制御不能な心

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 昨日のデート(仮)はなんだかんだ言って楽しかった。悔しいけれど。黒尾のおかげだ。悔しいけれど。でも、日付が変わった今日は黒尾に物申したいことがある。

「黒尾!」
「あら、もう戻っちゃってる。鉄朗カナシイ」
「あれは練習でしょ!」
「いやいや。練習の実践場所は学校でしょうよ。学校で戻っちゃったら意味ないじゃん」
「うっ、」
「ほらぁ呼んでみ? なまえちゃん」
「て、てつろう」
「はーい、良く出来ました」

 頭を撫でてくる鉄朗に確実に心は飛び跳ねてしまう。ああああ。なんてこったい私の心臓。ここ最近おかしい。く……鉄朗を見ると心臓が早打ちしちゃう。私、死ぬの? 鉄朗のせいで? やだなぁ、それは。

「で、俺になんの用? なまえちゃん」
「あっ! そう! く、……て、てつ、ろっ、鉄朗!」
「どんだけ噛むんだよ」
「ラインのアイコン! あれ!」
「あー、あれね」

 鉄朗に私の怒りの原因を掘り起こされて別の意味で心臓がバクバクしだす。このバクバクは怒りのパワーだ。鉄朗のせいでなんか死ぬもんか。なんだあれは。いつの間に撮ったんだ……って、あん時か。鉄朗のアイコンは今鉄朗の手を引いて歩く私の後姿に変わっている。なんで。……なんで。なんでよりによってラインの方を取るんだ。それなら待ち受け画面のが良かった。あれはもう確実に知れ渡った。絶対。なんてこったい鉄朗くん。

「あれね、って! あんなのマジで付き合ってる人達のすることじゃん! ラインの友達の中には他の学校の子とかも居るんでしょ?」
「まあ。それなりには」
「その人達にも“黒尾は彼女持ち”って勘違いされるんだよ? それ、マズイんじゃないの?」
「いや別に?」
「別にって! ダメでしょ! 絶対!」
「なんで」
「なんでって……それは…、」

 なんでと言われると、ハッキリとした答えが出ない。口ごもる私に黒尾は「俺のアイコンは俺のものだと思うけど?」なんて言葉を重ねてくる。それはそうだけど。

「そうだけど……でも、そうすることで黒尾のこと好きな人が傷つく可能性だってあるし」
「でもさ、俺は告白されても付き合うつもりないし。早めに諦めることが出来たってパターンもあると思わねぇ?」

 確かにそれも一理ある。好きな人に勇気出して告白して直接フられちゃうよりも、彼女が居るって分かった方が事前に諦められて良かったと思う子も確かに居るかもしれない。でも、黒尾は本当にそれで良いんだろうか。前も思ったけど、告白を止めてしまった子の中に黒尾も良いなと思う子だって居るのかもしれない。それを私が阻んでしまっている気がして、どうしても引っかかる。自分から出会いを断ち切るようなことして本当に黒尾は良いのか。

「とにかく。俺は俺がしたくてやってんだよ。そこをなまえが気に留めることねぇから。……ただ、なまえが彼氏でもねぇヤツにそこまでして欲しくないって話なら今すぐやめる」

 黒尾からそう言われて胸がキリリと痛む。黒尾から言われた言葉は私が黒尾に言ったものと同じ。それなのになんでちょっと寂しいとか思っちゃうんだろう。自分が分かんない。

「付き合ってもらってるの私だし、嫌ではないんだけど。……その、黒尾が良いんだったら、別に、あのままでも……」
「そっか。良かった」

 黒尾の笑顔って、こんなにヤバかったっけ? なんで黒尾が笑った顔を見ると嬉しい気持ちになるんだろう? えぇ、もう本当に自分が分からない。てかまず良かったって何が?

