『初めまして』

 転校生がやって来るらしい。それは普段そういった話題に疎い赤葦も知っている事だった。

「なぁ聞いたか!? 俺らの学校に転校生来るらしいぜ!」

 クラスメイトである男子生徒が朝、6組に入ってくるなりそんな言葉を既に教室に居た別の男子生徒に投げかける。

「え、まじで? 女子? 男子?」
「俺もそこまでは知らねぇ!」
「まじかよー。そこが肝心じゃねぇか!」

 赤葦はその落胆した男子生徒の言葉に“女子”と答えてみる。声は出さず、心の中で。口に出してその会話に巻き込まれるのが面倒だからだという考えに至ったからだ。

 何故赤葦がここまで転校生の事情に詳しいかというと、実際に遭遇したからだ。その転校生に。



 朝、いつものように練習を終えて体育館の鍵を返しに職員室に寄った時。見慣れない制服を身に纏った女子生徒が1人、職員室前に居た。その佇む姿がどこか困っているようで、赤葦は堪らず声をかけた。

「あの……どうかし、ましたか?」

 何者か分からないその生徒に赤葦はタメ口で良いのか一瞬迷って敬語にした。しかし、その女子生徒はそんな赤葦の遠慮を気に留めず、遠慮なく赤葦へと視線を向けて口を開く。

「私、今日から梟谷学園に転校する2年のみょうじって言います。田島先生を尋ねろて言われとったけど、誰が田島先生か分からんくて。大声出すんも恥ずかしいなぁて思ってた所で……。あ、君。えっと……」
「赤葦です」
「赤葦くん。田島先生ってどこ居るか分かる?」

 田島先生とは赤葦のクラスの担任である教師の名前だ。その田島先生を転校生であるみょうじが探しているらしい。そういう事ならば、

「俺、今から職員室入るから、良かったら田島先生呼んで来ようか?」

 こうしたら早いのではと思った赤葦の提案に「ええの!? 助かる。ほんなら、お願いします」素直に乗っかるみょうじ。

「じゃあここで待ってて」

 みょうじにそう言い残し、職員室で無事に田島先生を捕まえてみょうじの待つ場所へと戻る。

「おお、君がみょうじか。今日からよろしくな」
「先生、今日からよろしくお願いします」
「あ、制服渡すから着替えたらまた職員室においで。そこから一緒に教室に行こう」
「分かりました」

 田島先生とみょうじのやり取りを見守っていた赤葦に田島先生が声をかけてくる。

「赤葦、今日からお前と同じクラスになるみょうじだ。色々と頼むな」
「え? あ、はい」

 色々と、とは? そんな事を思っている赤葦の生返事をさして気にも留めずに田島先生はみょうじの制服を取りに教室へと戻っていく。田島先生が居なくなり、再び赤葦とみょうじの2人だけの空間が戻る。

「赤葦くん、6組なんや?」
「うん。そう」

 みょうじの問いかけに端的に答える赤葦。そんな赤葦に「教室入る前に知り合い出来て嬉しいわ。また後で会おな!赤葦くん」とにこやかに笑ってみせるみょうじ。

「うん。じゃあ、また」

 赤葦はそんな言葉を返し、一足先に教室へと向かって歩きだす。数歩歩いた所で少しだけみょうじへと視線を返すが、みょうじは職員室の入り口を眺めていて、目線が合う事は無かった。

 そんなみょうじの姿を見届けた後、赤葦も視線を前へと戻し再び歩みを進める。


 何となく、彼女の事が気になってしまうのは普段聞き慣れない言葉遣いをするからなのか。それとも転校生だからなのか。そんな事を思いながら歩く赤葦だったが、その疑問の答えは出せずに教室へと辿り着き、先ほどの男子生徒の言葉を聞くに至るのだった。




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