君の時間を貰える贅沢


 無事狙っていたトイレットペーパーも手に入れ、白米コーナーでは鋼くんの悩みに付き合って。そうして無事に白米も手に入れた所で他の商品も見て回ることにした。
 カートを押そうとすると、「オレが」と私を制しカートの取っ手を握る鋼くん。いくらお米が入っているからとはいえ、私でも難なく押せるはず。だけどこれは鋼くんの優しさだし、ここは素直に甘えることにした。

「あ、玉ねぎも買っておこうか」
「そうだな。ウチではよく使うし」
「マカロニグラタンとナポリタンね」
「あぁ」

 来馬先輩と太一くんの好物を挙げれば、鋼くんの頬が緩やかに上がる。鈴鳴の話をしている時の鋼くんの顔が、1番穏やかだなぁといつも思う。……いつか、私のことを話す時もこんな顔をしてくれる日が来ると良いな、なんて。これはちょっと厚かましいか。

「あ、そば粉。……さすがに手作りは厳しいか」

 そば粉を手に取り、鈴鳴でそばを手作りするシーンを思い描く。頭の中に浮かんでくるのは、めん棒を振り回す無邪気で鬼のような太一くんの姿。それにぞっとしつつそば粉を元に戻すと、「オレの好物、覚えてくれていたのか」と鋼くんの弾む声が届いた。

「そりゃ一緒に住んでるんだし。鋼くんが好きな物だって覚えるよ。ざる蕎麦でしょ? あと白米。あ、自主練も好きだよね。あとは……鈴鳴のみんな!」
「……あぁ。全部正解だ」
「えへへ。サイドエフェクト越えしちゃったかな?」

 くるりと後ろを向き、カートの向こう側に居る鋼くんに笑いかける。そうすれば鋼くんは一瞬目を開いた後、それをゆっくりと緩めながら笑ってみせる。あぁ、やっぱり鋼くんのこの顔、私好きだな。

「オレも負けないように鍛錬しないとだな」
「出た、自己鍛錬!」
「あはは、確かに。好きみたいだ」

 その言葉は私に向けられたものじゃない。そう分かってはいるのに、ドクンと脈打つ心臓はいつまで経ってもそれを学習する気配はなさそうだ。



「いやぁ。大漁でしたね」
「確かに。2人だからと思うとつい買いすぎてしまった」

 会計を終え、袋詰めされた商品たち。トイレットペーパーと米と、その他諸々。お得に買えはしたけど、今からこれを持って鈴鳴支部まで歩いて帰らないといけない。

「結花ちゃんに玉ねぎも安かったって言ったら、喜んでくれるかな?」
「あぁ。来馬先輩や太一も喜ぶだろう」
「あはは、そうだと良いな」

 でも、気持ちは袋の重さに反比例するように軽やかで。その気持ちが荷物の重みさえ和らげてくれるような気がして、ぎゅっと持ち手を握りしめる。

「なまえさんが持ってる袋、オレが持つよ」
「ううん、平気。さすがにトイレットペーパーとお米を持ってもらってる鋼くんに、重たい袋まで持たせるほどスパルタじゃないから」
「好きだから」
「えっ」

 思わず固まってしまえば、鋼くんは袋を指差し「自己鍛錬」と言葉を継いでみせた。その言葉に一気に体が弛緩するのが分かる。……ついさっきも同じことがあったはずなのに。やっぱり私は鋼くんのサイドエフェクトを越すなんて無理そうだ。

「私、鋼くんと一緒に居たら筋肉なくなっちゃいそう」
「ん?」
「鋼くんに私の筋肉吸われる気がする」
「えっ」
「あはは! 冗談だよ。じゃあ次買い物行った時は私に重たい方持たせてくれる?」
「あぁ、お願いしよう」

 鋼くんの手にあった袋を受け取った後、自分の手元にあった袋を差し出す。それ目がけて鋼くんが手を伸ばし、持ち手を掴む。その流れで鋼くんの大きな手が私の指も掴み、意図せず手を握り合うような形になってしまった。

「あ、待って待って。鋼くんは離さないで」
「えっ」
「袋が落ちちゃう」
「あ、あぁ。そういうことか」
「私がゆっくり指を離すから……離さないって手もあり?」

 それなら、鋼くんの自己鍛錬も出来るし私の筋肉がなくなることもない。ふとそんな考えがよぎって思わず口に出してみた。その言葉を受けた鋼くんは、今までとはちょっと違った顔をしていたので、「えへへ。じょ、冗談です」と笑いゆっくりと指を抜き取る。

「今度、自主トレ習おうかな?」
「ん?」
「な、なんとなく。……ほら、こういう時に力持ちが2人居たら良さげじゃん?」
「なるほど、確かに。でも、なまえさんは強くなくて良い」
「えっ、なんで?」
「オレがその分強くなる」
「……っ、そ、そっちのが現実的かな。あはは」

 あれ。おかしい。さっきの鋼くんといい、今の私といい。頬に集まる熱も、早い鼓動も、家族に対するものじゃないような気がする。その熱を逃がすように視線を街中へと向ければ、私たちと同じように買い物をする人の姿。この人たちにもそれぞれ帰る場所があって、そこでホッと気持ちをほぐしているのだろう。
 じっと鋼くんを見つめてみる。その横顔を見つめればまだ少しだけ胸が高鳴るけど、その高鳴りは決して痛くも苦しくもない。それが、私にとって鋼くんがどんな存在かを示しているようで。

「さっきの鋼くんの質問、」
「ん?」
「好きな人となら買い物でもデートになるのか――ってやつ」
「あぁ、行きがけに話したやつか」
「うん。私にもはっきりとは分からないけど、多分きっと“デート”になると思う」
「……そうか」
「鋼くんは? どう思う?」

 街中に漂っていた鋼くんの視線が私のもとで留まる。鋼くんはゆっくりと口を開き、「そうなれば良いなと思う」と口角をあげて答えてくれた。

「そっか。……いつか、はっきり答えが出る日が来ると良いな」
「あぁ。それまでゆっくり考えよう」

 答えが出るのにそう時間はかからないような気もしている。でも、鋼くんの言うようにゆっくり考えることも大事だ。私たちにはそれだけの時間が与えられているから。

「帰ろっか」
「あぁ」

 だから、今日はとりあず一緒に家に帰ろう。

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