プレゼントにリボンをかけて(塚不二←千石)
2014/10/07


 大好きなヒトの大切な日……何を贈ればキミは喜んでくれるだろう?


 10月7日──秋晴れの休日の午前。
 ここ新宿サザンテラスには心地よい風が吹き、道行くカップル達を祝福していた。
「はーあ、今日は南西の方角がラッキーな筈なのになー」
 溜息まじりに呟きながらも、どこか楽しげにその様子を眺めているのは、自称『ナンパの達人』千石清純。しかしながら、本日はまだ誰にも声を掛けていない。
「カップルばっかり……ハハ、場所が悪かったかな。これじゃ『恋愛運◎』も当てにならないっかなあ」
 と、スケジュール帳を開くと呪文を唱えるかのように丁寧になぞってみる。
「10月7日……方角は『南西』。ラッキープレイスは『遊歩道』、ラッキーアイテムは『サボテン』。……サボテン?? サボテンかあ」
 新宿サザンテラスにはサボテンは生えていない。
 南の島にでも行くべきだったかな〜などと自嘲気味に続ける。
「恋愛運は二重ま……ああっ!」
 その時、千石の目線の先にラッキーアイテム『サボテン』が浮かんでいた。正確にはラッピングされたサボテンを大事そうに抱えた少女がこちらに向かって歩いてきていたのだが。
(げっ、、激マブ〜)
 陽に透ける白い肌。風になびくサラサラの髪。整った目鼻立ちに柔らかい表情。しなやかな身体……。
(モロ好みじゃ〜ん。オレのラッキーアイテムまで持ってるし、これって運命だよね〜)
 勝手な解釈と共に千石は躊躇することなく、近付いてくる美少女に声を掛ける。
「ねえ、キミ今ひとり?」
「…………」
 警戒しているという程ではないが怪訝そうに千石をじっと見つめる美少女に、人懐こい笑顔で更に口説きにかかる。
「キミ本当にすっごく可愛いね。オレ今ひとりで寂しかったんだー。お茶奢っちゃうから少しお話付き合ってよ、ねっ」
 古典的なナンパ。しかし千石の親しみやすいキャラクターが功を奏しているのか意外に成功率は高い。現にこの彼女も微笑っているではないか。
(うわ〜笑うと一段と可愛いんだ〜やっぱこのコに声掛けて大正解。あれれ? でもこの笑顔どこかで……?)
「フフ、相変わらずだね。千石くん」
 ふわりとした声で美少女が千石に話し掛ける。
「・・・!! あーっ! もしかして、不二く、ん?」
「あ、た、り」
 そう、美少女の正体は不二周助であった。
「ゴメンゴメン。私服だったから、まさかさー」
「クスッ。僕はすぐ分かったよ。千石くんの頭って目立つんだもん。最初はわざとやってるのかなとも思ったんだけど」
 そういえば初めて会った時にも女の子と間違えてナンパしてくれたよね、男テニの試合会場だったのに、と不二は柔らかい笑みを向ける。
「だって不二くん可愛いんだもーん。って、もしかして気を悪くしちゃってる? 女の子と間違えちゃって」
「別に、今日キミで4人目だから。ナンパ。もちろん全員丁重にお断りしたけどね」
 日常茶飯事なのだろう、本当に気にしていない。
「えーっ、じゃあオレも断られちゃうの?」
「だって僕、男だよ」
「そりゃあオレ男よりは女の子の方が断然好きだけど、不二くんは特別なんだ。何しろ、あの日オレ不二くんに一目惚れしちゃったんだから」
 冗談めいた言い回しだが突然の愛の告白(?)に不二は面食らってしまう。
「ここで会ったのも何かの縁、オレと付き合ってよ」
 千石は不二の右手にすっと唇を寄せると手の甲に軽くキスを落とす──「うん。可愛い手だ」
「せ、千石くん……、」
 その時、動揺した不二の左手からサボテンが滑り落ちた。
(あっ! オレのラッキーアイテムがっ!!)
