兵士とオヒメサマの関係に終止符を


 オヒメサマの顔つきが変わったな、と思ったのは、それこそ若利くんの表情が穏やかになったと思いはじめたのと同じ頃だった。同じクラスなんだから、何か進展の1つくらいはないとおかしいし。何が起こっているのか知りたくて堪らないけど、クラスが違うとどうしても内情が掴みにくい。“楽しい”の気配がするのに中々掴めないことにモヤモヤを抱えている時、隼人くんが言った言葉に思わず耳が反応する。

「最近若利がみょうじさんと一緒に教室に入って来るんだよなぁ」

 なんだって、隼人くん。そんなオイシイ情報、なんでもっと早く言ってくんないのさ。

「いやてか、みょうじさんって誰だよ」
「あ、みょうじさん? みょうじさんは、同じクラスの子。んで、最近よく若利と喋ってる子、かな。俺もあんまりよくは知らねんだけどさ、俺が話しかけてもたどたどしく話すのに、若利と話す時はフツーっていうか落ち着いてるっていうか……。顔の怖さで言えば若利の方が怖いべ?」

 英太くんから入った疑問の声に的外れな推測をしてみせる隼人くん。隼人くん、顔の怖さとかじゃないと思うよ。てか隼人くんも充分顔つき怖いからね。隼人くん達の会話に実際には入らず、心の中でだけ言葉を発する。こんなにオモシロイ話、もうちょっとだけ独り占めしたいしね。
 若利くんは練習が終わると黙々と着替えて部室を後にする。それなのに、隼人くんよりも後に教室に入ってくるなんて、そんなの“オヒメサマを迎えに行ってます”って言ってるようなモノじゃん。若利くんって、分かりにくいようで分かり易いんだなぁ。そういう部分が若利くんの素直で良いところだなと思うし、面白くもあるところ。隼人くんの話によってオヒメサマの表情が変わってきた理由も分かったことだし、良いこと聞けた。ナルホド、あの2人は今そんなことになっているのか。ははぁ〜ん。イイネイイネ。
 1人でニヤニヤしていると獅音が「お前はずっと分かってたんだな」とジト目で見つめてくる。

「え、だって若利くんずっとあの子のこと見てたじゃん。あれで分からない方がオカシイでしょ〜。まぁでも、言っちゃうとみんなが若利くんの恋愛事情で楽しむでしょ? それはつまんないから、もうちょっとだけ1人で楽しむつもりだヨ〜」

 そう言ってニヤリと笑ってみせると獅音は「やっぱりゲスいこと考えてたんだな……」といつかの俺に向かって言った言葉をもう1度言ってくる。ゲスくて結構。だって、そっちの方から面白そうな匂いがするんだから。



「牛島、ちょっと良いか。今度の練習試合なんだが」
「……はい」

 若利くんが先生から今度の練習試合についての打ち合わせを持ちかけられた時。いつもならすぐに先生のもとへ向かうのに、今日はほんの一瞬戸惑いを見せた。理由なら簡単だ。それは、今が朝練を終えてランニングに行こうとしたまさにその時だから。もっと具体的に言うならば、オヒメサマと会える朝の時間だから。残念だったね、若利くん。心の中で若利くんへ労わる言葉を送って、俺は外へと向かって足を向ける。だってさっさと走らないと鍛治くんがウルサイからね。

 体育館を出て、校舎内を走っていると最近は前を向いてワクワクとした表情を浮かべながら歩くようになったオヒメサマと出くわす。まぁ、出くわすと言っても俺が離れた場所から見つけただけなんだけど。オヒメサマを見つけつつも、特に話しかけることもしないで通り過ぎようとした……けど、オヒメサマの顔がきょろきょろと忙しなく動くのでつい気になって足を止める。……あ、分かった。若利くんを探してるんだ。
 もう、ほんと、2人して分かり易いなぁ。静かにだけど、どちらとも一生懸命で真っ直ぐな2人を見て、いつしか微笑ましい気持ちを抱いていることに気が付いた俺はちょっとだけ溜め息を吐いた後、息を吸って「オヒメサマ〜!!」と叫んだ。

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