- ナノ -


*参*




目付きと、底意地の悪そうな少年。
さして私と年は変わらない。
その少年の際限なく苛立つ暴言を浴びて、私は震えた。

生まれてこの方、こんな風に言われたことはない。
こいつ、絶対口から生まれてきたんだ。
そうに違いない。

私が確信して、心の中で呟いていると。

「…沖田君。その辺にしておいたらどうですか」
『!』
「あまりおいたが過ぎると、また土方君の雷が落ちますよ」

目の前の少年の名前だろう。
沖田と、そう呼びながら叱責の声が降って来る。

振り向くと、そこには眼鏡を掛けた男性と年配の男性が立っていた。
容貌を見るに、諫言は眼鏡の男性のもの。
彼は少年を見ながら呆れたように目を伏せた。

「おいたって…先に絡んで来たのは彼の方ですよ?」
「そう仕向けたのは君でしょう。見ていなかったと思うんですか?」

沖田が反論しても、男性はそれを跳ねつける。
浪士組の評判を落とすな、と静かでありながら厳しい言葉。
しかし沖田はまだ余裕綽々と、皮肉げに言を返していた。

…口の減らない男だ…
悪いのは明らかにそっちというのに、私に罪を擦り付けるのか。
何て奴だ、と内心毒を吐く。

すると、傍にいた男性が私の方を向いた。
目が覚めたのか、と嬉しそうに柔和な笑みを零してくれる。
この人は、悪い人じゃなさそうだ。
直感で感じたので、ご心配お掛けしました、と笑って応えた。

今度は、沖田と話していた男性だ。
彼は私に向き直り、自己紹介と言って彼等のことを教えてくれた。

何でも、彼等は浪士組として幕府の誘いに応じ江戸から京へと上洛してきたらしい。
私も、耳にしたことがある。

この度の、攘夷祈願という名目で将軍が呼びつけられる異例の事態。
徳川家茂公が、京へと上洛する。
しかし京には不逞の輩がごまんといて、将軍に危害が及ぶ恐れがある。
それを阻止する為、清河という男の発案で人員が集められたと。

噂で聞いた程度だが、こんな感じだったと思う。
政治に興味はないので、いつも耳半分だったが…そうか。
ならば彼等が、そうやって集った者達というわけか。

『ならここは…京の都?』
「ええ。壬生郷の一角ですよ。私は、山南敬助といいます」
『…よろしく』

にこやかに山南という人は挨拶してくれるが
私はどうも、この人の笑顔が胡散臭くてならなかった。
物腰は柔らかいのに、瞳の奥は酷く冷めている。

言葉の一つ一つも穏やかなのに…
私は沖田以上に、彼のことが癪に障った。
人を値踏みするかのような視線が、気に食わなかった。

「私は、井上源三郎というんだ。よろしく」
『よろしく、お願いします』

先程も思った通り、彼は悪い人には見えない。
仕草からも物腰からも人の良さが窺える。
武士というより、農民といわれた方がしっくりくる印象があった。
彼には、山南さんよりもいささか緊張を緩めて挨拶をした。

「沖田君、君も自己紹介をしたらどうですか」
「そんなのする必要ないじゃないですか。どうせ、すぐに出て行く人ですし」
「…すみませんね、彼はどうも気難しい所がありまして」
『……別に、気にしてませんから』

もう分かった。
この少年の物言いに反応した方が負けなんだ。
どうやら顔馴染みらしい彼等も、慣れてしまっているみたいだし
無視することに徹すれば問題ない。

それより、今は自分のことだ。
平助や山南さんの口ぶりからして…
私が上洛する途中に、助けられたってことは事実らしい。

つまり。
あの男に連れて来られたのは紛れも無い現実。
認識していたはずなのに、改めて思うと重い気分になった。

本当に…何故あの男は自分を助けたのか。

『…あの、山南、さん?』
「はい、なんでしょう?」
『私をここに連れて来た…大柄な人って、何処にいるんですか?』

そう聞くと、三人は少し顔を歪めた。
沖田なんかは、露骨に嫌悪を露にした顔をする。
何…あの男は同行者なんじゃないの?

「芹沢さんのことですか…」
『芹沢さん、っていうんですか。その人は、今何処に?』

私は山南さんへと問いかける。
すると沖田が厳しい顔をしながら、話に割り込んできた。

強い猜疑心を宿した目。
警戒心と嫌悪を隠そうともしていない。
探ろうとしているような詰問口調に、少し眉根が寄る。

『あんたには、関係ない』
「関係なくはないよ。君は部外者で、招かれざる客なんだ」
『……お礼を言おうと思った。一応、助けて貰ったから』
「ふうん?」
『それが終わったら、すぐに出て行く』

事実だった。
ここに居つくつもりは、毛頭ない。
あの男の世話のなるのは、まっぴらだ。
だから、沖田の心配しているような事態にはならない。決して。