- ナノ -

廻る血潮と


*壱*





『いったただきっまーす♪』
「…い、いただきます…」
『平助、声がちっちゃいよ?ほら、しっかり食べて食べて』
「お、おう」


その日の私は、とても機嫌が良かった。
平助に「気持ち悪い」と言われてしまうくらい。
沖田に「変な物食べたんじゃない?」と言われるくらい。
ふんふん、と上機嫌になっていた。

そりゃ機嫌も良くなる。
だって私は、初めて友達を得たんだ。
それも滅茶苦茶可愛い女の子、小鈴ちゃん。
嬉しくって嬉しくって舞い上がっちゃう。
理由は誰にも教えてあげないけど、
今日なら誰に何を言われても寛容に対処出来そう。


「な、なあ…今日のお浸し、何だ?
ほうれん草…じゃねェよな?雑草か?」
『雑草なんて出すわけないでしょう。
あんまり馬鹿なこと言ってると本当に雑草出しますよ』
「ひ、ひでェこと言うな!!」


いくら気分が良くても折角作った料理を貶されれば腹が立つ。
雑草なんて食べられないでしょうが。
怒りを滲ませながらにっこりと言うと、永倉さんは頬を引きつらせた。


『それは、壬生菜っていうんです。ちゃんとした野菜です』
「なーんだ、そうなのか。そうならそうと早く言えよ」
『野菜であることは言わなくても分かると思うんですが…』
「まあ、新八っつあんなら附子食ってもぴんぴんしてるだろ」
「何言ってやがんだよ!繊細な味覚持つ俺を捕まえて!!」


また始まった、平助と永倉さんのどつき漫才。
私はふうっと息を吐いて食事を再開した。
この人達食の亡者だからな。
気を抜いてたらおかずが掻っ攫われてしまう。
いそいそと箸を動かして食事を進めながら、
ちらっと隣を見やると、沖田はもう食事を止めたみたいだった。


『…あんた、もう食べないの?』
「うん。もう充分。いる?」
『作った本人前にして随分な言い方。…不味い?』
「いや、美味しいよ。今までよりずっと。でも、僕はもういらない」
『本当少食だね。あんたの膳は他のみんなより少なくしてるけど…
もっとしっかり食べないと大きくなれないよ?』
「…これ以上大きくなっても仕方ないし」


確かに、沖田は無駄に背が高い。
私からすれば見上げなければいけない大きさだ。
その彼に大きくなれないという発言は不適切かもしれないが、
食べ物が大きくしてくれるのは外だけじゃないだろう。
風邪も引きやすくなるし、栄養が足りないとよく動けない。

何より…折角作ったものを残されるのは不愉快だ。
私はぱちりと箸を置いて、沖田の箸を手に取った。
沖田は咄嗟に私の腕を握って、動きを制止する。
何すんのさ、離してよ。


「何しようとしてるの」
『食べさせてあげようと思って』
「どうやって」
『あーんって』
「…ねェ、それって天然?」
『何がさ』
「……もういいよ」


ちゃんと自分で食べるから、何もしなくていい。
ていうか、絶対しようとしないでよね。
何故か呆れたように言い放って、沖田は再び箸を取る。

…どうして私はそんな目で見られなきゃいけない?
自分で食べれないっていうから手助けしてやろうと思ったのに、
それと天然がどう繋がるのかが全く理解出来ない。
まあ、ちゃんと自分で食べるっていうならその方がいいけどさ。
不可解な沖田の言動に疑問符を浮かべて、ご飯を頬張った。
男の子の心情ってのは良く分からんな。

そんな私の疑問はさておいて、
平助が笑顔のまま土方さんに何事かを問い掛ける。
右隣にいるから、会話がとてもよく響くのだ。
自然耳に入ってきた言葉に意識を傾ける。


「そういえば土方さん、オレ達の給金っていつ頃出るんだ?
こっち物が滅茶苦茶高くてさ、何にも買えねェんだ」
『あ、それ私も思いました。食費も馬鹿になりません。
切り詰めるにしても限度がありますから…食費のこととか、
一度話し合った方がいいと思うんですが…どうでしょうか?』


浪士組ではない私は、あまりこういう金銭面とか、
内部の事情に関わるべきではないと思っているが、
井上さんと共に遣り繰りするのが最近は随分定着してきた。
土方さん達もそこら辺は黙認してくれているらしい。
私の独断にならないよう、帳簿付けも井上さんと相談している。
食費云々くらいならば、関わってもいいだろうと思っている。

今はお金が支給されなくて、八木さんのご厄介になっている状況だ。
ご厚意で少しばかり金銭を提供して頂いているが、
いつまでも甘えているわけにはいかない。何より足りない。
永倉さんは特によく食べるから、本当にかつかつなのだ。
平助の言う通り、京都は物価が高い。
値切るにしたって浪士組は恐れられてるから大っぴらに出来ない。
八方塞りで困り果てているのだ。

資金が支給されるようになったら、
食費への配分を話し合った方がいいかな、と思い
提案してみたが、土方さんは途端に渋い顔付きになった。
あれ、何かダメなこと言った?


「…給金の話は、出てねェ」
「出てねェって…タダ働きしろってのか?」
「活動に必要な金は、その都度公用方に請求しろだとよ」
『え?』
「いや、それだけじゃなくて…こいつの言う通り、
飯代とか生活に必要な金だってあるだろうが。どうすんだよ?」
「…」


原田さんが顎で私の方をしゃくって示すが、
土方さんは苦い顔のまま沈黙を貫いている。
今度は永倉さんが「その辺突っ込んどいた方がいいんじゃねェか?」と
進言するが、それには近藤さんが困った顔で応えた。


「まあ、我々が信頼に値するか測りかねているのだろう。
身柄を与って頂いている以上、あまり無理を言うわけにはいかん」
「…とはいえ、いつまでもこのままってわけにゃいかねェしな。
俺の実家にも送金を頼んじゃいるが…限度ってもんがある」


あ、たまに加算される妙な送金って、
土方さんのご実家からの仕送りだったのね。
確か、有名な農家だって聞いてたけど…お世話になりすぎるのも悪い。
土方さん一人ならともかく、私達は全くの他人だし。

どうしようかなぁ…と少し俯きがちになっていると、
不意に「月島」と土方さんが小さく私の名前を呼んだ。
弾かれたように顔を上げて、上擦った声で返事をする。


『は…はいっ』
「つうわけだ。悪ィが、何とかやってくれ。
こっちも早いとこ片付けるように急いでみるからよ」
『あ…はい』


土方さんの瞳が真っ直ぐこちらを見る。
それだけのことなのに無性に照れ臭くて、
私はまた声を掠れさせて小さく頷いて見せた。

…うわ、何かこういうの…
頼りにされてるっていうか…いやそうじゃなくて…
て、照れたりしてる場合じゃないっていうのに…
ちょ、ちょっと嬉しいかな、なんて。
微かに熱くなった頬を隠すように、目に掛かった髪を払った。

それにしても、会津藩お預かりになったっていうのに、
相変わらず先行きは不透明なままなんだ。
お世話になっている以上、関係ないとは言い切れない。
食費とかに関しては精一杯遣り繰りしてみせるけど、
辛い立場に置かれている彼等のことを思うと、楽観視出来ない。

最近奮発してちょっとだけ豪勢な食事にしてたけど、
やっぱり元の「超質素料理」に戻すしか選択肢はないらしい。
永倉さんが知ったら泣きかねないことを考えながら、
良し、と心の中で明日からの献立を練り始めた。