『元居た場所』

 5月2日。明日からゴールデンウィークとして大型連休が始まる。んで、バレー部は今、普段どおりの部活を終え、合宿所に向かうバスに揺られとう最中。前からゴールデンウィークといえば、練習尽くしの日々やったけど、正式なマネージャーやなかった私は、泊りがけでの参加は初めてやから、ちょっと新鮮。皆が日用品買いに行ったり、私が帰った後の事とか話したりしよったんを眺めるだけやったから、今回は私もそれに加わる事が出来て嬉しかった。

 それに、今日は月刊バリボーの発売日や。前まではアイツ等のどっちかが買うてたから、それを読んでた。そやけど、こっちに来てからはアイツが載っとう月は自分で買うようにしとう。しかも、今月号はインターハイ特集。“高校注目選手ピックアップ”て中に、木兎さんも載っとうし。アイツも、でかでかと特集組まれとったなぁ。牛島くんに負けへんくらい。我慢出来んで何ページが読んでしもうたけど、後は合宿場に着いてからのお楽しみや。はよ読みたいなぁ。

「みょうじさん、楽しそうだね」
「うん? まぁ、泊りがけで合宿に参加するんは、初めてやからなぁ」
「え、そうなんだ?前の学校……、」

 通路を挟んだ隣の座席に腰掛ける赤葦くんの声が途中で尻すぼみしていく。

「前の学校ではな、正式にマネージャーやってへんかったから。普段どおりの時間まで参加して、そっからは家に帰ってん」
「そっか」
「合宿ていうたら、いつもより長い間練習あるやん? せやから幼馴染がずーっと練習やってんねんて。1人はご飯の時間が来たらピシャリと切り上げてんけど、もう1人が病的にボール触るから、助けてくれて、次の日に顔出した時よお言われよったわ。懐かしいわぁ。しかもな!……て、赤葦くん? なんでそないビックリした顔してんの?」

 私の顔をポカンとした顔で見つめとうから、話すのを止めてそんな風に問い掛けてみる。すると、少しだけ開いた口を閉じた後、少しだけ言いにくそうに口を改めて開く。

「みょうじさんがずっと前の高校の話するから……。ちょっと驚いちゃって」

 その言葉で赤葦くんが尻すぼみした理由も判明する。なんや、そういう事か。

「あぁ。前まで話さんようにしとったからなぁ。でも、こないだ赤葦くんが言うてくれたやんか。話してしまった方が紛れるて。それで話してみたらほんまにちょっと寂しい気持ちが軽くなったから。もう我慢せんと話そうて思うて。それに、赤葦くんがちゃんと話聞いてくれるて、言うてくれたやん?そやから、話したい事はちゃんと話すようにしたんや。赤葦くんのおかげやで。ほんまありがとう」
「みょうじさんにそう言って貰えると、俺も救われるよ」

 赤葦くんなりに気にしとったんやなぁ。優しいなぁ。赤葦くんは。ほんまに、ええ人や。



「月バリ!!!!!」

 合宿所に着いて、玄関に荷物を降ろし終えると同時に木兎さんが雄たけびをあげる。隣に居た赤葦くんは急に大声を出されるもんやから、思いっきり顔が歪んどう。

「なんですか、木兎さん。急に叫ばないで下さい」
「今月ゴールデンウィークで発売早まってるんだった! 今月号ってインハイ特集じゃん! 俺インタビュー受けたのに! ここら辺って本屋さんねえのかな……」
「無理ですよ。諦めて合宿後に買って下さい」
「えー! 分かってねぇな赤葦! 発売されて直ぐに読むのが良いんだろ!」

 窘めた赤葦くんをそんな風に貶す木兎さん。分かってないと言われた赤葦くんは「だったら忘れずに買えば良かったじゃないですか……」なんて膨れ気味。この2人面白いなぁ。

「あーあ……もう俺今回の合宿無理だ……。打てる気がしねぇ……。もう寝ようぜ……」

 このまま放っておけば木兎さんはしょぼくれモードに突入していきそうやから、自分の鞄に入れとった月バリを差し出す。

「木兎さん、これ良かったら読んで下さい」
「えっ! 良いのかなまえちゃん!」

 差し出された月バリをキラキラとした表情で見つめる木兎さん。なんとかこれでしょぼくれモードは回避出来そうやな。

「はい。私も見たいとこは先に見てるんで」
「やった! 俺がインタビューされてるとこだけ先に見ちまおうぜ!」

 荷物を置いたまま月バリを見だした木兎さんに周りの部員は「おい先に荷物運んでからだろ」とかそんな言葉を言いはするものの、皆やはりインターハイ特集が気になるのか、わらわらと木兎さんの持つ雑誌へと吸い寄せられていく。

「ん? ここ、耳してあるぞ? “にさき”? あ、“稲荷崎”か。今回もここ、絶対上がってくるだろうなぁ。なまえちゃんもやっぱり気になるよなぁ」

 そう1人で納得する木兎さんに「ええ、まあ」と返し、「そこの次のページが梟谷やから。丁度ええかかな思うて」と続けると「まじだ!! えーでも俺の写真ミャーツムより小さくねぇか??」とムスくれだす。そしてそのまま自分達のページに夢中になっていった皆を見て溜め息を吐き出しながら、荷物運びへと戻る事にする。

