『開幕』

「――じゃあまたな」
「おう。また」

 黒尾さんと澤村さんがそんな言葉を交わして、烏野を見送る。烏野はインターハイ出場は逃したものの、春高に向けて準備を進めとうみたいやし、春高の頃にはもっと怖い存在になってんねやろなぁ。ほんまに、白鳥沢倒すんとちゃうやろか。……あぁ、楽しみやなぁ。

「じゃあね! 日向くん! やっちゃんも! 逞しく生きるんやでー! 清水先輩もお元気で!」

 そんな期待を込めて私も烏野の皆に手を振って別れる。私達はもう1泊させて貰うて、早朝に新幹線で富山へと向かう予定や。

「そんじゃ俺らも準備しますか!」
「俺らの分もインターハイで暴れて来てくれよなー。東京の代表として行くんだから」
「あったりまえだろー!? 1セットも落とさねぇから!」
「1セットもなんて、無理ですよ木兎さん。明日も早いですから、今の内にお風呂済ませて、今日は早く眠りましょう」
「ちぇー。赤葦はノリが悪いよなぁ……!」
 
 黒尾さんが背中を押す言葉くれて、その言葉に会話が逸れて行く2人。ほんまにどっちが先輩か分からんなぁ。

「俺ら予選で井闥山に負けってからさー。東京枠としては、梟谷を応援してるんだヨネ」
「あぁ、佐久早くんもえぐいスパイク打ちますもんねぇ」
「そ。さすが3本指だよな。そういう事だから、頑張ってねみょうじさん」

 木兎さんに言っても響かないと思ったのか、黒尾さんが私に改めて激励の言葉をくれる。黒尾さんにお礼を言って、私も準備をする為に校内へと戻る。



「良し。揃ったな。んじゃ今から駅まで向かって、そっから新幹線に乗り込むからな。公共機関使うんだから、周囲の人に迷惑をかけないように! 良いか、木兎ー!」
「大丈夫です!」
「そうやって断言されると余計に不安になるな……。赤葦、頼むぞ」
「はい」

 涼しい風が流れ込んではきているものの、纏わり憑くような重い熱気を含んだ朝。その熱気を振り払うかのごとく、今までお世話になった森然高校の校舎に向かって「アッした!」と皆で頭を下げる。合宿で関わった各学校の皆から色んな言葉で沢山のエールを貰うた。梟谷グループでインターハイに出るのはウチだけ。せやから、皆から貰うたエールを独り占めして、背中を押して貰うた勢いそのままに、私達は富山へと向かう。

「黒豚みそだれ弁……! なぁ、俺あれ食べたい!」
「朝食べたばかりでしょう。そんなに食べてると体調崩しますよ」
「あ、やっぱこっちの色んなのが入ったヤツも捨て難い! おいあかーし! 1つずつ買って、分け合おうぜ!」
「俺は良いです。……あの、木兎さん少し声を抑えて下さい。あそこ居る女の子が笑ってますよ」

 木兎さんの声はいつだって、良く通る。そんで、声のボリューム調整が普通の人より壊れとう。そやから今の会話も、後ろの列に座る私達だけやなくて、数列前に居る女の子にも聞こえたみたいで、楽しそうにこちらを見てくる。

「お? 俺って人気者?」

 木兎さんの隣に座る赤葦くんの窘めにも屈さず、ポジティブな出来事へと変換させる。さすが木兎さん。そして、見つめてくる女の子にヒラヒラと手を振って微笑みかける。すると、女の子は顔をバッと座席に埋めたかと思うたら、すぐに半分だけ顔をあげて、木兎さんを覗き見る。その表情は明らかに木兎さんに対して、好感を持っている表情で。そんな女の子を見て、木兎さんも満足そうに笑う。あぁ、あの子、木兎さんのファンになったな。確実に。

「可愛いなぁ。サインでも書いてやろうかな〜!」
「止めて下さい。不審者扱いされるのがオチなんですから」
「えぇ〜? そうか〜? フシンシャにはなりたくないなぁ。じゃ俺、着くまで寝るわ! 赤葦、着いたら起こして!」
「分かりました」

 調子に乗り出した木兎さんを赤葦くんが窘めると、木兎さんは不満そうな声をあげつつも、切り替えて、直ぐに眠りの世界へと入って行く。

「えっ、木兎もう寝たの〜?」
「みたいです」
「はっや! まじで子供じゃん」

 私の隣に座る雀田先輩や白福先輩が呆れた様に言葉を吐き出す。

「スー……」

 そんな2人の言葉に反応するかの様に木兎さんの寝息が鳴る。

「もお〜! 木兎ってば本当に緊張感無さ過ぎ!」
「こっちまで力抜けちゃう〜」

 そんな言葉を続ける雀田先輩やけど、その顔に呆れは無い。

 木兎さんは“寝ると決めたら寝る!”やもんなぁ。そんな所が面白いし、雀田先輩からいわれるように、“単細胞”なんやとも思う。でも、その単純さが、大きな武器でもある。その武器が梟谷の強さを生み出してくれるんやから、やっぱり木兎さんはエースや。精神年齢が低くても。なんていおうとウチのエースは木兎さん。



 約2時間新幹線に揺られ、辿り着いた会場。その会場に今回のインターハイに出場する学校がぞろぞろと集まって、試合前特有の緊張感が漂う。去年のインターハイと、春高でも思うたけど、やっぱり大きい試合なだけあって、他の大会と雰囲気ちゃうなぁ。群雄割拠しとう猛者どもが揃いぶみや。

「あ、牛島くん。……あ、あっちには佐久早くん。うわぁ、相変わらず目つき悪いなぁ。……桐生さんが1番顔のインパクトえぐいわ。なんで3本指の人達って目つき悪いんやろな?」
「こういう会話してると、みょうじさんが稲荷崎に居たんだなって実感するよ」
「えっ、何で?」
「それだけ強豪校相手にしてきたって事だから」
「まぁ、そうやなぁ。稲荷崎は“最強の挑戦者”て言われとったし。強豪校を相手にしてきたんは事実やな。そやけど、5本指に入るスパイカーくらいは誰でも知っとんとちゃう?梟谷かて、木兎さんの名前は知ってたで?私」
「俺の事は知らなかったけどね」
「うっ!」

 鋭いところを突かれて、喉で言葉が引っかかる。

「で、でも! 私が梟谷に来る理由の1つでもあったやん!」
「まぁね。でも、顔もぼんやりとしか知らなかったんでしょ? 俺の事部活とかしてないタイプの華奢な男子だって思ってたんだよね?」
「うぅ……。最近赤葦くんが段々と意地悪くなっていきよる気がするんやけど」
「そう? 好きな子程苛めたくなるんだよ、男子は」
「もお! インハイ前にそんなイジリやめたってや!」
「ごめんごめん。自分の緊張解したくって。やっぱりインターハイは特別だから」

 私を見つめて、ちょっとだけ口角を上げて微笑む赤葦くん。

 私は、こっちに来て、皆とずっと一緒に居って木兎さんだけの事やなくて、梟谷の皆の事をちゃんと知った。そんで、大好きになった。

「赤葦くん」
「うん?」
「私、今はちゃんと赤葦くんの名前も、顔も覚えとうで」
「……まぁそうじゃないと悲しいかな」
「木兎さんだけやないで、ちゃんと皆の事応援出来るから」
「そうだね。……ありがとう」

 赤葦くん、インターハイ。頑張ろうな。



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