- ナノ -




お、おおう…。

京の街に集う人の多さに、私は慄いた。
将軍が訪れるという異例の事態に浮き足立っているのが分かる。
いつもは暗い街の雰囲気が随分と明るくなっていた。


『野次馬根性旺盛…』


この群集のほとんどが興味本位だろう。
将軍様を一目見ようと集まってきているんだ。
どうしてこう暇人ばかりなのかと、呆れが募った。

言っておくが、私は暇じゃない。
滅茶苦茶忙しいのに、芹沢さんに無理矢理連行されたんだ。
平間さんは「楽しんで来て下さい」と言ってくれたけど
仕事を押し付けていることになるから、やはり申し訳なさが溢れる。
なるべく早く戻ることにしよう。


「すっげェ人だな…これじゃ不逞浪士がいても分かんねェぞ…」
『本当ですね…』


行き交う人並みを掻き分けるだけで一苦労。
こんな状況じゃ不逞浪士なんて発見出来ないし、
よしんば出来たとしても追いかけることも捕まえることも困難だ。

ただでさえ、浪士組は人手が足りない。
警護もへったくれもないじゃないかな。


「ここを通されい!我等浪士組、将軍の警護に馳せ参じた!」


前に出なきゃ何にもならないじゃん…
そう思って、ぴょんぴょん跳んだり人の間を潜り抜けようとしていると
近藤さんが群集に向かって大きく声を張り上げた。

…何だ。
そういうこと出来るなら早くやってよ。何か恥ずかし。
私は軽く頬を染めながら、近藤さん達の後に続いた。

街の人達は「また不逞浪士か」と思いっきり顔を歪めている。
やっぱり浪士組と不逞浪士は一緒くたにされたままらしい。
人並みは崩れて前に出られたけど、周囲から刺さる非難の眼が痛い。


『もっと前に出れないんです?ここからじゃ警護なんて出来ませんよ?』
「無茶言うな!これ以上前に出たら、無礼打ちにされちまう!」
『…そう、なんですか』


野次馬の最前列で怪しい人物を見張る。
それじゃ警護と言えないと言うと、永倉さんが焦ったように言った。
供侍なんて不可能なのが現実か。
浪士組の評価なんて、今はそんなもんということか。


「今のところ、怪しい奴はいないみたいだね」
「事が無ければ最良だ。しかし家茂公がお通りになるまで油断は出来ん」


へ〜へ〜、頑張って下さい。
私には浪士組じゃないから、気を張る必要がなくて他人事だ。
でも彼等の脇にいるのは確かだから、私にも奇異の眼は突き刺さる。

私もこの人達の仲間と思われてるんだろうなぁ…針の筵だよ。
あまりぴりぴりした雰囲気を醸し出さないでほしい。
「何だよ、こいつら」という非難の視線が降り注ぐのだ。

…やっぱ、少し離れてようかな。


「おっ、向こうから馬に乗った奴等が来たぞ!あれじゃねェか」


本格的に距離を取ることを考えて、じりじり蟹歩きし始めたとき。
原田さんが上げた声の内容に、私はぱっと顔を上向けた。
周りの人達もざわめき出す。

周囲に注意を向けていた近藤さんも、ぱっと顔を上げる。
そして目の前を通り過ぎる馬上の人を一心に見つめた。
その瞳がキラキラと輝いて見えるのは、きっと気のせいじゃない。

私もぼーっとして、家茂公を見ていた。
この人が偉い方っていうのは分かるけど、あまり実感が湧かない。
自分にとっては雲の上の人であり、関連性が一切ない人だ。
眼前に現れた今も、何の感慨も抱かない。

そんな私と対照的に、近藤さんは喜びを噛み締めていた。
大きく息を吐いて、情感溢れた笑顔を見せる。


「い、家茂公がいらっしゃったのだな…。
今、馬にお乗りになってそこを…歩いて、行かれたんだな…」


起こった出来事を現実とは思えないと言う様に呟く近藤さん。
いつもなら「繰り返さなくてもそうじゃん」とか
揚げ足を取った台詞の一つや二つ脳裏に浮かぶけど
今はそんなこと微塵も思わなかった。


「良かったですね、近藤さん。家茂公のこと、凄く尊敬してますもんね」


沖田の言う通り、尊敬している人に見えたんだ。
その喜びはきっと一押しだろう。
子供みたいに感激する近藤さんに「可愛いなぁ」と感じてしまったから
皮肉った言葉を考える間もなく、私は生暖かい眼で近藤さんを見ていた。


「我々浪士組が些少なりともお力になれていれば良いのだが…」
「ああ。次はきっと、将軍公の間近で警護出来るようになるさ。
帰ったら早速、嫁さんや子供にも手紙書いて知らせてやれよ」
「う、うむ!そうだな!本当に…本当に…生きていて良かった…!」


これには流石に「大げさじゃね?」と思ってしまった。
でも私がそう思うだけで、将軍様というのはその位だけで
崇められたり敬われたり、一見して嬉しかったりするものなのかな?

沖田や土方さんはそうは見えない。
どちらかと言えば、家茂公を見て喜んでる近藤さんを見て喜んでる気がする。
え…誰?って思うくらい優しい笑顔だし、優しい言葉を掛けている。
優しくされたいとは思わないけど、私とは雲泥の差だな。

…ということは、つまり。
沖田は言わずもがなとして、土方さんも近藤さんが大好き、と。
そういうことだな。