「なら良かった。ちゃんと出て行ってくれるんだね」
『そうそう。だから早く、その芹沢さんの居場所教えて』
沖田はドキリとするくらい綺麗な笑顔を見せた。
嫌味を言いながら、清清しく笑う。
こんな整った顔をしておきながら、性格が最悪なんて。
神様はとても残酷なことをするものだ。
「芹沢さんなら、外出中です。恐らく、夜には戻って来られると思いますが」
『外出、されてるんですか』
私と沖田の駆け引きを傍観していた山南さんが、所在を明かしてくれる。
彼も私の目的を聞いておきたかったんだろう。
少しばかり冷徹な色を薄めた目で、私を見てくる。
…やれやれ、こんなんばっかだ。
早いところ出て行きたいというのに…
何故こうも障害がたくさんあるのかな。
『なら、待たせて頂きます。構いませんよね?』
「ちょっと待って。君の世話をしたのは、彼だけじゃないんだけど」
『え?』
「近藤さんがいなかったら、君は今も森の中だよ。挨拶くらい、していったら?」
『近藤さん…?』
突如持ち出された見知らぬ名前に、首を傾げる。
沖田は誇らしげに、この浪士組で一番偉い人だと言い放った。
どうしてそんなに嬉しそうなのかさっぱりだ。
でもその近藤さんが、ここの責任者だというのは理解した。
それならば、挨拶しないわけにもいくまい。
私はその人の居場所を、沖田に尋ねる。
「僕が案内するよ」
『そう。ありが…』
「部外者に建物の中うろうろされたら、気分良くないし」
『…』
だからどうして、こう人の神経を逆撫ですることを言うのだ。
わざとそう言う風に発言しているのか?
いや、そうとしか思えない。
折角言おうとした礼の言葉も、引っ込んでしまった。
素直になれば、こっちが馬鹿を見るじゃないか。
「彼は、私は案内します。君は剣の稽古をしていて下さい」
『!』
「ろくに稽古をしていなかったんですから、体が鈍っているでしょう」
「そんなことありませんよ」
「いいから、稽古をしていなさい。これは命令です」
山南さんの強い口調に、沖田は肩を竦める。
嘆息しながら、ふっと視線を鋭利にさせて、呟く。
「もし近藤さんに何かあったら、山南さんでも僕、容赦しませんから」
その何かがあれば、私…
山南さんという男すら、殺してやると言わんばかり。
込められた鋭い刃に、背筋がすうっと冷えた。
本当に、山南さんの申し出は天の助けだ。
沖田みたいな男と、私はもう一秒でも共にいられそうにない。
奴が立ち去った今も激しい動悸がしている…。
いつも耐えている彼等に拍手喝采したい。天晴れだ。
ほうっと胸を撫で下ろした私の横で、会話が進められる。
井上さんは、食事の仕度を手伝いに行くらしい。
柔和な笑みを浮かべて、そのまま歩いて行ってしまう。
それを見送った後、山南さんは私の方へと向き直る。
「さて、それでは行きましょうか」
『はい』
そうして私は、山南さんの案内を受けて
近藤という人に会う為に近くにあるらしい八木邸へと向かうことになった。
近藤さんの下へ行く途中、山南さんが少し説明をしてくれる。
浪士組が滞在しているのは、さっきの前川邸…
それから、その隣にある八木邸という屋敷らしい。
八木邸には奥さんも子供もいるが、前川邸は何故か無人。
理由を聞いたが、彼は答えようとしなかった。
何か、言いたくないような事情があるのか。
それなら深く詮索はしまいと、黙って後をついていった。