おさそい

▼ ▼ ▼

「ちょっとお願いが」
「どした?」
「写真、一緒に撮って欲しい」
「え、何。どうしたの急に」
 
 黒尾にこんなお願いをするのには理由がある。





「ねー、なまえさぁ黒尾と付き合いだしたんでしょー?」
「う゛ん」

 クラスメイトから単刀直入に訊かれ思わず野太い声が出た。こうやってハッキリ話題に出されるのはリエーフくん以来かも。どうしよう。意外とみんな訊いてこなかったから、油断してた。馴れ初めとか、そういう具体的な部分考えてないままだ。

「写真ないの?」
「えっ?」
「だから、写真。付き合ってるんだから、写真とか動画の1つくらい撮ってるでしょ? なまえSNSに全然そういうのアップしないから。見たい」
「……なるほど。写真ね。……そっか。写真か」

 そうだよね。確かに、写真って普通は撮るよね。2ショットじゃないにしても、1枚くらいはフォルダーに黒尾の姿があってもおかしくはないんだよね。

「え、まさか撮ってないの?」
「う、うん。そう言われると撮ってないな。……なんか恥ずかしくって」
「えー、まじか。意外」

 え、てか待って。撮ってないことが意外なの? それ以前に私と黒尾が付き合ってることは? スルーで良いのか?

「私達が付き合ってることは気にならないの?」

 我慢出来ずに訊いてしまった。それに対して友人の返答は「うん。別に。あんたら仲良いし。普通に考えてそこがくっ付くのが妥当じゃん?」なんてサラリとしたもの。 そうなの? 私達って周りからしてみたらそういう感じ? え、私のが意外なんですけど。

「今度撮ったら見せてね」
「うん、分かった」

 でも確かに。これから友達とこういう話題になった時、1枚くらいないと怪しまれるかもしれない。黒尾に相談だ。





「と、いうわけなんです」
「ナルホドね。そりゃ一理あるな」

 先程の会話を掻い摘んで話し、黒尾に頼むに至った理由を明かすと黒尾は頭を数回振って頷きを見せた。そうして腕を私の肩にまわし至近距離で「こんくらいの距離感のが付き合ってる感あるよな?」なんて訊いてくる。近い距離で聞こえる黒尾の声にドキドキしつつも「う、うん」と答える。その声が上擦っているのが自分でも分かってなんだか恥ずかしい。でもこればかりは仕方ない。私たちは彼氏彼女なのだ。友達だったら中々ない距離感でなければ意味がない。早く撮ってしまおう。

「あー、ダメだ。この写真は盛れてねぇ。もっかい」
「うぅんダメ。目が開いてねぇ」
「これはみょうじが盛れてない」

 なんやかんや言いながら何度も撮り直し求める黒尾。仕舞いには黒尾の方が携帯を構える始末。……女子か、あんたは女子か。

「どんだけこだわんのよ! 早く撮りたいんだけど」
「だって俺待ち受け画面にするつもりだから。納得行くヤツが良い」
「は? 待ち受け!?」

 黒尾の腕をすり抜けて思わず距離を取る。待ち受け画面って……なんでそんなわざわざ人に見られる可能性の高い画面に設定しようとしてんの。何故に。そんなに盛れた自分を見たいならソロで撮ってくれ。

「やだ、却下」
「えー、じゃあラインのアイコン?」
「そ、それもダメ! てかそっちのがダメ! 知れ渡る!」
「えーなまえちゃんワガママ」
「てか、画面設定なんてしなくて良いじゃん」
「だって俺も言われるし。“彼女見せろ”って。だったら待ち受けにしてたら楽じゃん?」

 黒尾の言葉に“なるほど一理ある”なんて思ってしまうけど、慌てて首を振る。そこは面倒臭がらずにフォルダーから見せて欲しい。

「でもそこまでしたら本当に付き合ってるみたいじゃん」
「良いじゃん。周りからそう思われるくらいが丁度良いだろ」
「えー……そうかなぁ?」
「そうだって。あ、てかみょうじ。今度の日曜空いてる?」

 今週の日曜? 確か、友達と遊ぶ予定が……あ、そっか。それなくなったんだった。

「うん、空いてる」
「じゃあ映画観に行こうぜ。俺も部活休みだから」

 これは、友達として遊びのお誘いってこと? それとも、仮にもカップルだから、これはデートのお誘い? まぁでも実際には付き合ってないんだし、これは遊びのうちに入るか。

「デートしようぜ」
「デッ」

 私の解釈を簡単に覆す黒尾。というかずっと思ってたけど、黒尾はなんでこんなにノリノリなんだろう。付き合ってもらってるのは私のハズなんだけど、黒尾の方が乗る気を見せている。なんというか、楽しんでいる。ありがたいことではあるんだけれども。

「これから先、写真だけじゃなくてデートのことだって訊かれるだろうし。1つくらいエピソード持っといて損はねぇだろ?」
「う……、ま、まぁ。そう……かも」
「はいじゃあ決まり。じゃ、13時に駅で待ち合わせな。そっから歩いて行ったら観たいヤツ丁度良いだろうし」
「分かった」
「ん」

 口角をにんまりと上げて笑う黒尾に、なんだか反論の術を取り上げられてしまった気分になる。てか上映時間まで調べてるなんて。そんなに観たかったんだ、その映画。黒尾が観たい映画ってどんなのだろう。ちょっと気になる。
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