『むかしばなし・3』

 無事に宮兄弟と共に稲荷崎に入学して、私も正式にマネージャーとして入部しようて思いよったのに。

「マネージャーはダメや。“お手伝いさん”にしとけ」

 入学したての帰り道に侑からそんな事を言われる。

「は? なんで侑に決定権があんの」
「なんででもや。先生にも話しとるで。なまえは親が厳しいんで、勉強もちゃんとやらんとアカンから、正式な入部は出来ませんて。せやけど、マネージャーと思うて思う存分顎で使うてやって下さいて。俺が言うとうから」
「はぁ!? ちょお待て。私の親そないにうるさないで?」
「どうどう」
「馬とちゃう!」

 尚も食い下がる私と聞く耳を持たへん侑。その間に入るように一緒に帰っていた治が口を開く。

「ツムにはツムなりの考えがあるんやないか。なまえも察してやれ」
「ちょっ、サム! 勝手な事言うなや!」
「……ふん。ツムはガキやからな」
「お前と同い年やっちゅうねん!」
「まぁ、そういう事やから。なまえ、ここは悪いけどツムの言う事聞き入れたって」
「おぅん…。まぁ、ほぼマネージャーするんと変わらんし、ええか……」

 そう私が引き下がると満足そうに笑う治となんとも言えへん顔をする侑。なんやの、この双子。



 結局私はマネージャーとしての役職はないまま、バレー部の手伝いをする日々が始まった。まぁそうは言うてもほんまに毎日バレー部に顔出したし、皆も「なんでみょうじはマネージャーにならへんの?」て不思議そうやった。その言葉に私が「なんか侑が……」て言うと皆何か知らんけど「あぁ」とか言うて勝手に納得された。私にはその理由がイマイチ分からんくて、腹立たしかった。それにマネージャーやないから、試合とか合宿には連れて行って貰えへん事も多かったし、もどかしくもあった。

 そんなもどかしさを抱えながら過ごしていたある時、学校終わりに侑が真っ青な顔で部活に顔出したか思うたら、そのままアイツ倒れて。慌てて駆け寄って治と2人で保健室に必死こいて運んだ。

 ベッドで眠る侑に付き添って、目覚ますと同時に問い詰めたら「朝から体だるかったけど、バレーせんと1日が始まらんし、終わらん思うた」とか意味の分からん事言うて。あん時は本気で怒ったなぁ。

「体調管理はちゃんとしろ!」
 
 真っ赤な顔して言うたらアイツ、「ホンマにヤバイ時はなまえが居るからなんとかなるて思うてしまうんや」とか絵空事の様に言うてきて。どこまでコイツは人のことを巻き込むんやって、怒りも湧き上がってきたけど、それ以上に“あぁ、侑の事は私がちゃんと見たらんと。”って、そうハッキリと思ったんがあん時。

 北さんいう心強い先輩が出来てからは大分私も心配せんで良くなったけど、それでも私自身がもう既にバレーから、宮兄弟……いや。侑から離れられんようになっとった。

 この頃には宮兄弟は地域だけでなく、バレー業界でも名前を轟かせる様になっとった。

 そんで、名前が知れると今まで以上に2人はモテた。特に侑は人懐っこい感じがウケて、治以上に人気があったように思える。何遍も告白現場に鉢合わせたしな。あん時の気まずさたるや。今でも身が震えるわ。

 でも、何度も鉢合わせる度に侑の返事が決まっている事にも気がついていった。

―バレー以上に愛せる自信無いけど、ええか?

 そう聞かれた相手の返事は“はい”か“いいえ”のどちらかやった。そして、侑の問いに対して“はい”と言った人、“いいえ”と言った人、どちらとも見てきたけど、結果は大して変わらへんやった。

 “はい”と答えた人も結局はバレー第1の侑について行けず、直ぐに別れていった。

「なぁ、せっかく付き合うたんやから、もうちょい相手の時間も作ったげたら?」

 側で見てきた私は堪らずそんな言葉を言ってみた。思うてもないクセに。そんな私の本心を見透かしたように侑は爪を研ぐ手を止めずにぶっきらぼうに言葉を返す。

「なんで? 向こうはバレー第1にする条件飲んだ上で、俺と付き合うてんねやろ? なのに、なんで俺がその条件下げないかんのや」

 その言葉にどこかホッとする自分が居る。私はズルイ人やな。

「……ほんまに、侑はバレー愛しとうんやなぁ」
「当たり前やん」
「でも、そんままやったらアンタ一生独身やで?」
「あぁ。バレーが出来るんやったらそれでもええわ。ま、一生独身は無いやろうけどな」
「なんやその自信。キッモ」

 私の言葉に逆上するでもなく、にこやかに笑ってみせる侑。侑のバレー一筋な所は恐ろしいくらいやと思う。でも私は、そんな侑が堪らん好きなんや。

 そやけど、この感情は侑にとっては迷惑なんやって直ぐに思った。心に仕舞っとくべきやとも。この気持ちに私は大分前から気づいとったし、こうやって改めて自覚する度に私はその思いに蓋を重ねていった。

 そんな日々が続いた時やった。お父さんの本社勤務が決まって、私自身の東京への転校が決まったのは。


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