- ナノ -

「掃き溜めに鶴」


*掃き溜めに鶴*






「月島君の髪ってサラサラだよね」
『ぶぼっ!』
「きたねェっ!吐くなよ、響!!」
『えほえほっ、げっほえほけほっ…!』


夕餉の時刻、突拍子もなく沖田が放った一言に
私は見事に啜っていた味噌汁を吹き出した。
何故かいつもいつも沖田は執拗に自分に構ってくる。
出来ることならば平助、斎藤辺りで両脇を固めたいのに、
右隣に沖田が陣取ってくるため、食事時にも平穏は訪れない。

今日も今日とて、落ち着かせて貰えない。
脈絡のない言葉には慣れている。
しかし、髪の毛をさらりと一房手に取って、
あろうことかそこに口付けられる感触がすれば味噌汁も吹く。

ああ勿体無い…今日は上手く味付け出来たのに。
被害が及んだのかぎゃーぎゃー煩い平助を無視して、
というよりは無視せざるを得ないくらい咽込み私は思った。
…沖田、殺す。


「…大丈夫か、月島」
『あ、りがと…さい、と…』


目の前に差し出された手拭いを有り難く受け取る。
そして味噌汁に塗れた口元を拭った。
こういうとき優しい、もとい常識のある人の対応は嬉しい。
心に響くというものだ。

斎藤の配慮にじーんとするのもそこそこに、
私はにやにやしている隣に座る男を睨む。
いきなり何を言い出すのだ、こいつは…。
そのせいでこんな醜態を晒すことになってしまった。


『気色悪いこと言うな、するな』
「ひどいなぁ、褒めたのに」
『髪に口付ける必要なんてないでしょうが。あんたは男色?』
「ううん、そんな趣味はないけど」


そう、確かに性別は女として確立してはいるが、
今は月島響という名前の「男」として通っている。
そんな自分にまるで女に言い寄るみたいな真似するなんて…
こいつ、その気があったのか。

沖田からすすすっと距離を取る。
がっちり掴まれた腕。それを振り切って更に広まる距離。
「ちょっと、そんな趣味ないって言ってるでしょ。逃げないでよ」
沖田から抗議の声が上がったが、知ったこっちゃないのである。
身の危険を感じたらすぐ様逃げるのが賢い処世術というものだ。


「だが確かに、綺麗な髪してるよな。手入れとかしてんのか?」
『…は、原田さんまで…』
「ちげーっての。ただ純粋に興味があんだよ」


遊郭の女にも匹敵するくらい綺麗な髪してるからな。
何か特別なことしてんのかって、ちょっと気になっただけだ。
原田はにっと口元を笑みで飾ってそう口にした。

…まあ、女の扱いにも長けていそうな彼の言うことだ。
もしかして両刀かも、疑ってしまう沖田とは違う。
ちょっとほっとして胸を撫で下ろす。
男色家が二人もいる場所ならばここに滞在していることを
激しく後悔して、今すぐにも出て行きたくなっただろう。

私は癖のない自分の髪を一房掬った。
指触りは良いし、すっと梳れば引っ掛かることもない。
痛んでいる箇所も無駄に跳ねているところもない。
確かに女としては自慢に思えるくらい立派な黒髪だ。


『特に手入れとかはしてないですけど…』
「へェ、じゃあ天然でそれなのか?」
『そういうことになるかな』


本当は少し違う。
江戸から持ってきたお気に入りの香料の入った髪油を
風呂上りに申し訳程度に付けたりはしている。
けれど男としてその行為はおかしいから、敢えて伏せておく。

しかし、それ以外は特別に手を加えてはいない。
髪油だって最近は量が減ってきてしまっているから
一滴分くらいしか使えないというのが悲しい現実だ。
そろそろ京で贔屓にする店を見付けた方がいいのかもしれない。
そうなれば、恋人にあげるとか理由を付けなければいけないな。


「ふうん…何もしないでこれかあ」
『ひゃわっ?!お、沖田触るなって!』
「……へ、変な声出すなよ」
『…平助、何顔赤くしてんのさ』


気持ち悪っ、と引いた顔をしてみる。
すると平助は慌てたように弁解をし始めた。
「誤解すんなよ!オレは総司とは違うからな!」…本当か?
「ちょっと、僕も違うよ。変なこと言わないでよ」
お前は黙ってろ、もう一切信用しないし隙見せないからな。

それよか、さっきからみんな私ばっかり褒めてくるが…
私よりももっと特筆すべき人がいるだろう。
私のなんかよりももっともっと美しい髪を有した人が。


『土方さんの髪の方がよっぽど綺麗でしょう。ほら、見てみ』
「…俺を引き合いに出すな」
『出しますよ、だって本当に綺麗ですし』
「………」


そう、言わずと知れた土方歳三その人である。
性別はれっきとした男だというのに、女の私以上に
きめ細かい肌、長い睫毛、そしてサラサラの髪。
肩に落ちるぬばたまの黒は美しく輝いている。

これには嫉妬を禁じえない。
土方さんが髪をせっせと手入れする姿なんて
想像力が拒否反応を示してしまうくらいだから、有り得ない。
私は押し黙った土方さんの髪をじっと見詰めた。


「確かに、土方さんの髪はお綺麗です」
『斎藤もそう思うよねェ。羨ましい』
「…お前等、もうその話はいいから黙って食え」


私が沖田にからかわれているときは我関せずを決め込んでいたくせに、
いざ自分に矛先が向いたかと思えば話の中断を促す。
ううぬ、やっぱり大人というのはずるい存在だ。

そう思っていると、また首筋に温い感触。
さっと隣を見れば懲りずに沖田が髪に手を伸ばしていた。
その手を叩き落として、くわっと威嚇する。
しかし沖田は意にも介さず、ふてぶてしく笑った。


「僕は土方さんの髪より君の髪の方が好きだよ」
『嬉しくないしっ!つかありがた迷惑!』
「素直じゃないなぁ」
『死ねっ!!』


もー、鬱陶しい!触んなっての!
伸びてくる手を何回も叩く、叩く、叩くを繰り返す。
それでも沖田は止めようとしない、叩かれていても楽しそうだ。
何こいつ、すっぽん並にしつこいっ!!


「…はぁ」


土方さんの呆れを含んだ溜め息が聞こえた気がした。
しかしそれは非常に不本意だ。
寧ろ、溜め息を吐きたいのはこっちの方だ!