなたの名前はもう知ってるので名乗らなくて結構ですよ〜、とさりげなくゼノさんが自己紹介しようとするのを遮る。

私の脇を掠めるように小さな影がすり抜けたのはその時だった。ぶつかったのかぶつかってないのか、分からないくらいの軽い衝撃。しかし、本当に驚愕したのはその後だ。なんと、ゼノさんがその子に足を引っかけて、地面に盛大に転がしたのだ。えっ?!え、何?!アウトオブホームバイオレンス?!どんな暴挙だよ!とぎょっと目を見開く。男の子はもんどりうって転がり、地面に体をうちつけた。痛い。

「いってェ…何すんだ!」
「それはこっちの台詞だ。私の目を誤魔化せるとでも思ったのか?」

え、ほんとに何?別にその子何にもしてないよね?あえていうなら、ちょっと私の腰にぶつかりそうになっただけだよね?それだけで怒るの?ゼ、ゼノさんちょっと沸点低すぎやしませんかね。当たり屋じゃないんだからさ。ぽかーんと呆気に取られている間に、少年の腕を捻り上げるゼノさん。

「離せ…離せよ!!」
「黙れ、餓鬼が。今この場で殺されないだけ有り難いと思うんだな。生憎私は、身内に手を出されるのが嫌いでね」

言いながら、こちらをちらりと見るゼノさん。その視線に、はっとした。そ、そうか……な、謎は全て解けた!見える、見えるぞ、ゼノさんの意図が!彼が私にぶつかりそうになった、そう、ぶつかりそうになった、男の子を転ばせ、あまつさえ拘束した理由が!これは男の子の行動に対するものじゃない…私に対する牽制を意味してるんだ。

ゼノさんのいう身内…それはもちろん、息子であるシルバさんのことだろう。ゾルディック家は家庭内での繋がりが非常に強い。曲った形であろうと、肉親の情は殊更深いのだ。その身内に手を出される…つまり、どこの馬の骨とも知れない私が、シルバさんの近くをうろうろしているのが気に食わない、というわけだ。つ、つつ、つまり…ゼノさんは私の小細工なんて御見通しで、私の正体も、全て知っていたのだろう。なんということだ……私はさながら観音様の手のひらの上で泳がされる孫悟空が如し―――ゼノ、恐ろしい人…!

って、ふざけてる場合じゃないよ!こェえええ〜〜〜!ゼノパイセン、マジ怖ェエエエエ!!恐ろしいよ!女子どもにも容赦ゼロだよ!流石天下のゾルディック家だよ!脅しのかけかたも超一流だ!ちらりと私を見てきたということは、おかしな真似をすればお前もこうしてやる、という恐喝に違いない。それがたとえ未遂であったとしても、情状酌量の余地はなしという意味なのかな。内心がくぶるしながら、おそるおそる減刑を請うてみる。

『……離してあげて下さい』
「何?」
『その子は、何もしていません。―――何も、していないんです』

つまり、無実なんですよ、ゼノさん。あんだーすたん?やってない、未だ、無実。だから許してあげてください。私のことも許して下さい。息子さんと私は清い関係ですよ。いや、マジで。友達でもないですからね。顔見知り以上知人以下です、誓って。はい。わたし、あなた、逆らいません。あなた、わたし、取るに足らない。無抵抗ですよーと両手をあげながら、そっと近付く。

「…ほお?君はこれを、許すことが出来るというのか」
『許すも何もありません。やっていないんですから』
「それは慈悲か?それとも、自己満足のつもりか」
『両方です。…その子と私は、同じですから』

なーんか会話が噛み合ってない気がするけど、気のせいかな?自己満足なのはそうだけど、まあ結局自分のためだから、間違ってないかな。でも、慈悲を与えるのは私じゃなくてゼノさんでしょ。むしろ私とその子があなたに慈悲を乞うてるんだから。そういう意味では、その子と私は同類である。ね、ねェ?君の許して下さいってお願いしよう?キャー、ゼノさん恰好いいー!素敵ー!痺れるー!と黄色い声をかけるんだ!じゃないと痺れる(物理)になるぞ!!

「…ふむ。まぁ良い。君がそういうのならば私は手出しすまい」
『本当ですか。……ありがとうございます』

やった!!私は盛大に心のなかで勝利宣言を挙げた。無抵抗の意が伝わったらしい。こりゃ本格的にシルバさんをもう来ないようにさせないと、マジでコロコロされかねない。とりあえず、酷い目にあった少年を助け起こす。彼は未だ許されたことが現実のことだと認識出来ていないようで、ぼうっとしている。分かる、分かるぞその気持ち。私も安堵で座り込みたい思いである。

『…立てる?』
「………なんで、……姉ちゃん、おれ……おれ、あんたの……、」
『大丈夫。…大丈夫。分かってるから…』
「……おれ……ごめんなさい」

少年の目から、ぽろりと涙が零れる。えっ、と思いながら見ると、膝小僧が擦り剥けて血が出ていた。あいたたたー、痛くて泣いちゃったのか。ゼノさんったらやりすぎだよ…まったくもう。心の中で溜め息を吐きつつ、ハンカチでそっと手当をしてあげる。

『これでいいわ。こんなものしかなくて、ごめんなさい』
「………」
『泣かないで。辛いことがあっても、負けては駄目よ』
「あの……、ありがとう」
『いいわ。さ、お家にお帰りなさい』

森へお帰り。大丈夫、飛べるわ。と優しく蟲を諭したナウシカのような心地で、少年を促す。お互い辛いけど頑張ろう。私もへこたれないでしっかり生きていくからさ。…ぐすん。先行きが不安過ぎるけれど、子どもの前で情けない顔は出来ない。小さく手を振ると、少年は覚束ない足取りで、何度もこちらを振り返りながら去って行った。うーん、可愛い。ショタコンじゃないけどさ。

「甘いな。君のしたことは対症療法に過ぎんぞ。あの子どもは何度も同じことを繰り返す」
『…そうかもしれません。でも、たとえ応急手当でも、しないよりマシです』

ぽつりとゼノさんが呟いた言葉に、憮然として返す。し、仕方ないじゃないか。絆創膏とか持ってなかったんだからさ…ハンカチだけでもまだマシでしょ。確かに、あの年頃の男の子はやんちゃだから、手当したってすぐまた怪我するかもだけど…てゆか、そもそもあの子の傷はゼノさんのせいじゃあ…。そう思いつつ視線を向けると、なぜかじいっと凝視されていた。…な、何ですか。私の顔になにかついてますか?

「……ふむ。それが君の本質というわけだな。実に興味深い」
『は、はぁ…?』
「ああ、こちらの話だ。…では、私はそろそろ暇することにしよう」
『え?あの、古書店に御用があったのでは…?』
「問題ない」

「―――もう目的は果たしたのでな」

………ぱーどぅん??と聞き返すこともしないうちに、意味深な台詞を吐いてゼノさんは踵を返してしまう。私はぽかーんとしながらその背を見送って棒立ちになることしか出来なかった。こめかみを冷や汗が伝う。あれ。なんか選択肢を間違った気がするんだけど。

あれ。私、見逃してもらった、んだよね?

……あれ?

ちなみに。家に帰ってから、財布を落としていたことに気が付いた。正に踏んだり蹴ったり。泣けるぜ。




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