終止符を打つのはあなたか私か

 バイトも無事に終わり。おでんは大根と卵と、誘惑に負けてこんにゃくも買った。容器を自転車カゴに入れ、揺らさないようにゆっくりと押して辿り着いた神社。今日は猫居るかなぁ、と思いつつ石段に腰掛けると、呼ぶよりも先に猫が姿を現した。

「お。ネコ」
「にゃ」
「あ、駄目駄目。ネコにおでんは禁物だよ。塩分あるからね」

 おでんの匂いを嗅ぎつけてやって来たな――猫の嗅覚の鋭さに感心しつつ、宮司さんが用意してくれている容器に買っていた水を注いで近くに置くと、猫はそっちをペロペロと飲み始めた。その姿を微笑ましく思いつつ、私も「いただきます」と手を合わせておでんに箸を入れる。

「美味しい……!」

 知らなかった。自分のバイト先のおでんがこんなに美味しいだなんて。隠岐先輩に教えてもらわなかったらこの先もずっと知らなかった。今度隠岐先輩にきちんとお礼しないとだ。……というか、これって。

「私が手入れしてる日だってあるし、私作おでんって言っても過言ではない……?」

 実際今日なんかは私がおでん係だったわけだし。ということは、この名物おでん、私のおかげでもあると言えるのでは……? 隠岐先輩はなんて言うだろう。

「ネコはどう思う?」
「にゃぁ」

 そうだよね。食べてないし、なんとも言えないよね。あっ、てか。猫。今日居るじゃん。今なら隠岐先輩も猫に会えるんだけどな。教えてあげたい。あー、でも今頃隠岐先輩ボーダーかな。せっかく会えるのに、来れないなんて。隠岐先輩タイミングが悪いな。

「てか、今日はましろさんの家に行くよね」

 ……さっきから私、何かに気付いてばかりだ。そしてそのどれもが隠岐先輩に関係すること。それに気付いてしまうと、ここに至るまでに何度もテンションを上げたり下げたりしていることにも気付いてしまう。こういう所を隠岐先輩に笑われてしまうのだろう。今も傍に隠岐先輩が居たらきっと――。……あぁ、私はいつでもどこでも隠岐先輩のことを考えてしまう。

「……好きだ」

 多分、好きじゃ足りないくらいに好き。大好き。たとえましろさんという存在があったとしても、好きに歯止めがかけられない。隠岐先輩がましろさんのことを恋愛的な意味で好きだったとしても、それを理由に好きを止めることも出来ない。

「なまえ? どした」
「好き」
「は? 何急に。私も好きだけど」
「私、隠岐先輩のこと、好き」
「……そんなん私に言うなっての」
「ごめん、ちょっと1人じゃ抑えきれそうもなくて」

 こみ上げてきた好きを抱えきれず、思わず美玖に電話をかけると美玖は溜息交じりにその気持ちを受け止めてくれた。「余計私に言うなっての」と続けられる言葉はごもっともだけども。

「まだちょっと勇気はなくて」
「まー、ましろさん居るしね。それに、ましろさん以外にも彼女の存在が居る可能性は捨てきれない」
「ちょっと美玖! 前ソレ言わないようにしたじゃん」
「仕方ないでしょ、今はそういう話題なんだし」
「うっ、うん……。だね……」
「てか、なんで急に込み上げるくらい好きになったわけ?」
「おでん」

 おでん〜!? と電話の向こうの声が顰められた。突然出たワードに対して当たり前の反応だよなと笑いつつ、先ほどの出来事を伝えるとひとまずの納得はしてくれたらしい。ついでに店長の言葉にも美玖は同意していた。

「まぁなんにしても、好きになっちゃったらどうしようもないよね」
「……うん。隠岐先輩に彼女が居たらちゃんと諦めるけど。はっきり分かってないうちから好きになるのをやめるのは無理だ」
「ましろさんの存在を知った上でそれでも好きって言えるなまえ、強いと思う」
「ほんと? 私、強いのかな」
「強いよ。だけど、隠岐先輩のこと好きって人は他にもたくさん居ると思う」

 美玖の言葉は噂でもなんでもなくて、紛うことのない事実だ。そのことだってもちろん分かっている。それでも、それも覚悟の上だ。

「だから。誰に何を言われようと、なまえの“好き”はなまえと隠岐先輩の間だけで解決しなね」
「私と隠岐先輩の間……?」
「負けんなってこと」
「美玖……ありがとう」

 勝ち負けじゃないかもしれないけど、こうやって背中を押して励ましてくれる美玖は、私にとって誰にも負けない心強い存在だって胸を張って言える。美玖が居るだけで私はこの気持ちに自信を持てるし、隠岐先輩のこと好きだって思い続けることが出来る。

「はーっ! 元気出た」
「落ち込んでたの?」
「んーん。落ち込んではない。もっと元気出たって話」
「今から帰って寝るだけなのに?」
「それ」

 アハハと笑いつつ、傍で寝そべる猫の頭を撫でる。誰かに恋をするっていうのは、辛いことも悲しいこともあるけど、それ以上にただなんとなく流れるこの瞬間ですら楽しいものに変えてしまえる、ものすごいことだと思う。

「どうしよ、今すごく楽しい」
「なまえをそんな気持ちにさせる隠岐先輩がちょっと羨ましい」
「美玖に好きな人が出来たら私がその気持ちを味わう番だね」
「今に見てろ」
「言い方もっと他にあるでしょ」

 最後まで楽しい気持ちで電話を切り、残っていたツユを飲み干し容器を空にしたところで「よしっ、帰ろう」と立ち上がる。猫とも存分に触れ合えたし、後は家に帰って明日に備えて寝るだけ……の前に。

「ご飯があるか。というか容器どうする?」

 今日のご飯はなんだろうと思うと、お腹は再び空腹を訴えだす。胃の容量はまだ空いてるけど、問題はこの手に抱えられた容器だ。空にしたは良いけど容器でつまみ食いしたことがバレてしまうじゃないか。……まずい、そこまで考えてなかった。

「絶対怒られる」

 案の定、おでんの容器が見つかってちょっぴり怒られてしまったけど、その間も“隠岐先輩に話したら笑ってくれるかな”なんて考えてことはお母さんには内緒だ。
prev top next
- ナノ -