暗殺一家によろしく
- ナノ -
銀色




人生は重要な選択肢の連続だ。って言ったのは誰だっけ?

多分だけど、漫画のキャラだったと思う。そうだ、銀魂かな?阿武兎さんだ。私は渋い人とかワイルドな人が好きだから、彼も割と好きな方だ。それを抜きにしても、この台詞は至言だろう。みのさんも言ってるけど、ファイナルアンサー?もうこの金額には戻れませんって感じだ。ここで私が選ぶ選択肢は、間違いなくこれからの人生に影響があるのだろう。

降りしきる雨の中、人のいない路地裏で壁に寄りかかる人影。この人に、私はありすぎるくらい見覚えがあった。そう、初めて私がこの世界にやってきた時に出会った、あのシルバーブロンドの美青年である。ただ再会しただけだったら、私はこんなに悩まなかった。てゆか、殺人犯だし。踵を返して逃げるよ。

問題は、彼の腹部が赤く滲んでいることにある。

ま、間違いなく怪我してるよねェこれ。あのう、と声を掛けて見ても一切反応がない。気絶しているようだ。ただ買い物に来ただけだってのに、どうして雨に濡れた怪我人を見つけなきゃいけないんだ。ふざけんな。私は道ばたに落ちてる子猫に見詰められたら小一時間はそこで悩むタイプなんだよ。初めてのお遣いでうるうるくるくらい涙脆いんだぞ。ミサイル並に強すぎるだろその兵器はさぁ。

『(…困ったなぁ)』

傘を差したまま、片手でばりばりと頭を掻く。雨のせいで彼の血液は際限なく流れて行くだろうし、当然体温も奪われていく。ここでこの人が死んだりしたら、私も殺人犯の一種なのか?いじめを見て見ぬ振りする人みたいだよねェ。絶対夢に出てきそう。かと言って、私は居候の身だし、マリさんに迷惑をかけるわけにもいかない。こんな明らかに堅気でない人なら尚更だ。どうしよう。うーん、と悩んでみる。途中、彼が小さく身じろぎするのを見て、私は決心した。

……ま、なるようになるだろう。

こういう風に嫌だ嫌だと言いながらも面倒ごとに首を突っ込んでいくから私は早死にするタイプなのだ。君子危うきに近付かずというなら確実に君子にはなれない。ここで迷わず保身に走るような人間になれないのが敗因だ。しょうがないか。助けるか、見捨てるか。そんな単純な選択肢で見捨てるを選ぶ程鬼畜になれきれないんだもん。はあ〜と盛大に溜め息を吐いて、彼の腕を肩に乗せて、半ば引き摺るようにして歩き始める。重い。

頼むから、目覚めた時に私を問答無用で殺すのだけは勘弁してほしいものである。



ふい〜。自分のベッドに拾った怪我人を寝かせて、漸く一息吐く。うちから近かったからいいものを、私より20p近く背のある成人男性を引き摺って歩くなんて拷問だった。折角買ってきたものも傘も置いてくる羽目になったし、尋常じゃなく時間がかかった。仕方ないよね、私非力だもん。気絶してるんだから本当に重かった。あ〜も〜びしょ濡れ。風邪引いたらどうしてくれるんだ。

と、心の中ではぶつぶつ文句を言いつつ、お次はと手当に取り掛かる。まず濡れた服を着替えさせなきゃ、最悪肺炎にかかる可能性がある。失礼しま〜すと何故か合掌をする私。着物みたいな服の合わせを開いて、うわあと眉を顰めた。止め処なく血が流れている部位はまるで何かに抉られたみたいに肉が削げており、かなりグロテスクだった。うっぷ。こりゃ当分肉料理は食べられそうにないな、と場違いなことを考える。下手すれば内臓まで傷付いているのでは、と思えるくらい深い傷だった。