 いなりざき……久々聞いた名前やなぁ。

「なまえちゃんって関西から引っ越したって言ってたじゃん?」
「ん? あぁ、そうです」
「大阪出身だったりするの? それだったらやっぱ、たこ焼きってこっちのより美味しいのかな〜?」

 一緒に荷物を運んでいた雀田先輩達から尋ねられる。そっか、私、関西から越してきたとしか言うてへんやったな。

「私、地元兵庫なんです」
「えっ! じゃあ稲荷崎と同県って事じゃん! そりゃ意識しちゃうよねぇ」
「えっと……、」
「ねぇねぇ! 兵庫って何が食べ物有名なの〜?」

 雀田先輩の言葉に返事するよりも前に食い気味に食べ物を事を聞いてきた白福先輩に圧倒されてしまう。白福先輩は食べモンの事ばっかやなぁ。そこが可愛いくもあんねやけど。

「明石焼きいうて、たこ焼きみたいな食べモンは結構有名やないかなぁ?」
「えー! そうなんだ! 食べてみたいなぁ〜!」
「美味しいんで、是非」

 そんな会話をしていくうちに会話はどんどんズレて行ってもう稲荷崎からは離れていってしまっていた。結局、雀田先輩の言葉にはちゃんと返事出来へんやったなぁ。



 遅れて来た男子部員と共に荷物整理を終え、体育館で先生からの諸注意を受けた後明日に備えて各々が自分の時間を過ごしている時。お風呂を終えた私は自販機で水を買うて、近くのソファに腰掛けて、初めての空気を味わいよった。

 こんな夜遅くに家じゃない別の場所に居るんが新鮮やなぁ。明日も朝早くから活動開始て言いよったし、これ飲んだらはよ寝んとやな。アイツ等も今頃合宿始めとうんやろか……。せや。尾白先輩にラインしよかな。月バリ載ってましたね。て。冷やかしたろ。結局北先輩にもラインしてへんし。そう思うて携帯を取り出した時。

「みょうじさん」

 低く、落ち着いた声が向けられる。

「赤葦くんも風呂上り?」
「うん。何か飲もうと思って」
「コーヒー? そんなん飲んだら眠れんようになんで?」
「俺、あんまりそういうの関係無いみたい」
「へぇ、そうなんや」
「そこ、良い?」

 赤葦くんがソファを指差す。それに応じて席を詰めるとお礼を言いながら腰掛ける赤葦くん。赤葦くんが座る事によって、ソファが深く沈む。

「やっぱり、赤葦くんは男子やんなぁ」
「……え。何、急に?」
「こんなん言うたら失礼かもやけど、初めて見た時はものっそい華奢に見えて。教室でも大人しいから、部活とかしてへんタイプやって思うてたんよ。せやけど、バレー部に行った時、そこに赤葦くん居ってビックリしてん。でもよお見たら、ちゃんと筋肉を付いとうし、今ソファ座った時、めっちゃ沈んだやん。せやから、あぁ男子やなぁ。って思うた」
「まあ……女子ではないよね」
「あはは! そうよなぁ」

 冷静に事実を述べる赤葦くんがなんか面白くて、声を出して笑う。その声がシンとした通路に木霊するから、慌てて口に手を当てる。

「まぁ普通に男としての欲もあるよ。俺にも」
「それってあれか?……エロ本とか? そういう類の? え、赤葦くんって……巨乳派? 美乳派?」
「ふふ、みょうじさんって振り幅極端だよね」
「えっ、そういう事とちゃうの? 幼馴染なんかよおそんなアホみたいな事で盛り上がっててんけど……」
「みょうじさんの幼馴染って、宮兄弟でしょ?」
「えっ」

 テンポ良く行われとった会話が止まってしまう。

「雑誌、折りこんでたから。それで気が付いた。あそこはセッターとウイングスパイカーが双子だしね」
「うん。そう。……なんか、隠してたみたいになって、ごめん」

 ほんまに、隠しとうつもりやなかったんやけど、話さんようにしてたから言う機会をいつまにか逃してしもうとった。でもそれが結果隠しとうみたいになってたんは事実やし、罪悪感は感じる。俯いた私を責めるでもなく、赤葦くんは質問を重ねる。

「もし、インターハイで俺らと稲荷崎が戦う事になったら、みょうじさんはどっちを応援する?」

 でも、その言葉は私にとっては責めの言葉に近い。いや、赤葦くんにそんなつもりが無い事も充分理解しとうんやけど。

「……梟谷でいたい、と思うとう」

 搾り出すように言った私に赤葦くんは1つ息を吐いて、「……そっか。ありがとう。みょうじさんの為にも頑張るから。稲荷崎の皆に自慢できる様な試合してみせるよ」そう優しく呟く。

「うん。応援する」

 どっちを、とはハッキリ言えへんくても、“応援したい”ていうこの気持ちは本当。だから、そこだけは伝わって欲しくて、私は赤葦くんの横顔をしっかりと見つめながら言う。そんな視線が伝わったのか、赤葦くんも私の方を見て、優しい笑みをくれた。


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