勝志摩

2011/12/10 23:34

ぼんやりと、雲がかかったりかからなかったりを繰り返す京都の空を眺めた。学校で今晩皆既月食があるから、時間があったら見るように、と理科の先生が勧めていたから、と誘われて外に居るのは良いのだが、酷く寒い。廉造は身震いを一つすると肩にひっかけてあったジャンパーを手繰り寄せた。

「雲が邪魔でよぉ見えへんな……」

ぽつり、と呟く勝呂にそうですね、と少し擦り寄ってみれば、更に雲がかかってしまう。そして、廉造にばれない程度を考えて勝呂がこっそりと少し横にずれたのを見逃さなかった。
これか。廉造は胸のうちに零す。ようやく彼が何故自分一人だけを誘ったのかを理解したのだ。

「せやけど、お月さん見えてはるときはえらい綺麗ですよ」

そして廉造ははっきりとそういうと、勝呂へと寄せた頭をこちらへと戻したのだ。きっと彼は気がつかないだろう。だって、彼は月に意識を集中させようともがいているから。そんなに自分と一緒は退屈なのだろうかと、少し落ち込む。一瞬にして空白が生じた。

「月が、綺麗ですね。坊」

再度、声をあげたのは廉造だった。今度は聞こえるかどうか危うい声量で、ぽつり、と呟く。この言葉のもう一つの意味が何なのか、なんて無粋な説明はいらないだろう。なんせ相手は見た目こそヤンチャではあるが、中身は真面目なのだ。きっと、気がついている。しかし、やはり勝呂は黙ったままだ。もしかしたら、なんて事は考えなくてもいいだろう。ただだんまりをきめこんでいるのだ、気がついていて、あえて触れない。廉造の最後のもがきだというのに、なんと意地が悪いのだろう。廉造は服の裾を引き伸ばして口元に当てた。 指先が切れてしまいそうに寒い。

「志摩」

と、不意に月を眺めたままの勝呂がこちらへと声を掛けてきた。一体何事だと、勝呂を向くが、視線を感じてもなお彼は月を眺めたままだ。その状態で、そっと言葉を紡ぐ。

「皆既月食て、えらい綺麗に消えていくんやなぁ。なぁんも無いみたいに、端っこから順番にこっそり。」

そこで勝呂は一度言葉を止めた。そして深く呼吸をすると、一瞬ためらいを見せた後ぼそりと続ける。

「なぁ、俺らも、こんなふうに自然に終われる日、くるんやろか。俺はどう足掻いたかって、この先いつかは、血を繋がんとあかん。けど、それは志摩には無理や。出来へん。だから、終わりが来る。お前を愛人になんかしとうないからな、終わりが絶対に来るんや。そんで、志摩よりも優先せんとあかん人を作らんとならん。前は大丈夫や、なんとかなるて言い張っとったけど、そんなん、よぉ考えたら無理やった。俺はどう足掻いても勝呂や。それその指す意味をはっきりと理解しとらんかったんや。」

そういうと寂しそうに勝呂は微笑む。そして、切り出すのだ。

「俺がここで気がつけたんがいい機会や。ここで、終わりにしてくれへんか。」

―――分かっていた。いつかは、こんな日が来ることを。知っていた。勝呂、という言葉の持つ意味を。だけれども、それでも、どうしてもと一瞬の幸せを切望し、承諾したのは自分だ。自分以外の何者でもない。それでも。それでも一度手に入れたと思ったものを手放すのはとてつもなく苦しいことらしい。

「きっと、こん話やって、思っとりました」

廉造は涙を隠した声を作るとそう静かに告げた。こんどは廉造が月を見上げる番だ。上を向けば、涙はこぼれない。声が上ずってるのだって、多少は隠せるかもしれない。

「いつかこんな日が来るんや、て最初から知っとりましたもん」

勝呂は何も言わない。廉造も、そう言い切ったきり、何も言わなかった。ただ二人は静かに月を眺める。 雲は先程よりも薄くなっていたが、あたりもより暗くなっていく。
そして、風が二人の間を通った次の瞬間そこには、雲ひとつ無いくせに、月の見えない空がただただあったのだ。


(111210)

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