他は、擦過傷と打撲が少し。頭にも痣があったから、脳震盪かな?失血のせいもあるかもしれないけど、生憎専門家ではないので分からない。とりあえず消毒をして、包帯代わりに清潔な布を裂いて巻いておく。また買ってこなきゃな。服を脱がせて濡れた体と髪を拭いて、そこで彼の体が妙に熱いことに気が付いた。ありゃ。熱が出て来たのかな。漏れ出る吐息は苦し気だ。

……どうしよっかなぁ。

マリさんにも内緒でここに連れて来た手前、お医者を呼ぶってのも…。うーん、この人、本当に堅気に見えないもんね?マフィアとかかな?だったら警察に連れて行く、ってのは多分駄目なんだろう。ハンターの世界は治安が悪いからなぁ。きちんとした手当も受けられないで死んでしまっても目覚めが悪いし…どうしよう。いや、私に関係ないじゃんって言えばその通りだし、身も蓋もないんだけど。氷水に浸したタオルを額に置いてやって、少しだけ呼吸が落ち着いたのでとりあえず自分も着換えることにする。

私も美青年はもちろん好きなんだけどねェ。てか、どんな鍛え方してるんだろ。すっごい綺麗に筋肉がついてて、ぶっちゃけ目の保養だった。彫りの深い顔立ちはきっと将来私好みの渋いダンディなおじ様になることが容易に予想出来る。…おっと、話が逸れたけど、つまり私はあんまり三次元には興味がないのです。いや、ハンター世界は二次元だよね、分かってる。でも今は私にとっては二次元は三次元っていうか、あれ意味分からなくなってきた。

つまり、私は現実世界で好きな人がいても告白すらできないチェリーちゃんってこと。…死語かな。早いとこ元気になってくれなきゃ困る。面倒なことになっても嫌だし。とそんなことを考えながら、再びベッドに向かった時だった。ひゅ、と耳元で風が鳴ったかと思えば、首筋に何か冷たいものが添えられていた。目の前には、こちらを鋭く見据える灰青の瞳。

………お、恩を仇で返しやがってェえ〜。別に恩着せがましくするつもりはないけど、マジで一言だけ言わせてくれ。命の恩人だぞ私は!見捨てても良かったんだぞ!それを拾ってきてやったんだぞ!なのに目覚めた瞬間殺そうとするなんて、それが助けられた人間の態度か!!おこだぞ。激おこすてぃっくふぁいなりありてぃぷんぷんどりーむだぞ。怖くて言えないけど!!!

「……お前は、」
『ご気分はどうですか?』

また逢ったね、コナンの犯人の人。私の気分は最悪だよ。主にあなたのせいでね。

「…お前が、手当したのか」
『他に誰かいると思いますか?』
「……何故、助けた」
『助けられたくなかったんですか?』
「理由、が…ないはずだ」
『……お互い質問ばかりですね』

これじゃ会話のドッチボールだ。何故俺を助けた、なんて厨二の典型みたいな台詞使わないでほしいな。孤高に生きる暗殺者ですか?少しばかり苛々していた私は、有無を言わさず彼の体をベッドへと押し戻した。余計なお世話と言われようと、折角助けたのに死なれちゃ敵わない。彼はどこか呆然としたまま、素直にベッドに横になった。

『質問なら後でいくらでも答えます。今は体を休めて下さい。ひどい熱です』
「………」
『必要ならお医者を呼びますが?』
「………い、しゃは……いらん」
『分かりました』

やっぱりね。それにしても、熱で意識は朦朧としているだろうによくやるわ。ああ、そうだ。

『私は、ユキノといいます。あなたは?』

名前くらいは聞いとかなきゃ不便だよね。そう思って安易に聞いたことを、私はすぐに後悔することになった。


「―――……シルバ、……ゾルディック」


…………ゾルディック?………ゾルディックって言った?今?

……
…………
…………マジでか。ジーザス。神様なんて大嫌い。


やっぱ捨ててきてもいいかな。




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