- ナノ -
しろのせかい


ふと空を見上げる。そこに映ったのは清々しい快晴ではなく、どことなく霞みがかったような、灰色染みた青だった。故郷で見る空とは全く違う。分かってはいても、こういうところで違いを実感するものだ。随分長いことこの地にいたが、こればっかりは慣れそうもない。だがこれも、もうすぐ終わる。

「待たせたな」

視線を前方に戻すと、一人の男が立っていた。この里の長の右腕ともいえる存在だ。わざわざ見送りに来てくれた、というわけではないのだが、それでも最期の見える相手としては充分過ぎるくらいだ。それだけ今回自分が訪問したことを、相手方が重要視してくれているということになるのだから。

男から、里長からの書状である巻物を受け取る。「確認しても?」という言葉には首肯が返されたため、中を改める。一通り目を通して、その上で特殊な仕掛けが施されていないかチャクラを込め、確認する。周到なくらいで丁度いいのだ。そして、頷きを返す。問題はない。これで自分の役割は終わりだ。

「世話になった。……風影様にも、宜しく伝えてほしい」
「ああ。…それにしても、本当に帰るのか?風影様の折角の申し出を蹴ってまで…正直、俺もあんたは木の葉なんぞの温い里に収まる器じゃないと思うがな」
「おいおい。その温い里の出身者の前で、故郷を貶さないでくれるか?」

思わず苦笑する。男が言っているのは、自分が木の葉側の使者として風影と対談した際のことだろう。調停役でもある己は、終戦したとはいえ敵陣同然の他里の中でただ一人、奮戦する羽目になった。だが、そこは腕の見せ所でもある。上役にこの任務を任せられたが、達成出来る者は自分くらいしかいないだろうと、自負もある。場合によっては首さえ賭けることも辞さず、臆さず、対等の同盟を結ぶために、風影の前に立った。ここで確約されたものは、いずれ正式に結ばれる同盟の足掛かりともなるのだ。

実際任務は成功したわけだが…ここで、男が切り出した話が生きてくる。どうやら三代目風影は、己のことをいたく気に入ってくれたらしい。望むならば相応の地位を与えてやる、と言ってきたのだ。有体に言えば、ヘッドハンティング、というやつだろう。里から里へ掛け合って、人材を平和的に移籍させることは、稀ではあるが起こりうることだ。要は、無許可で里を抜けるから抜け忍とされるのだ。であれば、許可を取ればいい。だが、里の重要機密を操る忍を手放すことは事実上在り得ないわけで、念入りな記憶操作を施され、素の状態になれば無理ではない、というレベル。そんな者を欲しがることなど、滅多にない。

その珍しい場合が、今回だっただけで。

…正直、買い被りだと思うんだがな。自分の取り得はこの頭と、一族の受け継いできた術や知識やらだけで、そこまで評価されるような人間ではない。木の葉の機密抜きにして、自分と言う存在を欲してくれるのは有り難いと思うし、嬉しいことではあるんだが。いかんせん、木の葉を捨てる選択肢なんて始めからないのだから、実現しない話だ。

「その話は丁重にお断りしたはずだ。俺は死ぬまで木の葉の忍だよ」
「勿体ねェな。風影様が折角、ご自身の親族の娘まで嫁すと仰っているのに」
「それこそ冗談みてェな話だ。俺の身には過ぎた栄誉だ」
「…何だぁ?里に、残して来た女でもいんのか?」

こんな踏み込んだことまで聞いてくるとは、この半年で随分打ち解けたものだと思う。この男は風影に対する忠義が深すぎて聊か盲目ではあるが、それを除けば意外に気さくで、話の分かる男だ。嫌いじゃない。願わくば、これから先戦場で殺し合うことなどないように。


シカクは、ばさりと外套を羽織り、笠を被る。



「―――ああ。とびっきりの女がな」



任務、完了だ。

―――帰ろう。懐かしの空の下へ。




前/37/

戻る