- ナノ -


*肆*




『失礼しま〜す、お茶持って来ました〜』


ふんふん鼻歌混じりに廊下を歩き、一間の前で止まる。
その部屋に向かって声を掛けて、襖を引き開けた。
中には不機嫌そう(いつも)な芹沢さんがいる。
ついでに新見さんも。


「遅いぞ、犬。命じたらすぐに持ってこんか」
『何言ってるんですか。お茶一つ淹れるのも大変なんですよ』


まずお湯を沸かすでしょ。
これは熱すぎても温すぎても駄目。
横ゆれしてほんわか湯気が上がるくらいが一番良い。

次に湯のみにお湯だけ入れて、急須に茶葉を入れて少し待つ。
それから湯のみのお湯を急須に入れて…
うんたらかんたら説明していると、芹沢さんが痺れを切らしたように叫んだ。


「ええい、余計なことは言うな!茶が冷めるわ!」
『おっと、そうでした。はい、どうぞ』


確かに折角気を遣って淹れたのに、冷めたら意味がない。
また怒られてしまったと思いながら、湯のみを配った。

芹沢さんと新見さんは、湯のみを手にしてからは黙って中身を啜る。
一応今までは、お茶に文句をつけられたことはない。
ふふん、これでも淹れ方には自信あるんですから。


「ふん、まだまだだな」
「そうですね、芹沢先生の舌を唸らせるには程遠い」
「次から俺の茶はもっと苦く淹れるんだな」
『…はいはい』


不味いと文句はなくても、褒められることもない。
毎回毎回わざと貶す部分を探しては指摘してくる。

…こんの野郎。
茶ぁ一つにこっちがどれ程神経すり減らしてるかも知らないで…
たまには自分で淹れてみろい。
言っとくが、あんた等じゃ私の茶の味は逆立ちしたって出せないよ。

けっと吐き捨てて、膝立ちする。
私は女中じゃないっつのに、何この感じ。


「芹沢殿、起きていらっしゃいますか?」
「起きているが…何か用か?」


おや…近藤さんの声?
そう思って振り返ると、襖が開いて本人が顔を出した。
顔中に満面の笑みを貼り付けている。


「おはようございます!本日は天気も良く、素晴らしい日ですなぁ!」
「天気の話などせんでいい。用件を言え」


明るく述べられた近藤さんの口上を、芹沢さんはばっさり切り捨てた。
そんな言い方しなくてもいいのに。
ぞんざいに扱われて、近藤さんは少しばかりしゅんとしてしまった。


『あ、私お茶淹れてきますね』
「ああ、構わんよ。すぐに済むからね」
『そうですか?』


すぐに済むって…
わざわざ出向くくらいなのに、そんなに簡単な用事なのかな。
首を傾げながら、近藤さんの言葉を待った。


「本日は家茂公が入洛なさる日です。警護に呼ばれているわけではありませんが
我々は元々上様を御守りする為に集まった身」


今の京の治安を思えば、騒ぎが起こる可能性もあります。
宜しければご一緒に、警護に参りませんか?
近藤さんはにこにこ笑ってそう言った。

…あ、全然簡単な用事なんかじゃなかったな。
寧ろ超重要。
そうだよね、不逞浪士が蔓延ってる京は危険が多い。
今こそ、浪士組の出番ってやつかな。


「上様…だと?」


私は、更に首を傾げた。
何故か芹沢さんは怪訝そうに近藤さんを見ている。
そりゃあ彼は、気合入れて警護に臨むような人じゃない。
自分以外に関わることは片手間に済ませてしまうだろう。

でも新見さんと二人揃って、軽蔑の眼差しを向ける意味が分からない。
別に近藤さんの言ってること、間違ってるとは思わないんだけど。


「何を言っているんです、近藤君。何故我々がそんなことを…」
「まあ、いいではないか。暇潰しには丁度良かろう」


結局行くらしい。
芹沢さんは文句を言う新見さんを一言で抑えてしまった。

…ん?でも今この人、「暇潰し」って言わなかった?
事もあろうに将軍様の警護を暇潰しって。
まるで遊戯の一つのように言うって、おかしくないか?

私と同じ疑問を抱いたのか、近藤さんは訝しげな顔をする。
だけどすぐ笑顔に戻り、芹沢さんに向かって深々と礼をした。


「ありがとうございます、芹沢殿!では御仕度が済み次第お声を掛けて下さい」


上機嫌うきうきに、近藤さんは部屋を出て行く。
ありゃ多分、軽蔑の眼を向けられたことなんて微塵も気付いていないな。
本っ当に吃驚するくらい心根の真っ直ぐした人…。


「訊いていたか、犬。早く仕度をしろ」
『えっ?!私も行くんですか?!』


お盆を持ったままぽかんとしていた私に、芹沢さんが言う。
あれ、おかしいな確定事項?
私にはこれからしなければいけない雑用や家事が沢山あるんだけど。


「当然だろうが。主人の供をしない犬がいるものか」


貴方達がいつも遊び呆けているとき、私が必死こいて
平間さん手伝って、大量の仕事をこなしているの、知ってます?
お供なんてする時間ないし、その仕事を蔑ろに出来るわけない。

しかし芹沢さんは、有無を言わせぬ口調。
断れば殴られると簡単に予想が出来て、私は重く溜め息を吐いた。