あの子はもう目を覚まさない


 ぱちっと目が覚め、自室の時計に目を向ければ“2:15”の文字。寝る前に行われていたパーティーを思い出し、つい頬が緩む。その余韻をすぐに手放すのが勿体なくて、ベッドから起き上がり共用スペースに足を延ばすことにした。

「あれ、鋼くん。まだ起きてたんだ?」
「あぁ。……なんだか寝るのが勿体ない気がして」
「ふふ。それはちょっと分かるかも」

 共用スペースに設置されたテレビには、何かの戦闘シーンが流れている。音が聞こえないのは鋼くんがイヤホンをしているからだろう。テレビ画面を見つめていると「ボーダーのランク戦なんだが。良かったらなまえさんも見るか?」と問われた。

「良いの? これ、ボーダー関係だよね?」
「あぁ。なまえさんもボーダー隊員だろう?」
「あ、そっか。そうだった。……見ても良いんだったね」

 隣に腰掛けると鋼くんが私に近寄りブランケットを分けてくれる。それに礼を告げれば「イヤホンはこれしかないから、半分ずつでも良いだろうか」とイヤホンを差し出された。構わないし、むしろ良いんですか? とこっちが訊きたいくらいだ。

「鋼くんたちのチームは“鈴鳴”って感じがするね」
「そうか?」
「うん。一心同体って感じ」
「そうか。それは嬉しいな」

 ポツリポツリと交わす会話。1つのブランケットとイヤホンを2人で分け合って、2人きりの時間を過ごしてる。なんて贅沢な夜なんだろう。特に今日はずっと楽しかった。その延長タイムを味わっていると鋼くんから肩をとんとんと叩かれた。

「ん? ……っ、」

 ぱっと振り向くと、そこにはいつも以上に近い場所にある鋼くんの顔。これだけ近くに居たら当たり前かと思いはするけど、その当たり前は普段からは考えられないものだ。思わず逸らした視線を、鋼くんが笑う気配がする。鋼くんは分かってて呼んだのかもしれない、と思い至ってももう遅い。

「この前の答え、なんだが」
「あ、あぁ。うん」
「ちゃんと口に出して答えても良いだろうか」

 鋼くんの言葉に集中する為にイヤホンを外す。そうすればこの場所に鋼くんしか存在していないような気がして、鋼くんから視線を逸らすことが出来なくなった。でも、今度は逃げることなくじっと見つめ鋼くんの答えを待つ。

「なまえさんとなら、どんな時間もデートだって思う」
「うん」
「今こうしている時間も、オレにとってはそうだ」
「……私も」
「オレはなまえさんのことが好きだ」
「……うん」

 夜に放たれた言葉。それは浮遊することなく真っ直ぐ私のもとへと届けられる。まるで明かりの灯る場所がどこかを知っていたようだ。そして、私の想いも同じように真っ直ぐ鋼くんの胸へと届く。

「私も鋼くんのこと、好き」

 互いの胸に贈られた言葉を大事に抱え、幸せを示すかのように笑い合う。そうしてそれを分かち合うように指を絡ませれば、胸の中のこれ以上ないくらいの幸せが溢れてくるから。……もっと、味わいたいなんて思ったらわがままだろうか。

「鋼くん、」

 願いを名前に乗せてねだれば、鋼くんはそれを掬い取ってくれる。明らかに熱のこもった視線に、期待を込めて瞳を閉じれば鋼くんの気配が近付いてきた。

「んあ……? 鋼さん?」
「た、太一。どうした」
「トイレ……どこでしったっけ?」
「あっちだ。こっちとは反対だぞ」
「あー、そっか。そうでした……」

 ある意味お決まりのタイミングだと寝惚けた太一くんを見て思う。思わずソファ下に隠れてしまったけど、これから一緒に暮らしていくうえで私と鋼くんのことはきちんと報告しないとだな。
 太一くんの足音が遠のくのを聞いて、体を起き上がらせる。そうして鋼くんと苦笑いをしつつ「明日、きちんと報告しよう」と話し合う。……私たちのこと、受け入れてくれると良いな。

「なまえさん」
「ん?」
「さっきの続きは……もうなしだろうか」
「ふふっ……あははっ、」
「なっ」

 声を抑えつつ笑えば、鋼くんが動揺を見せる。いやだって、そんな言いにくそうに切り出さなくても良いのに。鋼くんが可愛くてつい笑ってしまえば、「悪い……がっついてるよな」と詫びを入れられてしまった。

「違うよ。鋼くんが可愛かったら笑っただけ」
「そう、なのか」
「お互いが“キスしたい”って思ったら、その時して良いと思う」
「じゃ、じゃあ……」

 ぱぁっと明るくなる鋼くんの顔。それにまた1つ口角を緩めながら同じように緩められた鋼くんの頬に手を添える。そうしてその顔にぐっと自分の顔を近付け、唇を押し当てれば少しカサついた唇の感触。その感触が鋼くんも男の子なんだって思わせるから、それにもドキドキして。

「最高のデートだ」
「えへへ。今までで1番?」
「あぁ。だな」
「良かった」

 胸に擦り寄ればぎゅっと回される腕。……確かに、今までで1番幸せな時間かもしれない。こうして誰かに抱き締められるのも数年ぶりで、忘れかけていたひと肌がこんなにも愛おしいものだって痛感させられている。

「んあ……? 鋼さん?」
「トイレ、間に合ったか?」
「はい。でもおれの部屋……どこでしったっけ?」
「あっちだ。こっちとは反対だぞ」
「あー、そっか。そうでした……」

 トイレから戻って来た太一くんは完全に寝惚けているようで、私に気付かないまま自室へと戻って行った。その様子を見ていれば私にも睡魔が宿りだす。鋼くんの腕の中が居心地良いせいだ。

「おやすみなまえさん」
「寝るの、勿体ないなぁ」
「どうして?」

 ゆっくりと撫でられる背中。それに睡魔を育てられつつ、「だって、夢だったら嫌だもん」と本心を零せば、それには「大丈夫だ」という答えが返された。

「オレのサイドエフェクトが夢じゃないって学習するから」
「なるほど……。やっぱり鋼くんのサイドエフェクトには敵わないや」
「あはは。オレの強みだからな」

 鋼くんの笑い声も、話し声も、手も、何もかも。私の、幸せそのものだ。

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