ミイラ取りはどちらか

「今週の日曜日、空いてるか?」

 ぽつりぽつりと交わしていた会話が途切れた時。その隙間に差し込むように荒船から日曜日の予定を尋ねられた。特段予定もないと返せば、「じゃあ、その日俺がもらっても良いか」と再び寄越される問い。

「映画を観に行かないか」
「映画……デートじゃん」
「まぁ、そうなるな」

 今までだったら普通に遊びに行くだけだったイベントも、私たちの間に生じればデートに変わる。それを口にすれば荒船も同じ認識だと認められ、再び湧き起こるむず痒さ。それを気休め程度頬を掻くことで誤魔化し、「何が観たいとかあんの?」と話を進めてみせると「考えておく」と返された。

「でも確か、今ってランク戦真っただ中じゃなかったっけ?」
「だな」
「良いの? それになんかポジション? 変わったばっかって言ってなかったっけ?」
「覚えてたのか」
「え、普通に覚えてるよ。犬飼が茶化しに来てたじゃん」
「そうだったな」

 少し前の出来事を持ち出すと、荒船の口角も懐かしさによって上がる。“鋼くんに抜かされたからスナイパーになったの?”という犬飼の言葉に、荒船がなんと返したかまでは思い出せないけど。とにかく、荒船は最近ポジションを変えて忙しいようだ。時折盗み見る机にはよく分からない理論が書き殴られたノートがよく広がっている。そんな時に私に時間を割いて大丈夫だろうか。

「犬飼が帰った後、みょうじが俺に言った言葉は今でも覚えてる」
「私、なんか言ったっけ?」
「覚えてないのか。“どうでも良い”って言ってたぞ」
「……まじで? 最低なヤツじゃん」

 いくら気の置けない友人相手だったとしても。そんな言い方はないだろう、過去の私。そしてそれを今の今まで忘れていた今の私よ。人としてどうなんだ。
 脳内で自分を叱りつけていれば、「そうか?」とその思考を停止させる荒船。代わりに自分へと視線を引き寄せ、「俺はそうは思わなかったけどな」と反対意見を向けてくる。

「意外と救われたぞ」
「そうなの? なんで?」
「気にされないっていうのも、ありがたいもんだぜ」
「ふーん? まぁ、荒船がそう言うのなら。良いんだろうね」

 本人がそう言うことに、こちらがいつまでも引っかかるのも変だ。こちらが荒船の意見を受け入れることで会話を終わらせれば、荒船も納得したように微笑む。……あ、なんかこの感じ。普段交わしてる感じだ。良かった、この数年で構築した関係は簡単には崩れないものだ。さすが荒船、あの時の言葉通りになっている。

「そういえばみょうじ、最近よく小説読んでるよな?」
「あー、そうそう。好きな作家の最新作。やっぱ出たらすぐ読みたくなるんだよね」
「分かる。俺もシリーズ最新作が出たら公開日には観に行きたくなる」
「アクションものでしょ? DVDも持ってるよね、確か」
「あぁ。今は作戦室にあるけどな」

 教室でクラスメイトとよく話している映画。私は観たことないけど、荒船がどっぷりハマっている感じからして、とても面白いようだ。もしかしたら日曜日は荒船おすすめの映画になるのかもしれない。それならそれで楽しみだ。アクション映画を大画面で観るとなると、それなりに迫力を味わえるのだろう。……日曜日、意外と楽しみかもしれない。

「……あ、」
「ん?」
「あ、いや。なんでもない」
「そうか?」

 思わず口から出た気付き。それを口に出そうものなら、再び笑われてしまうかもしれない。これは胸の内に秘めて、家に帰ってクローゼットの前で悩むことにしよう。でもその前に。一応、探りだけは入れておくか。

「荒船って、どんな子がタイプ?」
「…………んな根底を覆すようなことを」
「……あっ。そっか……わ、私か……」

 溜息を吐かれ、そこでハッとし吐いて出た言葉に慌てて口を押えてももう遅くて。ただ私は、せっかくなら荒船の好きな服装で行こうと思っただけなのに。墓穴を掘ってどうする。……いやでも待って。前に荒船“大人しくて落ち着いた子がタイプ”って言ってたような……。私、真逆なのでは?

「つーか、根底を覆してんのはみょうじ自身だからな」
「えっ? どういう意味?」

 なんか、荒船から好きって言われた日からハテナばかり浮かべている気がする。その疑問符は荒船の吐き出す溜息によって吹き飛ばされ、「なんでもねー」という言葉で帰り道へと足を進められてしまう。そしてそれは「時間と場所は追って連絡する」と続く言葉によってうきうきとしたものへと変わってゆくのだ。




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