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好きは何個あっても足りない

 3回目のワクチンが迫った日。季節の変わり目のせいか、風邪をひいてしまった。今はまだ喉の痛み程度だけど、恐らくこのあとに本格的な発熱が待っているだろう。自分の身体との付き合いは長いので、ある程度の予想はつく。
 もしかしたらユキを病院に連れて行けないかもだなぁと布団の中でぼんやりと思う。人間の風邪が動物に移ることはないみたいだけど、万が一のことを考えてユキとの接触も避けている。

 この前のバレー観戦があまりにも楽しくて、どうやらはしゃぎ過ぎてしまったようだ。帰りに寄ったご飯もとても美味しくて、昼神先生から「また一緒に行こう」と言われて大きく頷いたのに。このままだったらその約束さえ果たすのはもうちょっとお預けになりそうだ。……ユキ、元気かなぁ――その気持ちは潤ちゃんや拓海くんから送ってもらう写真のおかげで紛れている。コタロウくんの写真も昼神先生とのラインを遡ればたくさんあるので、いつでも見れる。

「先生に会いたいなぁ」

 問題は先生だ。先生との思い出も随分と増えたけど、まだたくさん欲しい。ラインのやり取りを見返すだけじゃ足りない。思い出を脳内で反芻させてみたらもっと会いたくなる。いつだって声を聞きたい。笑った顔も悪戯な表情もたくさん見たい。

「どうしよう……めっちゃ好きだ」

 上司に体調が芳しくないと報告をすれば「今週は休むように」と心配そうな声と共に休暇を言い渡された。そうして昼間から横たわる布団の中で色んなことを思うけれど、行き着く先はどうしても1人の男性。こういう時に思い浮かべちゃうの、本気で好きな証拠だよなぁ――と恥ずかしくも今更な本音を認めてみたり。そうすることでボッと上がる体温におかしくなってみたり。

「なまえちゃん、起きてるかい」
「ウメちゃん」
「体調どうだい?」
「今はまだ大丈夫。でもこっから上がるかも」
「ご飯作ったから食べられそうな時に食べな」
「わー、ありがとう。こういう時の手作りって胃に沁みるんだよね」
「ははは、そりゃあ良かった」

 ウメちゃんが持って来てくれたご飯をありがたく受け取り、食卓に運んで手を合わせる。ウメちゃんの手料理はいつどんな時に食べても美味しいけど、こういう時に食べるとそれを余計実感する。……先生と食べたシュウマイも美味しかったなぁ。ウメちゃんの料理、今度昼神先生にも食べてもらいたいなぁ――なんて。私はまた昼神先生のこと考えてる。でもきっと、昼神先生もウメちゃんも私の提案を喜んで引き受けてくれるんじゃないかって思う。

 しあわせ荘のメンバーの中に昼神先生を入れてみたら、みんなが笑っている姿を簡単に想像することが出来る。あのバーベキューもとっても楽しかったし、いつかまた出来たら嬉しい。

「ねえウメちゃん。バーベキューまたしたいね」
「あぁ、そうだね。竹生さんも楽しかったって言ってたよ」
「その時は昼神先生のこと呼んでも良い?」
「もちろん。なまえちゃんが呼びたい人を呼べば良いさ」
「ふふっ。そうだね。……あっ、それならコタロウくんのことも呼びたいな」
「コタロウくん?」

 昼神先生が飼っている犬なんだと言って写真を見せれば「可愛いわんちゃんだねぇ」とウメちゃんの目尻が下がる。ウメちゃんの反応に笑みを浮かべれば、「なまえちゃんは昼神先生のこと話す時、とても楽しそうだね」と微笑まれ思わず固まってしまう。……私、そんなに分かり易いのだろうか。

「良いことだよ。好きな人が居るっていうのは」
「……うん」
「昼神先生の為にも、ご飯を食べたら寝ないとね」
「そうだね」

 昼神先生のこと大好きだけど、しあわせ荘の人たちのことも大好きだ。

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