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 カゲの爆睡に、天気や日差しは関係ないことをこの数ヶ月が証明している。後ろから聞こえる穏やかな寝息を笑い、ちらりと時計に視線を這わす。今はお昼休みだし、終了10分前になるまで寝かせてあげるか。

「カゲのパンも買ってきてあげよ」

 購買に行こうと、音を立てないように椅子から立ち上がろうとしたのは良いものの。腰を数センチ浮かせた所で制服が後ろにピンと引っ張られる感覚がした。椅子に挟まったのだろうかと首を後ろに回せば、そこにはカゲの右手に掴まれた私の制服。……嘘、これ、私も身動き出来ないやつ……?

「……穂刈くん」

 財布を握りしめた穂刈くんと目が合い、手招きをすれば「用事か、オレに」と近付いてくるので、手招きしていた手で制服を指差す。

「撮れば良いのか、写真を」
「ちっ」

 思わず大きくなった一言目にギュッと口を噤み、意識的にトーンダウンさせながら「違うくて。申し訳ないんだけど……私たちのパンも買ってきてもらえないかな」とお願いする。これじゃ動けないので、と目線を動かせば穂刈くんも親指立てて応えてくれる。それに礼を告げながらお金を取り出そうとすれば、待ったと5本指全てを向けられた。

「良い、後で貰う」

 その言葉に両手を合わせれば、今度は自身の二の腕を押さえる穂刈くん。……任せろ、という意味なのだろう。
 そうして自信満々に教室から出て行った穂刈くんを見送り、留守番を始める。ちょっと身じろぎしてみてもカゲの力は弱まらず。……これはきっと皺になるな。というかなんで制服掴んだまま爆睡? 制服を掴むに至った経緯を想像してはニヤニヤと笑っていれば、「なまえ、顔やばい」といつの間にか現れた倫ちゃんから頬を突かれた。

「り、倫ちゃん……! どうしたの?」
「ちょっと自分の隊員に用があって」
「あ、穂刈くんなら今お遣いに行ってくれてるよ」
「動けないなまえの代わりに?」

 そう言って向けられる視線は、私とカゲの間。そこをまじまじと見つめながら「帰って来るまでデッサンでもしよっかな」とポケットから小さめのメモ帳を取り出す倫ちゃん。その姿に慌てて止めに入れば「え、嫌?」と微笑まれる。……嫌かどうかと訊かれると、それは……。

「うん。じゃあ動かないでね」

 沈黙を否定と捉えた倫ちゃんはにこっと笑うなりペンを走らせる。数分その体制を維持していると、「戻ったぞ」と穂刈くんが購買から戻って来た。

「ごめんね、ありがとう」

 両腕にたくさんのパンを抱えた穂刈くんから数個を譲り受け、もう1度両手を合わせればまたしても親指を向けられた。穂刈くんはその動作の流れで「描けたか。良い絵は」と言いながら、倫ちゃんのメモ帳を覗きこむ。

「んー、やっぱ時間が足りない」
「えっ」
「ごめんねなまえ。代わりに写真撮ってあげる」

 ニコっと笑う倫ちゃんは、私が大声を出せないのを良いことに、素早くスマホを構えシャッターを押しワンシーンを抑える。……はじめからこのつもりだったな。

「これ、荒船くんが渡してって」
「あぁ。昨日帰ったからな、オレが先に」

 倫ちゃんが穂刈くんに手渡しているのは、パッケージを見る感じアクション映画のDVDのようだった。きっと貸し借りの話をチームメイトでしていたのだろう。……そういえば。

「荒船くんって、最近スナイパーになったんだったよね?」
「そうそう。オールラウンダーになりたいんだって」
「オールラウンダー……だから転向したんだ」
「だからウチ、今全員スナイパー」
「異色のチームだ」
「とはいっても荒船くんは弧月もセットしてるから、いざとなれば接近戦も対応出来るけどね」
「凄い……。2つのトリガーを使いこなすなんて、憧れるな」

 B級になれば持てるトリガーの数が増えるから、荒船くんみたいに複数のトリガーを使う人も居る。……まぁ、私はとりあえずスコーピオンを4,000ポイントにすることが最優先だ。

「みょうじさんも来るか、スナイプ界に」
「んー……スナイパーというより……」

 教室に視線を泳がせていれば、ぐいっと制服を掴まれ視界が揺れた。その後すぐに体が自由になる感覚がして、「ん……」と寝惚けた声が後ろから聞こえてくる。

「あ、おはようカゲ」
「……腹減った」

 腹時計の正確さに感動しつつ、穂刈くんから買って来てもらったパンを差し出せば「……なんでだ?」と不思議そうに首を傾げるカゲ。確かに、起きたら目の前に食事が用意されてるなんて厚遇、不思議だよね。じっとパンを見つめるカゲを笑いながら「カゲが爆睡してたから、ご飯買いに行く時間ないんじゃないかと思って」と答えれば「……わりぃ」と状況を受け入れ礼を告げてくる。

「あ、私じゃなくて穂刈くんが買ってきてくれたんだ」
「あ? なんで」
「それは……、その」

 私の口から言うのも……と言い淀めば、倫ちゃんと穂刈くんは目を見合わせた後ニヤニヤとした顔つきに変わる。その反応を見てカゲの眉がぎゅっと寄り、「うぜぇ。さっさと散れ」と手で追い払う。

「謝っとけよ。みょうじさんの制服に皺つけたこと」
「じゃあなまえ。写真は後で送るね」

 穂刈くんはカゲに。倫ちゃんは私に。それぞれが冷やかしの言葉を置き土産に、その場から立ち去って行く。その姿を見送ってちょっとだけ沈黙を置いた後、「食うか」とカゲがパンの袋を開ける。

「あ、お金。穂刈くんに渡すの忘れてた」
「良い。俺が後で渡す」
「じゃあ私の分カゲに渡しても良い?」
「要らねぇ。皺の詫びだ」
「……ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、頂きます」

 カゲと一緒に食べるパンは、頬っぺたが落ちそうなくらい美味しい。
極上ランチを召し上がれ


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