- ナノ -
昔話をしようか

奥様の名前は雪乃、旦那様の名前はシカク、息子の名前はシカマル。ごくごく普通の恋をした二人は、ごくごく普通な結婚をして、ごくごく普通な家庭を作ります。ただ一つ普通と違っていたことは、旦那と息子は忍だったのです……ついでに言えば奥様は異世界人ですネ。誰も知らないことだけど。昔好きだったドラマの名台詞を自分に当て嵌めて考え、一人にやにや笑っていた。

そろそろ衣替えの準備をしようと、箪笥の中をひっくり返して出て来たのは小さい頃のシカマルの服。うっわ、懐かしい〜。あの子こんなに小さかったんだなァ。ナルトの世界の人ってのは大概、子供なら独自の忍者服を、大人ならお決まりの忍者服を着ている。例外はあるけれど、非番のときでも普通の私服を着ていない人が多い。みんな五着くらい持ってて着回してんだよ、あれ。別に同じヤツ洗濯しないで着てるわけじゃないから。シカマルもあれ七着持ってるから。わざわざ手作りしたんだぞ、原作と同じにしたくってさ!

でも、いっくら気合を入れててもプライベートでまで忍者服着られるのは気に食わないので、シカマルは私服を結構沢山持っている。着てくれと言ってもあんまり着てくれないけどさ…最近反抗期なのよねェ。今日は粘ったから渋々だったけど新しく買った服、着て出掛けてくれたよ!アスマさんと将棋するんだってさ。渋いコだ。そこが可愛いけど。愛しい息子を思いつつ小さな服を眺めていると、今日まで色々あったなァと感慨深くなる。

そうだ、ついでだから全て話してしまおう。私がこの世界に来てから、どんなことが起こったかを―――。


*******

その日は遅刻ぎりぎりに朝の電車に飛び乗った。七時四十分、これを逃したら遅刻間違いなし。あー良かった。夜更かししてゲームなんてするもんじゃないね。FFは一回始めたら止められない止まらない。自分の自制心のなさを棚に上げてゲームが面白すぎるのが悪い、と嘯いた。そのまま寝足りなかったのか瞼が下がってくるのに合わせていると、いつの間にか寝てしまったらしい。アナウンスが降りるべき駅の名前を伝えているのにはっとして、いきおいのまま電車を飛び降りる。

『……っだ!!』

足を盛大に滑らせて、肩からどたっとホームに倒れ込む。やば、はずかしっ!ドジっ子みたいな真似しちゃったよ!激しい羞恥に駆られながら視線を上げる、と。

『………はい?』

そこは何故か、森の中でした。眼前に広がる巨大樹の森、こけたせいで両足両手をついているが、そこから感じるのは冷たい土の感触。…待て、落ち着け私。そうか、降りる駅を間違ったか、そうか。…でも近所にこんなデカい木がわさわさ生えてる森なんかあったけっか?というか、ド田舎に見えるのは気のせい?落ち着け、と念じながら後ろを振り返ると、目の前の光景が信じられなくて更に心臓が早鐘を撃った。

―――…線路が、ない。

跡形もなく、たった今降りた(正確には転げ落ちた)電車の姿も、駅も、何もかも消え去っていた。広がるのは前と同じ木の群集のみ。落ち着け私!深呼吸しろ、ほらひっひっふー!!無意味にラマーズ方を行いながら、とりあえず携帯をと制服の胸ポケットを
探すが、何も入っていない。あ、そうか。鞄の中に詰めたんだっけか。次に鞄鞄…と探して、今度こそずーんと沈み込んだ。o、r、z、よく使われる落胆を表すあの記号通りのポーズだ。

『……私の……アホ……』

鞄は、綺麗さっぱり紛失していた。あの子は今さっきまで座っていた座席の上にちょこんと鎮座してアホな持ち主をあざ笑っていることだろう。携帯も財布も教科書も入っているというのに、いくら乗り過ごしそうになったからってフツー忘れていくか?世界間抜け決定戦があれば確実に上位に食い込む間抜け具合だ。教科書なくてどうやって学校の授業を受けるつもりだったんだか。

