三分間即席ロマンス

 荒船と付き合うようになってから1日目。今日は1日大変だったと自習室に腰掛けるなり、盛大な溜息と共に体を机に突っ伏した。……小説、読み進められなかったな。
 昨日は荒船と教室に戻った先で「お前ら2人してなんの話してたんだ?」というクラスメイトの冷やかしが待っていた。そのことに“そういえば教室の中で堂々と呼び出しを喰らったんだった”と思い出しハッと息を呑んだ。慌てて取り繕おうとするよりも先、「俺とみょうじ、付き合うことになった」なんて爆弾発言が隣から飛び出すものだから、クラス中がザワついたのが記憶に新しい。

「みょうじちゃん、おめでとう」
「う〜〜わ」
「ちょっと。おれの顔見てそんな顔しないでくれる?」

 犬飼の登場に顔を萎ませるのは、犬飼の口調が茶化す人のソレだったからというのと、もうD組にまで話が広まっているという事実を知ってしまったからだ。そのことにより一層の悲愴を滲ませて溜息を吐けば、頭上で犬飼の笑い声が響く。

「お付き合いスタートしたばっかなのに。なんでそんなどんよりしてんの」
「お付き合いっていうか……うーん、」
「ねぇ、なんて告白されたの?」
「好きかもしれないって」
「えっ、かもしれない?」

 自然と隣に腰掛けてくる犬飼は、そのまま教材を広げつつ視線を時折こちらに寄越し会話を促してくる。……この会話、今日荒船が防衛任務で居ないのを良いことにクラスメイトから散々させられたんだよな。

「だから、“どうして好きかもしれないって思うのか”が分かるまで付き合って欲しいって」
「えー、何それ。おもしろ」
「面白がるな」

 肩をペチっと叩けば、それに呼応するように犬飼の瞳が歪んでゆく。犬飼の相手をしている暇はないと思い直し、私も自分の教材を広げた時だった。

「お、居た」
「荒船? え、防衛任務は?」

 カッターシャツを腕捲りしてその首にネクタイを通している荒船は、学生そのもの。とはいっても今日1日荒船はボーダーの任務にあたっていたはず。ネクタイを緩めながら私の右側に腰掛ける荒船は、「今日の分、取り戻しておきたくてな」と言いながら教材を広げだす。

「なるほど。さすが文武両道マン」
「やめろ。そんなダサい名前で俺を呼ぶんじゃねぇ」

 両サイドの会話に笑いつつ、「んじゃ今日分のノート貸そうか?」と尋ねれば「助かる」と微笑まれた。……こういう所、尊敬するなぁ。私だったら明日で良いやって思っちゃうけど、荒船はきちんと学校に来て、その遅れをその日のうちに取り戻そうとする。

「ほんとはみょうじちゃんに会いたいってのもあったりして〜?」
「ちょ、犬飼っ。変なこと言わないでっ」
「まぁそれもあるな」
「あ、あるんだ!?」

 両サイドから別の意味で殴られ続けている。そのせいでぽっと熱を持つ頬を犬飼は笑い、荒船は真顔で見つめてくる。……荒船の顔、悔しいくらいに整ってるからそんな風にじっと見られるのはご容赦願いたいんですが。

「みょうじなら自習室に来るだろうし、会えると思った」
「あ、あらふね……」

 ひゅう、と犬飼の口から調子の良い音が鳴る。もう周りを見れなくなって両手で頭を抱える私を、色んな人が好奇の視線で刺すのが分かる。違う、私じゃない。見るならこんなことを堂々と言えてしまう荒船を見てくれ。

「そしたらノート、借りれるだろ。みょうじのノートは分かり易くて助かる」
「そっちかーい!」

 まさかの。ここまで来たらみんなの期待通り「……お前の顔、見たくて///」的な言葉を言って欲しかった。それなのに荒船の求める物が私のノートだったと分かり、今この場に居る全員が私の言った言葉と同じことを思っただろう。それを代表して荒船に突っ込めば、荒船は首を傾げハテナを浮かべてみせる。コイツ頭良過ぎてちょっとズレてないか?

「良く分かんねぇけど。とにかく、みょうじに会えて良かった」
「うーん……!」

 言って欲しい言葉なんだけども。なんかちょっと違うような気もするな? なんとも言い難い気持ちを噛み締めていれば、隣に座る犬飼からポンポンと2回肩を叩かれた。それに悲し気な顔を返せば、犬飼はまた1つおかしそうに笑ってみせるのだ。




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