- ナノ -




「そういえば、月島君」
『はい?』
「君は私達が置かれている立場をどの程度理解していますか?」


念の為、訊いておこうと思いまして。
そう言いながら、山南さんは真剣な顔をして私を見た。

…えーっと、浪士組の現状ってこと?
そんなこと聞かれてもなぁ…。
ぶっちゃけ言うと、私はいずれ出て行くからどうでもいいっていうか…


『よく分かりませんね。成り行きでここにいることになっちゃいましたから』
「…そうですか」


芹沢さんに無理矢理ここに滞在するよう命じられただけ。
立場とか政治的なこととか、そういう小難しいことは分からない。

第一詳しいことなんて、この人達は部外者の私に一切教えてくれないじゃないか。
それなのに何か考えろって言う方が無茶だ。
大変なんだろうなって、抽象的な感想しか持ち合わせていない。


「なら、疑問に思うことを教えて下さい。私がそれに答えますから」
『え』


さあ、何でもござれという顔をする山南さん。
何か完全に質問しなきゃいけない態勢になっちゃってる。

…ええ〜…
今私ご飯食べてなくて、滅茶苦茶空腹なんですけど。
強いて言うなら「もう帰っていいですか」と質問したい。
「駄目」って言われそうだけど。


『なら、一つだけ。貴方達は今後どうするおつもりですか?』
「どう、とは?」
『ここに残ることにしたんでしょう?』
「そうですね」
『なら、資金とか後ろ盾と…安定しない状況でこれからどうするんです?』


会津藩の話だって、断られちゃうかもしれない。
そうしたらここの人達は、命綱を断たれるってことになる。
それを考慮した上で、今後何をしようとしているのか。
私が疑問に思うことといったら、それくらいだ。


「浪士組でない君には、何の関わりもないと思いますが…」


そう思うなら、何故疑問点を挙げろと言った。
私が浪士組に関係ないなんて初めから分かり切ってるのに。

ていうか、全く関係ないってことはないですよ。
浪士組が経済的にきつくなるのは、私のご飯も怪しいってこと。
流石におまんま食いっぱぐれるってのは勘弁して欲しいですし…

後半部分のみ山南さんに向かって零した。
前半は後が怖いから言いません。


「ひとまずは、活動資金ですね。
本格的に活動し始めると、今の人数では足りなくなりますから…」


不逞浪士を相手にするに当たって、腕立つ隊士が必要になる。
けれどそういう輩は、大抵国の為に頑張ろうなんて考えない人種。
目の前にそれなりの大金をちらつかせるのが一番だ。

宿代はいいとしても、食費は嵩む。
人数が増えれば、更に沢山の金銭が必要になる。
何にしたって、資金稼ぎというのが一番にすべきことだろう。

世知辛い世の中ですからね。
山南さんは苦笑混じりの笑いを零して、そう言った。

…結局、お金がなければ何にもならないんだ。
お金の大切さは身に染みているからか、私はしみじみそう思った。
これからが一番大事なときで、一番大変なときになるんだろうな。


「他にはありませんか?」
『もう充分です。ありがとうございました』
「…このご時世ですからね。無知なまま流されていると、取り返しのつかないことになりますよ」


礼を言うと、ぼそりと脅しに似た言葉で返される。
沖田といい土方さんといい、ここの人は脅すのが趣味なのかな。
嫌な趣味だ。


『ご心配なく。自分のことは、ちゃんと自分で決めてますから』


芹沢さんに言われて、ここに残ると決めたのは私。
誰に何と言われようと、最終的な判断は自分でしているつもりだ。
他人に決定権を委ねる気はない。

流されているわけじゃないのだ、とにっこり笑って答えてやる。
すると山南さんも、ふっと口の端を緩めた。


「なら、いいんですよ。空腹のところ引き止めてすみませんでしたね」
『…』


私がお腹空かせていることを分かっていて
わざわざ足止めをしたこの人は、とても良い性格をしていると思った。
絶対に敵に回したくない人番付けで一位に挙がる。

若干顔を引き攣らせつつ、もう一度墨について礼を述べて
私は山南さんの部屋を後にした。


『…何だかなぁ…』


芹沢さんだけじゃなくて、他の人も相当な曲者だ。
内に秘めているだけで、心の奥にはとても凶暴な物が犇いてる。
土方さんと山南さんがその筆頭だ。

ああ…後斎藤もそうかな。
彼は一見冷静に見えるけど、一度切れたら手が付けられなくなりそう。
沖田は全然内に秘めていないから除外。



ここに来てから数日経って、大分上手くやっていける気がしていたけど
あれ程濃い人格者達に囲まれて、私は本当に生きていけるのかと
また不安が胸中に渦巻いた、春の昼下がり。