暗殺一家によろしく
- ナノ -
赤色




―――何年振りだろうな。お前の笑顔を見たのは。キル、こっちへ来い。お前の話を聞きたい。試験でどんなことをして、誰と出会い、何を思ったのか。どんなことでもいい。教えてくれ。

それは、家出をしたキルアが連れ戻されて、父シルバと対話した時の話。シルバは父性に溢れた優しい微笑を浮かべて、息子であるキルアを見ていた。暗殺一家の当主らしくその振る舞いは威厳に溢れていたけれど、家族を大切にする姿勢には、一人の人間としての感情が見え隠れしていたと思う。

………まあ、すぐに殺されたりはしないだろう。

それが私の出した結論だった。楽観的だというなら言ってくれ。希望的観測が混じっていることは否定しないから。でもゼノ爺ちゃんも言ってたみたいにゾルディック家は別に快楽殺人者の集まりじゃないみたいだから、後顧の憂いにならないように!ぐさっ!っていきなり殺したりはしない、と、思いたい…。腐っても命の恩人だし。殺してでもボール奪いたいとか、ゴンを殺そう、とか普通に言っちゃうのはキルアとイルミの性格であって、ゾルディックの方針じゃないはず。……はず。

まさかあの時出会った相手が、若かりし頃のシルバ=ゾルディックだったなんて。

分かるわけないじゃないか。原作の時程筋骨隆々としていないし、ちょっと細身だし、幼いしで、違いがあり過ぎる。まあ27年前じゃしょうがないんだろうけど…暗殺者かよ、って冗談交じりで考えてたのはガチだったわけだ。見事に原作キャラじゃん。初めて会った時はお仕事の真っ最中だったんだろうなぁ。そういえば爪が伸びるのも、キルアがやってたお得意の肉体操作だ。……気付かなかったなー。

あれから三日経ったけれど、シルバ=ゾルディック…シルバさんの意識は依然として戻らなかった。でも、流石って言うべきかな。普通の人なら全治一カ月は固い怪我のはずなのに、ちょっとずつ具合が良くなってきている。念の力ってすげーー!私も習おうかな。三十年くらいかけて精孔開きたい。このまま元気になってくれれば御の字である。マリさんに何も言わないのも心苦しいし、床で寝るのも痛いし。

いつものように古書店を手伝って部屋に戻る。んん?

『目が覚めたんですね。大丈夫ですか?』
「……ああ」
『ああ、まだ起きない方がいいですよ。何かいりますか?』
「…………悪いが、水をもらえるか」

おっす。了解っす旦那。ひょっこりと顔を出すと、ベッドの上に半身を起こしてシルバさんがこっちを見ていた。ちょっと困惑してる?イメージに反して口調は穏やかだし、遠慮してる様子が窺える。あらら、思いの外素直だ。コップに水を汲んで渡してあげると、猫のような目が僅かに伏せられる。

「……すまん」

………やだ、何か可愛いんだけど。大きな体を縮めるようにして小さくお礼を言う姿に、不覚にもきゅんとしてしまった。し、シルバさんて猫科の動物っぽいなぁ。失礼かもしれないけど、ほんとに可愛い。これがギャップ萌えってやつか。

水を嚥下する様子をじーっと観察してみる。うーん、原作のあの威風堂々とした人物からは想像もつかないなぁ。若い頃ってこんな感じだったんだ。えっと、二十歳くらいかな?十六の私が言うのもなんだけど、思ってたよりも幼い感じがする。もちろん体型も顔つきも男らしいんだけど、私の知ってるシルバさんと比べるとやっぱり幼いというか。うわ、ちょっとだけ感動。原作開始時期より前にトリップする醍醐味ってこれなのかな。ゾルディックの当主が可愛いとか。

「…俺の顔に何かついてるか?」
『いえ、すみません。…熱は下がったみたいですね?』
「………ああ」

あんまり凝視していたせいか、シルバさんは何だか居心地が悪そうだ。ごめんなさい。流石に不躾だったね。ちょっとすみませんと断って、額に手を当ててみる。うん、平熱ではないみたいだけど、ずっと低くなったね。良かった良かった。…おや?ちょっと顔が赤い?まだ治り切ってはないんだね、きっと。

『宜しければ何か食べられるものを用意します』
「いや、そこまで世話をかけるわけには…」
『今更です』
「…すまんが、あれから何日経ったか教えてくれるか」
『今日で四日目です』

そういうと、じっと考え込むシルバさん。私は母屋に向かって、晩御飯のスープの残りを頂いてきた。マリさんに合わせて割と薄味だから、怪我人でも大丈夫だよね。シルバさんにそれを差し出すが、彼は私の顔を見つめたままスプーンを受け取ろうとはしなかった。あ、そっか。暗殺者だもんね。毒とか気にしてるのかな?んと、じゃあ一応と、二つ持ってきていたスプーンのうち一つを使って毒見をしてみる。これでどうだ。必要なら食べさせてあげるけど。

『毒なんか入っていませんよ?』
「……頂こう」

おう、たくさん食べて元気になるんだぞー青年よ。あれ?ゾルディックって毒の訓練してるんだっけ?私見当違いのことしたかな?

