- ナノ -
おれが惚れた女

初めて見たとき、何て不思議な女なんだと思った。異国情緒溢れる面差しに、凛とした立ち振る舞い。そっと触れられた瞬間、体中を電流が走ったみたいだった。そしておれは、二つ年下の女に見事に惚れてしまっていた。

別に大して難しい任務でもなかったが、ちょっとした怪我を負ってしまった、上忍になって何十回とこなしたかしれないAランク任務の帰り道、分隊長として報告をする為に火影邸へと向かっていた。下手に病院に行くよりも、自分の家の薬をつけた方が治りが早いことは分かり切っていたので、気にせず悠々と歩く。「あの」と控え目な声がおれを呼び止めたのは丁度そのときだ。

何だ?と振り向いて、その女の顔を見た途端に硬直して動けなくなったことをよく覚えている。こちらを射抜く目が、透き通っていて美しい。女は木の葉ではあまり見かけない風貌をしていて、他国の雰囲気を纏っていた。黒髪、黒目。噂に聞いたことがある。壊滅した里の生き残りで、記憶を失ってしまった女を火影が保護し、里内に住まわせたというのは一時期話題になっていたことだ。本当に女が他国の間者ではないのかと、忍達が調査に駆り出されたこともあったからだ。実際、その里は独特な雰囲気を持った人間が多く集まっていたと有名だったので、仮定が磐石となったのは言うまでもない。

興味はあったが、あえて自分から見に行くことはなかった女は、平凡な顔立ちをしているにも関わらず、纏う空気が誰とも違った。他のどんなに美しい女より、綺麗だと本心から思った。女がおれに近付く。距離が狭まるとふわりと芳香が鼻腔を擽り、眩暈がしそうになった。女は表情一つ変えずにおれの腕に目を向けると、心地の良いトーンを響かせる。

『怪我、してます』

大した傷じゃねェ…と、言いたかったのに、言えなかった。声が出ない。見つめられただけなのに、なんつう破壊力だ。数多の女を相手にしてきて、扱いには長けていると自負しているこのおれが?女がおもむろに鞄の中からハンカチを取り出すと、それを傷口に宛がう。触れられたら、もう抗えなかった。されるがままにしているときゅっと傷口を縛られ止血をされ「ちゃんと処置をしないと、化膿してしまいますよ」と言われた。他人に興味がないと言わんばかりに淡白そうな表情してやがるのに、見知らぬ男の世話を焼くのか、あんたは。

礼を言わなくてはならないという考えは吹っ飛んでいた。それじゃあ、と踵を返す女を引き止めなくてはという思いが強すぎた。名前を聞く、それだけでそのときのおれはもう一杯一杯だったのだ。初恋でもあるめェし…情けない限りだ。きょとんとしながらも返された名前を、頭の中に刻み付けた。

『雪乃です』

―――この女が欲しい。
降って湧いた強烈な激情に、抗う術も抗う気もない。それからというもの、脇目も振らずに毎日のように雪乃が働く店に通い、おれは彼女を口説き続けた。呆れた目をされた上に本気にされていなかったようだが、去る者追わず来る者拒まずのこのおれが他の女の誘いを全て断り関係を絶ち、たった一人の女を必死に追いかけているのに、流石にそれはひでェんじゃねェか?何せ色っぽい意味を期待して聞いたのに「良い人だと思います」ときたもんだ。ま、いいけどな。

「分かってると思うが、おれはお前に惚れてんだ」
『…は、』

何を今更、とっくに気付いているという目をした雪乃は、断ろうと思ったのかすぐに口を開く。そうはさせまいと、すぐさま待ったをかけた。こっちは本気なんだ、簡単に振られてたまるか。

「返事はいらねェ。いつかまた、お前に相応しい男になったときにもう一度言うから、そんとき答えてくれ」

それは逃げかもしれねェな。男なら潔く振られて、きっぱり諦めるのが一番良いのかもしれねェ。だがこいつばっかりは、プライドも何もかも賭けて手に入れると決めたのだ。拒絶されても、こいつが頷くまで、おれに惚れるまで、何十年だろうと食らい付いてやる。

「ぜってェ口説き落としてやっから、覚悟しとけよ?」

にやりと笑っていった渾身の一言にも、無表情を貫くのは流石だ。いいねェ、そうじゃねェと遣り甲斐がねェ。それでこそおれが惚れた女だ。なァ、雪乃?優秀な薬師の家系であり、同時に軍師の家系でもある奈良家の男に目を付けられたのが運の尽きだ。地の果てまでも追ってやるから、逃げられると思うなよ?


それから何年も馬鹿みたいに「惚れてる」と繰り返すおれは、自分で思っているよりもずっと一途な性格をしていたのだと、後にいのいちとチョウザは笑った。




/5/次

戻る