- ナノ -



―――思いっきり、声の限り。
張り上げられた絶叫は、私自身の鼓膜を突き夢の闇を裂く。
ばっと目を開けば、見慣れない天井が目に映った。

じっとりと汗が絡んで、肌着がそれを吸い上げている。
すっかり重くなっているそれは、体に吸い付いて鬱陶しい。

『…はぁ…』

額から汗が一筋、伝って落ちる。
その後にも幾つも水滴が輪郭を辿っていく。
手の甲で額を拭い、重く息を吐き出した。

まだ、絡み付いてくる。
亡くなっても、母は私を逃がす気はないらしい…
こうして夢にも出てきて、説教を続けるのだ。
忌々しくも執念深い、あの人らしい呪縛だった。

弱弱しく頭を振って、髪を掻き上げる。
そこでようやく、自分がいる部屋に意識が向かう。

『…ここ…何処…?』

私は確か、江戸から京へと向かう途中で…
森の中で行き倒れてしまったはずではなかったのか。
なのに、どうしてこんなところにいるのか?
疑問に、首を傾げていると。

「あっ、気付いたのか!
よかった〜!全然目ぇ覚まさないから死んじまったかと思ったんだぜ!」

襖の開く音がして、少年の声が響いた。
見上げると、成る程。
声にそぐう元気の良い、明るい笑顔の少年がいた。

私より、少し年下だろうか…
幼い好奇心の塊の子供みたいに次々と語り掛けてくる。
口を挟む隙すらない。

「お前、一週間も眠ってたんだぜ!本当、起きてくれて良かったぜ!」
『えっと、貴方は…』
「あ、オレ、藤堂平助って言うんだ。こないだ、江戸から出て来たんだ」

藤堂、平助…
名前を噛み締めながら、私は身を起こした。
しきりに心配してくる彼を手で制す。
少しクラクラするが、人に手を貸して貰う程ではない。

「お前、何て名前なんだ?」
『…月島響』
「響か」

何か、女みたいな名前だな。
平助はそう言って、人好きのする笑顔を見せた。
女、みたい…まあ、女の名だから当然だ。
ということは、私の性別を分かっているわけではないらしい。

思案するように、目を伏せる。
すると平助は私が気分を害したと思ったのか、すぐさま謝罪をしてきた。
その素早さに、素直な少年だなと感心してしまう。

『いい。気にして、ないから』
「そっか…あ、オレのことは平助って呼んでくれよ」
『平助、ね』

にこやかな平助は、悪い人間には見えない。
けど、腰に刀を差しているという以上…
武士には、違いないんだろう。

私は、面倒を掛けたね、と言いながら立ち上がった。
よく分からないが、ここは多分あの男に連れて来られた所だ。
森の中で人を馬鹿にしてくれた、あの男。
思い出すだけで、むかっ腹が立ってくる…。
この場に奴もいるなら、早々に立ち去るに越したことはない。

『御礼なんて出来ないけど…助かった。ありがとう』
「っ、!」

薄く笑むと、平助は頬を紅潮させた。
その隙を突くように、私はさっさと襖から廊下に出た。
しかし彼は後を追って部屋を出ると、私に追い縋ってくる。

「おい、待てって!オレ、お前を見てるよう頼まれてるんだよ!」
『ちょ…!は、離してよ!そんなの知らないって!』

必死に言い募り、袖口を掴む平助。
振り払おうとしても、ぎゅっと掴まれていて敵わない。
元々、男の力に敵うはずもないのだ。

な、何この子…すっぽん?!
離せと言っても一向に聞かない平助を、そう形容してみる。
しつこい…粘り強い?
いや、言い方を変えても面倒なことに違いは無い。

『何、どうしろっていうの!』
「だから、勝手に出て行かれちゃ困るんだって!」

ぐぬぬぬぬ…と着物の引っ張り合いをする。
袖が千切れそうになるが、構うものか。
こうなりゃ意地だ。

『いい加減離してって!』
「離せねェよ!そっちが離せよ!」
『掴んでるのはあんたでしょ?!』

ここが人様の家ということも忘れて、声を上げる。
平助も譲らない、私も譲らない。
というか、私の場合譲ったら身包み剥がされることになるじゃないか。
変態か、この少年。