そうして私は、着の身着のまま、森の中を流離うことになった。どっかに民家とかないのかなァ。お腹減ったよ〜…。インドア派の自分にサバイバルなんて無理に決まってるじゃないか。ここが何処とかは二の次、とりあえず何かお腹に入れなくては死んでしまう。ヤだよ、人っ子一人いない森の中でミイラになるとか。見知らぬ土地を歩き初めて四時間、空腹を訴えるお腹を押さえてずりずり体を引き摺って歩くことも限界に近付いた。急いでたから今朝ご飯食べてないんだよ〜…死ぬ。

ぱたり、と力なく地面に横たわった。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい…電車の中に荷物全部おいて行方不明になったとか聞いたら、絶対驚くだろうな。探しても見付からないと思うから、死んだものと思って毎回FFの最新作出たら仏壇に飾っててネ。走馬灯のように過ぎていく思い出はFFのアーロンのことばかり。一番お気に入りのキャラなんだよねェ。渋い男って最高…薄れる意識の中でもそんなことを考える私って凄いや。

「おい、どうした?!大丈夫か?!」

突如、頭上から声が響いた。沈んでいく意識を再び浮上させた私は、声を掛けてきてくれた人をじっと見た。あれ、何か見覚えのある服着た人…まあ、そんなことはどうでもいい。人がいて良かった…安堵する私に向かってその人は「何があった?どうかしたのか?」と問い掛けてくる。何があったといわれても…私にも何が何だか。

『わ、……分かりません……』

それは単に、何故自分がいきなり変な場所に飛ばされてしまったのか分からない、という意味だったのだが、その人はそうは思わなかったらしい。馬鹿正直に分からない、なんて言ってしまったのが悪かった。その言葉は後々何十年にも渡って尾ひれを引いた。


*******

保護された先の門を通ったとき、嫌な予感はしていた。連れて行かれた病院の名も外観を見たときもだ。何か見たことあるぞこれ、何か知ってるぞここ。何か激しく嫌な予感がするぞこれェエェエェ!!辺りを見回して、火影の顔岩を見付けた瞬間ガチで意識が遠のいた。「しっかり!」と助けてくれた男の人に言われたが、無理です。―――"NARUTO"かよっ!!!トリップしちゃったのか私!どうせなら思考も一緒にトリップさせてくれェ!!誰か夢だと言ってくれェ!!

冗談じゃないよ、ナルトの世界にトリップなんてしてたまるかァ!そりゃ夢小説とか見るのは好きだけど、実際自分が飛ばされちゃったりしたら非力な小娘なんてすぐ死んでしまうじゃないか!え、あるの?トリップ主特有の特殊能力とかあるの?と思ったがかめはめ波が出る様子はなかった。…そりゃそーか。

しかもあれだ…ここ、原作の二十年近く前の世界だよ。こういうのって原作軸に出現するもんなんじゃないの?火影の顔岩が三つしかないからあれ?とは思ったが、今の火影は三代目らしい。まだおじいちゃんじゃないよ…結構若い。三十台くらいだろう。もしこのままこの里にいれば、ナルトが下忍になるときに私は四十近いおばさんになってしまう。いーけどね、別に…原作キャラときゃっきゃうふふしたいとか微塵も思わないし。

何を聞かれても名前以外分かりませんを貫いた結果、私は記憶喪失の少女と認定されてしまった。別に素性は話せないだけで、その上嘘を吐いてるわけでもないからね。しかも何と私が倒れていた付近には壊滅させられた里があったらしく、彼等は私が襲撃から逃れて倒れていた者だと勝手に解釈してくれた。何というご都合主義。でも、良かった。他国の忍びと疑われても嫌だ。その里には悪いけど、潰されてしまっているのなら調べられても私が里の者ではないという証拠も上がらない。これから毎日ありがとうと感謝しよう。しっかりご供養させてもらおう。

