君の側


 放課後。図書館で資料を探しながら牛島くんの姿を探すことにも意識を向ける。ウチの図書館広いから、下手したら合流出来ないかもしれない。そうこうしているうちに右腕の中に重なった資料が重みを増し、一旦机に戻った方が良いくらいになった。最後にあの本だけ取っておこう。目星を付けた本は右側に壁がある本棚の1番右側にあって、取るのに苦戦してしまう。
 右手を使おうにも今まで取っていた資料を抱えているせいで難しい。私の腕力が牛島くんくらいあったら良かったのに。仕方ない。後でもう1回ここに来よう。溜息を吐いてその資料を諦めようとした時。後ろから大きな手がぬっと伸び、私が取ろうと思っていた資料は呆気なくその手によって捕らえられてしまった。……あ、取られちゃった。

「これで良いか」
「わ、牛島くん。ありがとう。練習、もう終わったんだ?」

 聞き慣れた声に振り向くと、そこには思った通りの人物が居た。これ……なんか、恥ずかしいな。牛島くんと本棚の間に閉じ込められてるみたいだ。

「今日から試験が終わるまでは早めに終わる」
「そっか。そうだったね。あ、資料ありがとう」

 お礼を言いながら資料を受け取ろうとすると、逆に私の右手にあった資料を取られてしまった。腕、やっぱり逞しいなぁ……じゃなくて。

「だ、大丈夫だよ。私が使うものだから」
「一緒に勉強させてもらうお礼だ。持たせて欲しい」
「バレー界の主砲の腕に持たせるなんて、恐れ多過ぎる」
「ふっ。特権だと誇れば良い」
「ヒィッ」

 そんなこと出来るわけないと悲鳴に近い鳴き声をあげる私に、牛島くんはもう1度笑う。結局資料は全て牛島くんの腕に抱えられたまま、牛島くんはスタスタと歩き出してしまった。



「ここで良いか」

 迷いなく歩く牛島くんのあとをついて行ったら、私の特等席に辿り着いた。凄い、なんたる偶然。

「凄い。私、いつもここで勉強してるんだ」

 2人で勉強するにはうってつけだよなと思いながら椅子に腰掛けると、牛島くんも「知っている」と言いながら反対の椅子に腰かける。

「えっ?」
「いつもここで勉強しているだろう。高校に入学してから、ずっと」

 嘘、なんで知ってるの? 言葉にせずとも、表情でそう尋ねていたらしい。「ずっと、この窓から見ていた」私の疑問に答えるように、牛島くんが窓の外に視線を向けながら言葉を続ける。

「毎日勉強する姿を見て、俺も励まされていた。必死に頑張っているみょうじのことを、俺は尊敬している」

 ひっそりと誰からも見つからずに過ごすのが私にとってはお似合い――そう思っていたのに。そんな気持ちで選んだこの席を、まさか牛島くんが見ていただなんて。それだけじゃなく、頑張っていると認めてくれた。尊敬するとも言ってくれた。その事実がまた1つ、私の心を温める。

「あのね、牛島くん。実は私も、この窓から牛島くんのこと見てたんだ」
「そうか」
「私にとってはコンプレックスだと感じていた左利きを、全国に通じる武器として戦って、自信に変える牛島くんに憧れてた。3年生で同じクラスになって、牛島くんと関わるようになって、バレー部のみんなも私を受け入れてくれて。みんなのおかげで、自分のやりたいことに挑戦しようって思えた」
「みょうじのやりたいこと?」
「うん。私ね、将来、英語を活かせる道に進みたいんだ。唯一得意だって言える教科で、漠然とそうしたいなと思ってはいたんだけど。ずっと、“こんな私なんかじゃ”って思ってて」
「……そうか」
「気持ちがマイナスになる度にこの窓から牛島くんを見て力をもらってた」
「みょうじの手助けが出来たのなら何よりだ」
「うん。牛島くんのおかげで、頑張ろうっていつも思えてた。だから、自分の将来のことも自分で決めて、自分の足で進みたい。牛島くんみたいに、自信を持って」

 ずっと心の中で思っていたことを牛島くんに打ち明けると、牛島くんはそれを静かに聞いた後、「変わったな」と微笑む。

「牛島くんのおかげだよ」

 心からそう思う。牛島くんを真っ直ぐ見つめ返す。この言葉は自信を持って言えるから。

「俺も、みょうじのおかげでここまで来ることが出来た。出来ることなら、このままずっと応援して欲しい。出来れば傍で」
「えっ?」
「……いいや。なんでもない」

 牛島くんはそう言って問題集を広げ勉強の世界へと入ってゆく。時々、牛島くんの言葉の先を知りたくなることがある。だけど当の本人はスッキリした顔で次へと進んでいるから、聞くに聞けなくなってしまう。
 まだ少しさっきの言葉の意味を知りたい気持ちに引っ張られるけれど、気持ちを切り替えて私も資料を開く。牛島くんに離されないように。私も、牛島くんの傍にずっと居たいから。

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