一ピース嵌めれば吉日
鈴鳴支部は地域住民とボーダーを繋ぐ窓口でもある。先のイレギュラーゲート発生によって受けた被害の届け出や、ボーダーに対する意見や相談などその種類は様々。そこに最近は入隊の書類を持って訪れる人も加わりだした。恐らく、年明けに行われる入隊式が近付いているからだろう。
私はボーダー隊員ではないので詳しいことは分らないけど、入隊式には鈴鳴第一のメンバーも手伝いとして参加するらしい。ここ数日は3階の部屋に夜遅くまで照明が灯されている。
「何か手伝えること、」
冬休みにも入ったし、私だけ勉強して過ごすのも申し訳ないというか……寂しい。子供染みた考えをしていると己を律しつつ、ぼんやりとこの考えが脳を纏い続けていた時。唐沢さんから連絡があって、鈴鳴支部で会うことになった。
「どうですか、鈴鳴支部は」
「おかげさまで。ホテル住まいより快適な生活を送らせて頂いています」
「それは良かった。解体作業も転居先も中々進まなくて、申し訳ないと思っていた所だったので」
「いえ。家の方は急いでないですし、他の方を優先されて下さい。それに、ここはとても居心地が良くて、このままここに住めたら――なんて思ってるくらいですから」
私の言葉にもう1度「それは良かった」と微笑む唐沢さん。そうして出したお茶に口をつければ「美味しい」とポツリと呟いた。その言葉に頬を緩ませつつ、「結花ちゃん――今さんに淹れ方教わったんです」と得意げに話すと、唐沢さんは同じように口角を上げて応えてくれた。
「あの、」
「はい」
「1つご相談があるんですけど」
「なんでしょう」
唐沢さんに相談して良いことなのか、ちょっと分からないけど。唐沢さんは私にとってボーダーの窓口のような人だから、頼らせてもらおう。
「最近、ここに居る人たちが忙しそうで」
「確かに、今は繁忙期ですね」
「それで、何か私にも手伝えることはないかなって思ってて……」
「みょうじさんがですか?」
「あでも、今更戦闘とかは難しいかもですけど……。他の、例えば事務作業的な部分でみんなの負担を減らせないかなと」
鋼くんは私に“強くなくて良い”って言ってくれた。その言葉はものすごく嬉しかったし、そういう部分は鋼くんたちに任せようとも思えた。……だから、別の部分でみんなのことをサポート出来たらって思う。その思いを告げれば、唐沢さんはその意図を汲んでくれたらしい。
「みょうじさんはここが本当に大好きなんですね」
「……はい。大好きです」
「はは、そうですか。……事務作業となれば、一般職員としての採用が考えられます。基地に戻ってから他の上層部の方たちに相談してみましょう」
「よろしくお願いします」
「きっと採用されると思います。鈴鳴支部は他に比べると新設されたばかりで人手も足りてないですし。それに、一緒に生活しているみょうじさんがボーダー隊員になるのはこちらも色々とメリットもありますから」
確かに、鈴鳴支部に居る以上は一般人なら知り得ない部分も必然的に知っていく。それならばいっそのことボーダー隊員として私を雇った方が、色々と機密事項の部分などでも都合が良いのだろう。それに、そうなれば――。
「ボーダー隊員になるならみょうじさんも鈴鳴支部に住むことが許されるでしょうし」
「脱・仮住まいですか?」
「ははは、そうなるでしょうね」
では詳細はまた改めて――そう言って腰をあげる唐沢さんから、“正式に採用が決まりました”という連絡が来たのは、その日の夜のこと。
「と、いうわけで。晴れて私も鈴鳴支部所属隊員となりました」
夕食の場で一般職員としての採用が決まったことを告げれば、鈴鳴のみんなが喜んでくれた。鈴鳴第一として防衛任務に出たり、一緒に戦ったりは出来ないけど、気持ちとしては私も鈴鳴第一メンバーになったつもりだ。
「おめでとうございますなまえさん!」
「いやぁ、嬉しいなぁ。これからはボーダー隊員としてもよろしく」
「太一くん、来馬さん。ありがとうございます」
結花ちゃんと一緒に作ったチキン南蛮を頬張れば、なんだかいつもよりも美味しく感じてついぱくぱくと口に運んでしまう。……これは鋼くんに筋肉を吸われなくてもまずいかもしれない。やっぱり自主トレが必要かもしれない。
「ボーダーの隊員になるってことは、なまえさんもここにずっと住むってことか?」
「それも確認したら、“私が良ければ”って」
「なんて答えたの?」
鋼くんの問いに答えれば、それには結花ちゃんが問うてくるから。満面の笑みを浮かべ「よろしくお願いします! って言った」と答えれば、太一くんが「いえーい!」とマグカップを掲げてみせた。
「太一危ない! って言いたいところだけど。今日だけは私も同じ気分だわ」
「あはは。じゃあみんなで乾杯しよう」
来馬さんの声で全員が色違いのマグカップを掲げる。そうしてひとしきり盛り上がった後、鋼くんとぱちっと目が合うから。その目をじっと見つめ返せば、鋼くんの瞳がゆっくりと細められた。……いつか、鋼くんに私の話をする時は穏やかな顔をして欲しいって思った。でも、今みたいな顔をされる方が嬉しいって思っちゃうのは、私が鋼くんに同じような感情を抱いているからだと思う。
「ねぇ鋼くん」
「ん?」
「これからはたくさん、買い物に付き合ってくれる?」
「……あぁ、喜んで」
私たちにとって、これはデートの約束。