『唐突』

 治と喧嘩した。それ自体はいつもの事やった。んで、怒ったどっちかがバレーボール持って、家から出ていくのも。

 あん時は俺の番やった。「暗くなる前に帰ってくるんやで」お母ちゃんの呑気な声を背中に受けながら。

 公園に着くなり、砂場で1人でせっせとお城を作っとった子が居って、ソイツに声かけたらそれがなまえやった。んでなまえを砂場から引っ張りだしてバレーして。

 初めは「ごめん」とかそんなしおらしい事ばっか言いよったのに、ブチ切れたアイツは散々言った文句を“人でなし!”で締めくくってボールを打ち返してきた。その球が治よりもええ球やって、驚いた。んでそっから嬉しそうな顔してボールを追うなまえと夢中でバレーにのめり込んだ。んで、気が付いたら空の向こう側がオレンジ色になっとって、「なまえ! 明日もこの公園に来て!」て約束して、帰った。

 家に帰るなり俺は治と喧嘩しとった事も忘れて「なぁ! 治聞いて!今日公園でなまえて子に会うたんやけど! ソイツと今日遊んだんやけど!」そんな風に治に一方的に話し続けた。
 そして「お前も明日公園に来い! なまえに会わせたる!」と言い放ち、「ええ〜? 明日はダラダラするつもりやったんやけど……」とかほざく治は無視して明日に備えて眠りについた。

 次の日ぐずる治を無理くり引っ張りながら公園に行くと、そこには約束通りなまえが居った。俺と治の顔を交互に見てオロオロしとったなまえにはちょっとムッとしたけどな。



 小学生になっても俺等はいっつも3人でつるんどった。バレーで遊ぶ事自体は少なくなったけど、それでもサムと喧嘩した時はなまえに自主練に付き合うて貰うてた。サムと喧嘩するんは試合にも影響出るから、あんまりしたなかったけど、でもなまえとバレー出来るて思うてたんも事実。

 こんくらいの時から男子いう生きモンは女子に興味を示しだして、誰が可愛い、誰が好みみたいな話も出てきよった。んで、そういう会話で誰か1人は必ずなまえの名前出しよったな。俺はその度に「アイツ寝顔ブッサイクやで」とか「アイツ好きな人居るらしいで」とか、そんな嘘っぱちばっか言いよった。



 中学生になって、俺はずっと憧れとったセッターを任されるようになって、今まで以上にバレーが楽しいモンになった。そんな俺をなまえはいつだって心配して側に居ってくれた。それが当たり前やってそう思うとった。それはモチロン、高校に行っても続くもんやて思うてたから、なまえに稲高の事持ちかけた時もなまえやったら絶対同じ高校に来るて心配してへんかった。だって実際に来たしな。



「私も、マネージャーとして入部しようかな」
「マネージャーはダメや。“お手伝いさん”にしとけ」

 明日から本格的に稲荷崎での部活が始まるて日の帰り道。なまえがそんな事を言う。まぁ正直、なまえやったらそう言うやろうて、予測はしとった。そやから、先回りして先生に話通しとった自分自身を褒めてやる。なまえは納得いかへんみたいやけど。

「ツムにはツムなりの考えがあるんやないか。なまえも察してやれ」

 全てを見透かしたサムにそんなフォローを入れられて、なまえもようやく引き下がる。なんで俺の言葉やなくてサムの言葉で納得するんや。俺の言う事聞けや。おもしろない。

 なまえの家の前でなまえと別れた後、サムと2人で家までの道を歩き続ける。

「ツムって束縛するタイプなんか?」
「は?」

 暫く無言で歩いた後、サムからニヤケ気味の表情でそう尋ねられる。キモイその顔。同じ顔してんねやから、その顔止めろ。俺がそのキモイ顔しとうみたいや。

「やって、なまえにマネージャーやらせんのって遠征先とか合宿先でなまえの事、他の高校のヤツ等に見せたないからやろ? アイツ高校入ってから更に人気上げとうしなぁ。ツムもライバル増やしたないんやろ?」
「は、……えっ、なっ、なに言うてんねん? お、俺は別にっ」
「動揺激し過ぎるやろ。……お前変なとこで不器用やもんなぁ」
「うっさいわ、ボケ。そういうお前はどうなんじゃ。お前かてなまえが他のヤツに目付けられんの嫌やないんか?」
「そら、なまえが変な男に掴まるのは許せへんけど、俺はなまえの事をはじめっからそういう感情では見てへんかったしなぁ。大体、ツムが公園から帰って来て、なまえの事話しとう時から、ツムの好きな女の子って認識やったし」
「はぁ!? 俺、そんな前からアイツの事好きやったんか!?」
「無自覚かい。てか俺に聞くな」

 俺ってそんな昔からなまえの事……。まぁでも、言われて見れば初めて会うた時からええなて思うとったんかもれん。そやないと声かけへんしな。そう思うとなんか笑えてくる。

「……うわぁ。お前、ちょっとアブナイ奴やで」

 隣を歩くサムが1歩俺から距離を取ったけど、そんな事は気にせずに零れ出てくる感情を笑いに変えた。



 遅すぎるくらいに自分の気持ちを自覚したはええけど、今の俺はバレーに全力を出したいて思うとうのも事実で。そら、年頃の男の子やから、恋愛やってしたいとは思うけど、告白してくる女子と付き合ってみてもやっぱり、バレー以上に優先したいとは思われへんやった。まず、なまえ以上にええて思う女子も居らんやった。

「なぁ、せっかく付き合うたんやから、もうちょい相手の時間も作ったげたら?」

 ある時、そんな言葉をなまえから言われた。なんやそれ。そんな事、どうせ思うてへんのやろ。彼女よりもバレーを選択する度にお前が嬉しそうな顔するん、知ってんねやで。

「……ほんまに、侑はバレー愛しとうんやなぁ」
「当たり前やん」

 やって、俺がバレーをしてればなまえは嬉しそうやし、楽しそうに俺を見てくれるやん。俺がバレーやってんの見るの、なまえ好きやろ?なまえは俺がバレーしとう限りは俺の側におってくれるやろ?せやから、俺はなまえの為にも一生懸命にバレーしたいて思う。そんで、いつかなまえに俺からちゃんと伝えんねん。その頃には俺に惚れさせといたるし。

「でも、そんままやったらアンタ一生独身やで?」
「あぁ。バレーが出来るんやったらそれでもええわ。ま、一生独身は無いやろうけどな」
「なんやその自信。キッモ」

 そう言ってなまえは肩を摩ってみせる。そんななまえの姿を俺はただ笑って受け流す。言うとけ、言うとけ。俺はいつかなまえと結婚すんねやから。それまで誰のモンにもなったらアカンで。どこにもいかんと、俺の側に居ってな、なまえ。



 なまえはある日突然俺の目の前から消えた。


「侑なんか大っキライや!」


 そんな言葉を俺の心にブッ刺して。


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