『ようこそバレー部へ』

 みょうじが教室に入って来た時の男子生徒の浮き立つ様子は端から見ていても手に取るように分かった。そしてそれは女子も例外ではない。

「初めまして、みょうじなまえです。父親の転勤で関西からこっちに引っ越す事になりました。2年生からですが、これからどうぞよろしくお願いします」

 微妙にイントネーションが異なるみょうじの話し方を聞いた女子生徒も違う地域からやって来た転校生に興味を示した。

 そして挨拶を終え、朝礼が終わるなりみょうじの周りは即座に人だかりが出来ていた。転校生だし、話す相手が居なかったら……などと考えていた赤葦の考えは杞憂に終わる。

 これなら、直ぐにみょうじさんも周りに受け入れられるだろう。話す姿を見る感じ、彼女は人当たりも良さそうだ。

 そう思った赤葦は教室の端にある、窓際の列の1番後ろという自分の席で静かに1限目の授業の準備へと取り掛かった。これで俺の日常は元通りだ、とそんな事を頭の端で考えながら。



「今日から梟谷学園に転校してきた2年生のみょうじなまえです。今日からマネージャーとして入部します。これからよろしくお願いします」

 今日1日でみょうじの口から発せられる自己紹介を聞くのは3回目であった。朝に2回と放課後である今の1回。それはみょうじが今赤葦の所属するバレー部に居るからだ。

「わ! 関西弁! やべぇな! ほんまもんだ! 噂本当だったんだな!」
「え、噂てなんですか?」
「2年6組に関西弁の女の子が転校してきたって! しかも可愛いって!」
「それは、前半は本当やけど後半が嘘ですね」
「え! そんな事ねぇって! あ、俺、木兎光太郎っていいます! 一応この部の主将な! そんでこっちが副主将の赤葦京治! んで、こっちが――」

 木兎によって行われた部員の紹介を聞いた後に「皆さん、これからどうぞよろしくお願いします」とお辞儀をするみょうじ。そんなみょうじに一同が野太い声で「シァス!」と返す。そんな声にも動じずにニコニコとした笑みを返していたみょうじが赤葦の方を向く。

「赤葦くん、朝は体育館の鍵返しに来てたんやな」
「そうだよ」
「初めて会うた生徒が赤葦くんで、その赤葦くんとクラスも部活も一緒やなんて、なんか奇遇やなぁ」
「確かに。俺、みょうじさんの自己紹介3回聞いた」
「ほんまやなぁ。私も同じ相手に3回も名乗るのは初めてや。奇遇ついでに色々と頼らさせて貰うな」
「うん。何か分からない事あったら、白福さんや雀田さんだけじゃなくて俺にも聞いて」
「おん、ありがとう」

 奇遇、か。こんな奇遇もあるもんなんだなぁ。と頭の端で考えながら、赤葦はコートへと向かって歩きだす。



部活を開始してから思っていた事だったが、みょうじは手際が良い。初めてバレーに関わる人ではないようだ。流れ球にも慣れている。それは同じマネージャーである2人も思っていた事だったようで、休憩に入るなり「なまえちゃんって、経験者?」と雀田が尋ねる。

「前の高校で正式にやないけど、手伝いやってたんです」
「へぇ〜そうなんだ〜! 前の高校もバレー部あったんだねぇ」
「ええ。まあ」

 一瞬だけみょうじの顔が昔を懐かしむ表情へと変わる。しかし、直ぐに「私、ドリンク作ってきます」と表情を戻し、ドリンクケースを持って出ていく。休憩中にも関わらず、仕事へと戻ったみょうじに2人は「頑張り屋だね〜」「初日だから緊張もあるのかも?私たちも手伝いに行こっか」とみょうじを心配し、後を追う。

 そのマネージャー達の姿を後を実際に追う事はしなくても、視線だけは人知れず後を追ってしまう赤葦。

 みょうじはあまり地元の事を話したくないのかもしれない。そんな思いが頭を過るが、「あかーしい! クロスってどう打つんだったけー!?」という無視出来ない言葉が木兎から発せられ、慌ててそちらへと思考を向けた。


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