 果たしてサボテンは無事であった。千石が持ち前の動体視力と反射神経を駆使して、地面に激突する前にキャッチしたから。
「うん、オレってナーイス。はい。ダメだよ、しっかり持ってないと。大事なものなんデショ」
「あ……うん。ごめんね」
「え? 不二くん悪くないよ。オレがいきなりあんなコトしたから驚いちゃったんだよね。ゴメン! 嫌だったんなら冗談だって流してくれて構わないからさ」
 詫びながらも今の行為が本気であったことを千石は仄めかす。不二の瞳が小さく揺らいだ。
「千石くん……ごめんね。僕、今日は先約があって……ここで待ち合わせしてるんだ、その……ごめんね」
 不必要に「ごめんね」を繰り返す不二に、千石は待ち合わせ相手が恋人、或は想い人であるのだと直感した。そして同時にこんな可憐な不二を独り占め出来る羨ましい野郎(←既に男だと決めつけている)の面を拝んでみたくなった。
「待ち合わせ時間は?」
「……11時」
「じゃあ、それまでお話してようよ。それくらいならいいデショ、ねっ」
 不二をオープンテラスのテーブル席に座らせ店内に消える千石。少し経って二人分のコーヒーを手に戻ってくる。不二はいつもの笑顔で迎え、千石の好意をありがたく受け取った。
「そっかー、相手は手塚くんだったんだー。デート?」
「そんなんじゃないよ。……少なくとも、手塚はそんなつもりじゃないと思う。僕はデートだったら嬉しいんだけど。ほら手塚って品行方正で恋愛に興味ないっていうか、まして男同士なんて……」
 意外にあっさり手塚への恋愛感情を白状してしまう不二。千石も不思議と嫉妬心は芽生えず、今はただ愛しい彼が自分に心を開いてくれているという事実が嬉しかった。
「今日もね。中間テスト近いからさ、参考書選びに付き合ってって、……手塚は近所の本屋でもよかったみたいだけど、僕が紀伊國屋がいいって我が儘言ったんだ」
「うんうん、分かるよ。不二くんは手塚くんと並んでこういう場所を歩きたかったんだよね」
「……うん」
 道行くカップルをチラと見てはにかむ不二を、千石は改めて綺麗だなと思う。見惚れる程に。
「馬鹿みたいなんだけどね」
「いや、きっと手塚くんにも不二くんの熱〜い想いは伝わってるよ☆」
 少し悔しいから、不二の笑顔に茶化すようにエールを送ってあげた。
「千石くんってば、ふふっ」
 それでも幸せそうなキミ。それでも嬉しい自分がいた。
「──ところでさあ、そのサボテン」
「ん?」
「手塚くんへの誕生日プレゼント? 確か今日だよね」
「って、え? なんで千石くんが手塚の誕生日知ってるの?」
「それはね・・・ジャーン♪」
 そう言って、千石はスケジュール帳の10月の頁を開き不二の方へ向ける。7日の欄に『青学手塚くん誕生日』と記してある。
「ちなみに10月4日は、あの氷帝の跡部くんの誕生日なんだよ」
「詳しいんだね」
 不二の誕生日もしっかり記してあった。2月29日、欄がないのでわざわざ手書きで枠が作られてあるのが千石らしくて微笑ってしまう。
 なぜ他校生の誕生日にそんなに詳しいのか、聞けば、占いで対戦相手の研究をしてるからだとか。乾のデータとはまた違った意味で活用される千石の攻略マル秘データなのだろう。
「ねえ、手塚の欲しい物って何だと思う? 僕いろいろ考えたんだけど思いつかなくって。取り敢えず自分の好きなサボテンを買ってみたんだけど、興味ない人には嬉しくないよね」
「う〜ん。オレだったら不二くんから貰えるなら何だって嬉しいけどなあ。でも、そうだね……手塚くんて、本当に欲しい物以外はいらないってカンジだよねえ」
「そうなんだよ」
「かといって、本当に欲しい物は自らの手で掴み取るんだー!……ってタイプっぽいしねえ」
「・・・そうなんだよ」