そして私は、火影のご厚意により、里の中で生活させてもらうこととなった。忍者?ばっか、なるわけねーじゃん。元々大売出し中の死亡フラグがまた増えるじゃないか。私は極力原作と関わらないように細々と生きていくのさー。あははははは、ビバ平穏!紹介してもらった仕事先の居酒屋、苦楽にて一生懸命生活費を稼ぐ日々。何かどっかのラーメン屋に似た名前だねェ。一楽?幸楽?どっちにも似てる。

それなりに上手くやってきたこの頃、一つだけ悩みがある。それは。

「よう、邪魔するぜ」
『…いらっしゃいませ』

こいつだよ!!暖簾をくぐり定位置となりつつある席に腰を下ろす男、名は奈良シカク。分かる人には分かる筈だ。厳しく恐ろしい妻を持つ奈良シカマルの父ちゃんである。初めて出会ったときに「何か誰かに似てるなー」と思いつつも、怪我してたみたいだから声掛けてしまったのがいけなかった。似ていて当たり前だ、親子なんだから。シカマルが二十歳くらいになったらこんな感じかなーと思うくらい彼はシカマルにそっくりだった。…違うか、シカマルがこの人に似てるんだ。

「今日はいつ上がりだ?」
『ご注文は』
「好きな男のタイプは?」
『…ご注文は』
「来週の日曜、空いてるか?」
『……ご注文は』
「焼き鳥一つとビールな」
『畏まりました』

さっさと注文言えよこのヤロー。こっちゃてめェと違って忙しいんだ!仕事中だぞオラァ、と視線で訴えると漸くメニューを口にしてくれた。好きなタイプとか何の関係があるんだ。アーロンだよ!渋好みとか言うな。

この奈良シカクという男、何を思ったのか暇さえあれば苦楽にやってきて、酒を呑みつつ私を口説いてくる。軽いな!息子を見習え。あの子は女なんて面倒くせーのスタンスを崩さず、しかもフェミニストという素晴らしい男っぷりを十二にして発揮しているというのに、何故父親がこうも軟派なんだ。名前忘れたけど、奥さんに叱られっぞ!いや、結婚もしてないし彼女もいないって言ってたけどね。私が聞いたわけじゃないよ、勝手に向こうが喋るの。

「なァ、雪乃」
『何か』
「…おれのことどう思ってる?」

シカマルの父ちゃんで奈良一族の家長で、想像してたよりずっと軟派な男なんだなァと思ってますけど。しかし、彼が聞いてるのはそういうことじゃないだろう。この日はやけに目が真剣だった。本気と書いて、マジ。ちょ、待て。そんな熱い目で見られたら何か適当にあしらうのが申し訳なく思っちゃうじゃないか。

『…良い人だと、思ってますケド』
「嫌いか?」
『どちらかといえば、好きですかね』

嘘じゃないよ。なるべく関わりあいたくないと思ってるけど、悪い人じゃないし。この人は将来ナイスミドルになることが分かってるからね。うん、素質あるよ。言うと「おれが欲しいと思ってる意味の言葉じゃねえんだろォな」と頭を掻いて言われた。

「分かってると思うが、おれはお前に惚れてんだ」
『…は、』
「返事はいらねェ。いつかまた、お前に相応しい男になったときにもう一度言うから、そんとき答えてくれ」

ええええええええええェえええェ?!待て、待ってェ!好き?!惚れてる?!え、あんた私に惚れてたの?!ただ記憶喪失って言われてる変わった女が物珍しいだけだと思ってたよ!マジ?え、だって奥さん…は今はいないのか。そうだった。

「ぜってェ口説き落としてやっから、覚悟してろよ?」

言いながらにやっと笑った顔は、文句なしに恰好良いものでついつい見惚れてしまった。最近の悩みが増えた…どうやって諦めてもらえばいいんだろう。惚れさせてやる宣言をされてしまい、私は深い溜め息を落とした。イケメンに言い寄られて嫌な女がいようか、いや、いない。(反語)

いや…断れる気がしないんで、ガチで止めて下さい…。




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