- ナノ -



『っ、わぁっ?!』

平助と口論を続けていると、いきなり。
何者かによってぐい、と襟首を掴まれてしまう。
驚いた声を上げる私に驚き、平助は咄嗟に手を離す。
しめた、と思うのに掴まれているせいで逃げられない。

「な〜に大騒ぎしてんだ?廊下でギャーギャー騒ぐんじゃねェよ」

声の主は、やたらと背が高い。
その上、かなりの美形といえる容姿をしている。
背後からの声に振り向いた私は、男と至近距離で見つめ合う体勢になってしまった。

当然、顔に熱が集まる。
男に免疫のない私に、顔の整った男。
こんな状態でまともに会話なんて出来るかと、思い切り首を振った。

離せ、という意思表示。
しかし男は意にも介さず、じろじろと不躾な視線を向けてくる。

「見慣れない顔だな…この家の客人か何かか?」

凄い馬鹿力だ。
さんざん暴れているというのに、全然気にしていないし
未だ足が宙に浮いたままだ。
ああ…その顔を近付けるな!!

「そいつ、上洛するとき会った奴だよ。今、起きたんだ」
「ほォ…道理で見たことあるはずだ」
「目が覚めたのか。良かったじゃねェか」

やたら美形の男の後ろには、筋肉隆々の男が立っていた。
こちらも結構な男前だ。

その男達は私を猫みたいに扱いながら会話をする。
私の存在は丸無視か。
人を何だと思ってるんだ、と一際力を込めて手を振り払った。

『人を猫みたいに扱わないでくれる!』
「おお、そりゃ悪かったな。だが、人様の家で騒いでたのはお前の方だぜ?」
『うっ…。それは、申し訳なかったけど…』

でも、私だけじゃなく平助も同罪だ。
彼に挑発されて声を荒げたようなものだし、腕を離してくれなかった。
口内で言い訳すると、男はにやりと笑う。
そして私の頭を、ぐしゃぐしゃと撫で回した。

「結構素直じゃねェか」
『ちょ、触るな!髪が乱れる!!』
「寝起きでボサボサなんだ、大して変わりゃしねェよ」

男は悪びれもせずのたまった。
むっとしながら、ぱしっとその手を払う。
今は男装してるから仕方ないかもしれないが…髪は、女の命だ。
やすやすと触られて、気分のいいもんじゃない。

きっと睨むと、悪かったよと謝罪の言葉。
この男も見た目にそぐわず潔い。
謝らなければ怒れたのにと矛先を失い、ぐっと詰まった。

「オレの名前は、原田左之助。お前は?」
『…そっちの子に名乗った。勝手に聞けばいい』

ぷいっとそっぽを向き、ぞんざいに返す。
すると次の瞬間、脳天で物凄い音がした。
目の前で星がちらちら輝くのが見えたくらい、凄い衝撃。

あまりの痛みに呻きながら、手のひらで頭を覆う。
ズキズキする…何て暴力的なんだ、男は。
だから嫌いなんだと涙目になって睨むと、左之助という男は私を睨んでいた。
指をポキポキ鳴らしながら、口角を吊り上げる。

「…良い度胸だ…世の中を上手く渡る方法を、教えてやろうじゃねェか…」
『いった…有り得ない…普通殴るかぁ?!最低、野蛮人!!』
「人が名乗ったら、自分も名乗るもんだろ。何だ、さっきの態度は」
『口で言えばいいじゃないか!』

言葉で意思を伝えられるのに、何故殴るのか。
手が先に出るなんて、相当野蛮な男だ。
頭に筋肉でも詰まってるんじゃないのか。

「横柄な奴にゃ、こっちのがよく分かるだろ」
『口の方が分かるっての!!』
「で?名前、名乗るのか、名乗らないのか?」

正直に名乗るならいいが…もし名乗らないなら、と
再び鳴らされる男の関節。
その音が不気味に鼓膜に残り、まだ消えない痛みを鮮明にする。

また殴られては堪らない。
私は渋々、本当に渋々、自分の名前を口にした。

『…月島、響』
「響か。最初から素直にそう言っときゃいいんだよ」
「左之にゃ逆らわねェ方がいいぜ…こいつ、男には手加減ねェから」

女ですから。
言ってやったら男が後悔するかと思うと、言いたくなる。
けれど余計面倒になりそうなので、黙っておくことにした。

どうせ私はすぐにここから出ていく。
知らないなら、わざわざ知らせる必要もあるまい。
それは名前だって同じなのに、左之助の傍らの男も自己紹介をしてくる。
知っていても知らなくても、変わらないというのに。

「撃剣館で、剣を学んでたんだ」
『…撃剣館?』
「おっ、知ってんのか?お前も剣術、やってたとか…」
『違う』

即座に否定して、腰の刀に触れる。
旅の共として持ってきてしまった、刀に。
突っぱねた言い方のせいか、永倉と名乗った男はそれきり黙ってしまう。

私は視線を逸らし、彼等に向き直った。
平助が勝手に出て行くなと言っていたから…
一言礼を言えば、満足するだろう。