「美味いな」
『お口にあって何よりです』
「……お前、ユキノといったか」
『はい』
「前の満月の晩、会ったことがある。……俺を、覚えているか」

当たり前じゃん。あんなショッキングな出来事、いくら人間が忘れる生き物たって簡単に忘れられないっての。こくりと頷くと、スプーンを動かしながらシルバさんはこっちを見た。キレーな目だなぁ〜。ちょっと濁った青色が本当に綺麗。目が綺麗な人って好きだ。不思議な魅力があるよね。

「それなら、どうして、何も聞かん」
『何をですか?』
「俺がしていたことを、俺がこんな怪我をしていることを。…気にならないのか」

本当に質問多いねシルバさん。どちて坊やみたい。…ネタが古いか。それはさておき、暗殺一家ってのはこの際関係ないんだろうな。世間知らずってわけじゃないみたいだし、単純に私がどうして素性やら聞かずに、匿ったかってことが疑問なんだろう。敵が多い家だろうしねェ。

まあ、あれだ。正確なところを言えば、私が知ってるからだ。ゾルディック家が暗殺者ということ、殺し屋ながら道理と流儀があること、キルアと接する様子から一応人並みの情があること。それらを知っているから、物騒な場面を見ても得体の知れない男だって思わないことが一番の原因だろう。してたことは暗殺で、どうして怪我をしたかも暗殺絡み。どう考えても一択で捻り様がない。

『ならないですね』

うん、気になりません。知ってるし。余計なこと聞いて、ふっふっふ、聞いたからにはもう生かしておくわけにはいかん、ぐさっ!ってされても困るし。シークレットにしましょ。はっきり答えると、何故かシルバさんは少しだけ表情を曇らせた。

「……俺は……、俺は、そうは思えん」
『?』
「お前が何故俺を助けたのか、どうしてここまでしてくれるのか。何故、何も聞いてこないのか。気にならないなど、思えない」

……だろーねェ。それが普通だと思うよ。変な女だよね私。

『別に、そう難しいことではありません。目の前に傷付いた人がいて、それが貴方でなくとも、私は同じことをしたと思います』

むしろ貴方がシルバ=ゾルディックだと分かっていたら助けなかったかもしれないというそっちの方が酷い真実。私優しくないよ。捨ててこようかなって半分本気で思ってたし。良いことしたわけじゃなくてただ目覚めが悪いからしただけで、猫を拾うのと同じ感覚である。シルバさん猫っぽいし、ライオンの子どもを拾ったと思えば。……うん、思えば。

「そうか。……だが、むしろ俺だからと、言われた方がマシだった」
『え?』
「あの晩にお前を見た瞬間から、どうにもお前のことが頭から離れない。もう一度会えたらと、そう思って過ごして来た」

どうしてそう思うのかすら、よく分かっていなかったが。

そう言ったシルバさんの瞳は、獲物を前にした猛獣みたいだった。……何か雲行き怪しくない?目撃者を殺しておかなかったことが憂いだったなんて言わないのよね?

「だが、漸く答えが出たようだ」

あっ。と、思ったのは一瞬だった。腕を強く引かれて、体勢が崩れる。次の瞬間には私の唇に熱くて乾いた何かの感触が触れていた。後頭部を大きな手に押さえられて身動きが取れない。呆気に取られて見開いた私の目に映るのは、シルバさんの端正な顔。

まって。

ほんとにまって。

なにこれ。



「―――…どうやら俺は、お前に惚れているらしい」



………おい。

ファーストキッスがマスカットの味とか言った奴、出て来い。ちょっと血っぽい感じとスープの味しかしなかったぞ。色気もへったくれもない。それより。いいやちょっと待って。混乱してる。え。何が起こったの。は?この人今私に何した?

惚れてる?誰が誰に?え?え?意味分かんない。ウエイトプリーズ。え、え。ちょ、言っていい?一言言わせてほしい。切実に。


………お、一昨日きやがれ。




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