「てかさー、なまえちゃん。なんで黒尾呼びに戻ってるのかなぁ?」
「あ」
「はいほら練習、りぴーとあふたみー。“テツロウ”」
「い、良いって! 呼ぶからちゃんと!」
「リピート アフター ミー ?」
「〜っ! 鉄朗! これで良いでしょ!」
「ワンモア」
「んもうっ! ……鉄朗!」
「はい良く出来ました。これを継続していきましょうね。なまえちゃん」

 言いなりのように下の名前を呼ぶ私を満足げに見つめる鉄朗。……やられてばっかりでなんかムカツク。……よし。決めた。見てろ、鉄朗。ぎゃふんと言わせてやるんだから。



「鉄朗〜」
「鉄朗! さっきの授業の時さぁ、」
「あのね、鉄朗」
「ねぇ、鉄朗」
「てつろー!」

 朝のやり取りから事あるごとに大声で当てつけのように名前を呼び続け、いつの間にかお昼を迎えた。何度も言えばさすがの鉄朗だって恥ずかしいとか、そんな感情になるだろうと思っての作戦だった。……のに。

「はいはい。なんですか? なまえちゃん」
「ん? 何、なまえ」
「どした? なまえ」
「はい、なまえの鉄朗です」
「呼びましたかなまえちゃん」

 鉄朗は恥かしがるどころか、全てにおいて完璧に返してきた。さすが、粘りの音駒といわれるだけはある。全然照れてくれない。どうして効かないの。私が名前を呼ぶくらいじゃなんてことないってか。そうか、私に魅力がないからか。ああ、成程。そっかそっか。……あ、なんか悲しい。

「私の魅力に問題があるのか……」
「何?? ミリョク?」
「いやだって鉄朗からしたら私なんてそこらへんに居る女子生徒なわけじゃん? だから、そんな子から下の名前で呼ばれたところで響くわけないかぁ、って。自覚いたしまして」

 え、何。何その目。コイツまじか、みたいな。なんでそんな“呆れた……”みたいな顔されんの? ワケ分かんない。

「そこらへんの女子、ねぇ」
「な、何よ。言いたいことがあるならハッキリ言ってよ」
「……どうしてそんなに鈍いんだろうね。なまえサンは」
「はっ? どういう意味?」
「まぁそれがなまえちゃんですもんね。分かってる、分かってますよ。俺は」
「なんか腹立つんですけど」
「うんうん、分かる分かる。俺も腹立たしく思うことあるよ」
「え、私鉄朗のこと怒らせてることあんの? まじで?」

 知らない間に鉄朗を怒らせてることがあったなんて。どうしよう。私、知らぬ間に鉄朗に迷惑かけてるってこと? えっ、それはやだな。鉄朗に嫌われたくない。

「……え、何。言って? 鉄朗。私、直すから」
「……ハァ〜」

 ええええ。そんな深い溜め息吐いちゃう? まじで? そのレベル? 修復不可能? どうしよ、どうしたらいいんだろ。

「なまえはそのままで良いから」
「えっ?」
「逆にそっちのままで居てくれ」
「は?」
「大丈夫、別に怒ってるワケじゃないから」
「ええ?? 鉄朗、意味分かんない」
「ああ、そうだな。これは俺が悪いな。ごめん」
「素直に謝んないで? 怖い」

 身震いすれば鉄朗は「謝って怖がられんのは予想外」と苦笑する。いやでも本気で鉄朗が分からない。怒ってるわけじゃないの? 本当に大丈夫? 鉄朗は意外にも他人を思いやる人だから。見かけによらず優しい人だから。無理してないか心配。

「なまえちゃんはそのままで良い」
「そうなの?」
「そう」
「……何か不満があったらちゃんと言ってね? 私、ちゃんと直すから」
「おー。あ、それと」

 しかめっ面してみたり、深い溜め息を吐いてみたりと浮かない表情ばかりだった鉄朗の顔に、普段通りの怪しい微笑みが戻ってくる。悔しいことにその笑みを見てホッとしてしまったし、私の心臓を鷲掴みにされてしまった。

「なまえから“鉄朗”って呼ばれるの、俺、出してないだけでめちゃくちゃ効いてるからね? 結構瀕死状態」

 ノックアウトされたら責任取ってね? とか調子の良いことを言って笑う鉄朗。前まではそんな鉄朗に「キモ」とか言えてた。それがどうした。今はそんな鉄朗にときめいてしまっている。……ああコレだめだ。私の方がノックアウトだ。なんてこったい私の心臓。好きになっちゃダメって言ったじゃん。何してんの。好きじゃん、私。鉄朗のこと。めっちゃ好きじゃん。
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