「落ち込まないでっ、ホラあと半日あるし、今日これからずっと一緒にいれば手塚くんの欲しい物もきっと見えてくるよっ」
「うん、ありがとう千石くん。一緒に考えてくれて。それに笑わないで僕の話聞いてくれて」
 もう一度「ありがとう」。それから極上の微笑み。
(ああ、やっぱり可愛いなあ。手塚くんに不二くんはもったいな……くはナイ、か。ううっ、清純っ、オトナになるんだ、ここは祝福、祝福っ)
 せめて最後にひと触り、と千石の手が不二の頬に触れたその時、
「──待たせて、すまなかったな」
「「て、手塚(くん)っ!」」
 待ち合わせの時間より10分早く現れた手塚が不機嫌そうな顔で、二人のテーブルの側に立っていた。「怒らせちゃった?」「大丈夫、手塚っていつもあんな顔してるから」などと小声で話す千石と不二。
「行くぞ、不二」
「あ、うん。それじゃ……千石くん。ありがとう。ごちそうさま、またね」
「バイバーイ、不二くん♪」
(あはー……手塚くんってば、面白くなさそうにこっち見てるなあ……あれ?ってコトは。なんだ。そういうコトなんじゃん)
「……」
「どうした、不二?」
「手塚、ちょっとだけ待ってて」
 不二は千石の側に駆け寄って、テーブルの上にサボテンを置いた。
「千石くんにコレあげる」
「サボテン……いいの? 手塚くんへの誕生日プレゼントなんじゃ……」
「一緒に考えてくれたお礼。ラッキーアイテムなんでしょ」
 どうやら、さっきスケジュール帳を広げていた間に、しっかりチェックしていたらしい。
「千石くんにも素敵な出会いがありますように」
 ニッコリ。その笑顔を目の当たりにして千石は決心した。
「不二くん、少しの間じっとしてて」
 千石は貰ったサボテンのラッピングから青色のリボンをほどくと、不二のサラサラの髪の下から通して、ヘアバンドよろしく前髪の上辺りで蝶々結びする。
「うん、最高☆ 本当は妬けるから教えてあげないつもりだったんだけど……手塚くんの『本当に欲しいモノ』はね・・・」
 そっと耳打ち。不二の頬がみるみる紅潮する。
「・・・ボ、ク?」
 肯定の代わりに笑顔を返すと千石は手塚を手招きした。
「手塚くん、ハッピーバースデー♪ ホラ、不二くん」
 肩に手を添えくるりと手塚の正面へ向かせてやる。
「不二……どうしたんだ。その頭の浮かれたリボンは」
「手塚っ、こ、これはね……」
「あーもうっ、鈍いなあ手塚くん。不二くんからの誕生日プレゼントなんだってばさ」
「誕生日プレゼント? 不二が?」
「だからね、不二くんの頭のリボンをほどく権利はキミだけがもってる、ってコト」
「手塚……、僕、何をあげたらキミが喜んでくれるのか一生懸命考えたんだ。だけどキミの本当に欲しいモノが見えなくって」
「不二……」
「ねえ、手塚……もしよかったら……受け取って」
 そこまで言われてさすがの手塚も二人の意図するところを察したらしい。
「抽象的な表現は苦手なんだが。俺がお前を貰っていい、という解釈でいいんだな、不二?」
「うん。うん、そうだよ手塚。ねえ、貰ってくれる?」
「当然だ。これ以上欲しいモノはない。……最高のプレゼントだ」
 感激で手塚の胸にもたれる不二。手塚も持て余していた両手を不二の背中にそっと回し、壊れ物を扱うかのように優しく包み込んでいる。
(あーあ、オレって超イイ奴じゃん。それにしても手塚くん、キスくらいしてあげればいいのに……あの調子じゃ、不二くんも不完全燃焼だよなあ。ああ、オレんトコくれば心もカラダも寂しい思いなんてさせないのに……)
 だけど自分は手塚じゃないから仕方ないか──…。
「なあ、サボテンくん。今夜は二人で語り明かそうぜ」
 幸せな二人を見送った。

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