- ナノ -

「掃き溜めに鶴」



朝食の後は芹沢さんの「茶を持って来い」という
尊大な命令に素直に従い、湯のみを運んだ。
理不尽に文句を付けられても殴られても、
文句の一つも言わない私は本当に立派である。

ま、こんなことじゃへこたれる筈もない。
芹沢さんの暴力暴言に、沖田の悪戯。
そして町人達の冷たい視線、その数々も
一旦慣れてしまえば後は楽になるのだ。…悲しいことに。

愚痴はさておき、さっさと次の仕事に移行するとしよう。
私は芹沢さんに命令されるとき以外は、
自主的に申し出て任されるようになった食事の仕度や
洗濯、買い出しを着々と済ませるのが日常になっている。

そして最近は、その一連の流れの中に
「土方さんと山南さんにお茶を差し入れる」が加わった。
理由は簡単明白。
お茶の一つや二つ持って行って休憩を促さないと、
一刻も二刻も三刻も二人がぶっ続けで部屋の中に閉じ篭り、
書類と睨めっこをしてしまうことに気が付いたからだ。

芹沢さんに出すお茶ほどではないが、
そこそこに気を使ってお茶を入れる。
うん、良い香り。


『…よし、こんなものかな』


気が付いたときは、本気で呆れたものだ。
今が浪士組にとって大変な時期ということも、
色々構想しなければならなくて、その役目を担っているのは
土方さんと山南さんだということも理解しているが、
こんなことを続けていたら過労死してしまうかもしれない。

二人共、自分の体に無頓着過ぎる。
日に日に隈が目の下に定着してきていた。
私がそのことについて進言しても、いつも決まって
「平気だ」やら「大丈夫です」と返してきていたが
「近藤さんが心配しています」と言ったら、
ようやく仕事の合間に休息としてお茶を飲むことを了承してくれた。

…いや、嘘じゃないしね。
事実近藤さんは凄く心配してたしね。
咄嗟に思い付いて都合の良い言い方なんてしてないから。
態と大袈裟に心配具合を形容したりしてないからね。


『失礼します、入ります』
「…月島君、後少しでこの書類が…」
『終わるんですね、分かります。でも、はい』
「……敵いませんね、君には」


その台詞、土方さんと合わせて何回聞いたと思う。
二人して示し合わせたように毎回同じ台詞言って…
そうやってずるずる先延ばしにしたら切がないじゃないか。

にっこり笑って「約束を忘れましたか」と言いながら
山南さんが手にしている書類を取り上げる。
もちろん破いたり汚したりしないように配慮はしてる。
山南さんは手持ち無沙汰になって、困ったように笑った。


「土方君のところには行きましたか?」
『これから行きますよ』
「もう、行っていいですよ」
『山南さんが飲み終わってしばらくしたら行きます』


土方さんも無理し過ぎるから心配。
しかしその気持ちを優先させて部屋を出れば、
それこそ山南さんの思惑通りなので頑として動かない。
出来れば四半刻入り浸りたいが…それは無理だろう。
この際本当に短くても全然構わない。
大切なのは一息入れさせることだ。

山南さんはずずずとお茶を啜り、ちょっと目を見開く。
「玉露ですか」と的を射た発言。
はい、と素直に頷いておいた。


「こんな高い茶葉にする必要はありませんよ」
『別にいいじゃないですか。お気になさらず』
「そうはいきません。浪士組の懐事情を君は分かって…」
『分かっているからそれくらいの余裕があることも分かります』
「月島君」
『私が飲みたかったんだからいいじゃないですか』


玉露とか、高い茶葉を使うのが夢だった。
私の我侭です何か?と山南さんを開き直って見る。
彼は一瞬呆れたような顔をして、笑った。
…あれ、怒らないのか。


「…美味しいですよ」
『そりゃ、高いですから』
「君が入れるお茶は格別です。どんな安物でも」
『…それはどーも』


入れ方がいいからだね。
山南さんに褒められてしまった。
…何か、妙に照れ臭いな。

そのまましばらく会話もせず沈黙して、
ただ山南さんがお茶を飲み終わるのを待っていた。
ここで急いでさっさとお茶を飲み干して、
私を追い出そうとしないところが大人の対応。
そんなことしても出て行かないと分かっているのだろう。

いつも私が納得する最低限度の時間に飲み終わる。
こういう洞察力は凄いと思う。
…流石山南狸、やはり侮り難し。


『じゃあ、そろそろお暇しますね』
「はい。…ありがとうございました」
『いーえ、仕事ですから』


盆を手に取って、立ち上がる。
目を細めてお礼を言った山南さんに笑顔を返し、
廊下に続く障子をさっと開け放って外に出た。

…さて、次は土方さんだな。